がん治療で妊孕性の低下が懸念される患者さんにとって、卵子凍結や卵巣組織凍結はとても希望のある治療法です。実際の妊娠率や安全性、費用などについて、また、妊孕性温存を希望する場合、妊娠後にがんが再発した場合について解説します。
妊孕性温存実施後の妊娠率は、治療の種類や患者さんの置かれている状況によって異なります。
卵子凍結での妊娠率は卵子1個あたり5%程度といわれており、決して高い数字とはいえません。そのため、卵子凍結を実施する場合は複数個の凍結を実施することが推奨されます。一方、卵巣組織凍結では、(卵子凍結と単位が変わりますが)1回の移植につき妊娠率は約25%といわれています。卵巣組織凍結では卵巣の機能が継続し排卵が起こる限り妊娠のチャンスがあります。1回の排卵あたりの妊娠率は高くないものの、毎月きちんと排卵が確認できれば1年に12回は妊娠のチャンスを得ることができるのです。
卵子凍結や卵巣組織凍結は、将来妊娠を希望する女性にとって有用な治療法ですが、問題点やリスクも指摘されています。
卵子凍結は、やはり卵子1個あたりの妊娠率が他の妊孕性温存の方法と比べて低い点が問題であるといえます。また、融解後の卵子の生存率が90%であること、卵巣刺激症候群(OHSS)、出血、感染に注意が必要です。
卵巣刺激症候群とは、排卵誘発を行ったことが主な原因で、採卵後に卵巣が腫れて腹水が溜まる症状が出現するものです。お腹が張った感じや腹痛、尿が出にくい、喉の渇きなどが現れ、症状が進行すると血栓症を引き起こすリスクがあります。
卵巣組織凍結は卵子凍結と違い、ある程度の妊娠率の高さを持つ点や技術的には0歳児から実施可能な点がメリットです。しかしリスクとして、微小残存病変(MRD:Minimal Residual Disease)による悪性腫瘍細胞の再移入があります。
悪性腫瘍細胞の再移入のリスクとは、凍結した卵巣にほんのわずかながん細胞が混入しており、融解した卵巣を移植したことによってがんが再発することです。特に卵巣へのがん細胞の混入の危険性が高い病気などでは、卵巣組織凍結とその移植はすすめられていません。
凍結卵子や凍結卵巣を使用した妊娠を経て誕生した子どもに、発育などの影響が見られたという報告は今のところありません(2017年現在)。特に卵子凍結に関しては、凍結卵子の使用で生まれた子どもが成人し、その後の生殖機能にも問題がなく妊娠に至ったという例も報告されています。
一方、凍結した卵巣を用いて生まれた子どもに関しては、成人後の生殖機能についての問題の有無はまだ明らかになっていません。卵巣組織凍結による最初の出産報告が2004年ですから、これから徐々に分かってくる段階でしょう。
卵子凍結や卵巣組織凍結の費用は実施施設によって異なります。また、2017年現在は保険適用外です。しかし現在、行政に対しがん患者さんへの妊孕性温存に対する保険適用や助成金制度の創設について働きかけが行われています。
まずは、妊孕性温存とは何か、適応があるのか、どの施設がよいのかなどについて、相談機関に相談することが大切です。
たとえ妊孕性温存が適応とならなくても、抱えている悩みを打ち明けることによって気持ちが楽になることもあります。また、妊孕性温存ができなくても、養子縁組の制度を活用していただく、など他の方法もあります。
看護師や心理カウンセラーによる相談やケアも重要です。妊孕性温存は、どうしてもがん治療を行う前の短期間で患者さんに理解、決断をしていただく必要があります。がん治療だけでも不安なのに、さらに将来の妊娠についてまで考えるのはとても大変なことです。患者さんの理解や決断のお手伝いができるよう、医師だけではなく看護師や心理カウンセラーなど、スタッフ全員が患者さんに寄り添って相談を受ける体制が必要です。
がん患者さんが気になるのは、がんを克服した後、妊娠中にがんが再発したら妊娠を継続できるのか否かということではないでしょうか。
妊娠中にがんが見つかると、まずは母体のがん治療が優先されます。妊娠を継続したままがんの治療が可能かどうかは、がんの種類や胎児の発育状況で変化します。
たとえば乳がんの場合、妊娠3か月までにがんが発見されれば、この時点でがん治療を行うと胎児の発育に影響を及ぼす可能性があるため妊娠の継続を諦めなければならないこともあります。妊娠4か月以降であれば、がん治療が胎児に与える影響が少なくなることから、妊娠を継続しつつ、抗がん剤を用いてがん治療を行うことも可能です。
ですから、がんが再発したからといって必ずしも妊娠を継続することはできないということはありません。そのため、万が一妊娠中にがんが見つかっても、悲観的にならずにすぐに主治医に相談し、妊娠の継続について可能かどうかしっかりと説明を受け、適切な治療を受けてください。
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