現在、世界的に行われている妊孕性温存療法は、受精卵凍結と卵子凍結、そして卵巣組織凍結です。本記事ではその中でも特に未婚の女性でも実施可能な卵子凍結と卵巣組織凍結について解説します。
また、卵子凍結は受精卵凍結と比べて以下のような社会的な問題が少なく、実施しやすい点も特徴です。
〈卵子凍結の特徴〉
さらに、卵子凍結は妊孕性温存の方法として世間一般にもよく知られています。ただしこの場合、がん患者さんに向けた妊孕性温存の手法の1つとしてではなく、女性の社会進出などに伴う晩婚化・晩産化によって注目された、いわゆる“卵子の老化”への対策の1つとして認知されているのが現状です。
日本産科婦人科学会によると、がん患者さんの妊孕性温存の手法として卵子凍結は必要であるとの見解を発表している一方で、健康な若い女性が将来の妊娠・出産に備えて実施する卵子凍結は推奨しないとの見解をまとめています。
卵巣組織凍結は、外科手術によって卵巣を摘出し、凍結する妊孕性温存療法です。組織ごとの凍結のため、卵巣に現存する卵胞や卵子を一度に全て保存できる点が特徴です。がん治療を実施しがんを克服した後に、凍結した卵巣を融解して体内に移植します。こうすることで、卵巣の機能を回復させることが可能です。体外受精でしか妊娠ができない卵子凍結と異なり、うまく卵巣機能が回復すれば、自然妊娠の可能性も期待できます。
2004年に世界で初めてホジキンリンパ腫の女性がこの卵巣組織凍結による出産に成功し、2017年現在、卵巣組織凍結の実施・融解・移植後に妊娠、誕生した赤ちゃんは世界で95名にのぼります。
まず、凍結できる卵子の数が異なります。たとえば卵子凍結では20個の卵子を凍結すれば、妊娠できるチャンスはその20個のみ、つまり20回しかありません。しかし卵巣組織凍結では、卵巣に含まれる、卵子の元となる卵胞をそのまま全て凍結できます。そのため卵巣組織の凍結・融解後、移植で卵巣を体内に戻して排卵ができれば、排卵した回数だけ妊娠のチャンスを得られるのです。
前項で説明したとおり、自然妊娠ができるかどうかといったことにも違いが現れます。卵子凍結は顕微授精しか授精方法がありませんが、卵巣組織凍結では、移植後に卵巣機能が正常に回復した場合、自然妊娠が見込めます。顕微授精と自然妊娠で障害の起こるリスクにはほとんど差がないといわれているものの、卵巣組織凍結が適応の場合で自然妊娠を望む方は、卵巣組織凍結のほうが適していることもあります。
卵子凍結は、卵巣内の卵胞から卵子を育成する必要があることから採卵までにおよそ2週間を要するため、がんの診断から治療開始までに2週間以上の猶予がある方でないと実施できません。そのため、すでに進行した乳がんなど即時に治療開始が必要な場合は、卵子凍結ではなく、3〜4日程度で治療可能な卵巣組織凍結が適応となります。
卵巣組織凍結であれば、腹腔鏡下手術によってすぐに卵巣を摘出し保存が可能ですから、卵子凍結のように卵胞が発育するのを待つ必要がありません。
ホジキンリンパ腫、非ホジキンリンパ腫は卵巣組織凍結のよい適応と考えられており、従来では適応が難しいとされていた白血病についても、最近では、卵巣組織凍結が実施されています。その後出産に至っている症例も報告されています。
凍結方法にも違いがあります。卵子凍結は主にガラス化凍結法、卵巣組織凍結では、世界的に緩慢凍結法という凍結方法が用いられています(日本では卵巣組織凍結にもガラス化凍結法が主流となっています)。
凍結保護剤を浸透させた後、細胞や組織に含まれる水分を凍らせずに特殊な保存液を用いてガラス状態にして固体化し、急速冷却する保存法です。ガラス化を行ってから液体窒素を用いて凍結させると、通常の凍結のように氷の結晶ができないため、凍結に弱い卵子や受精卵に用いられます。
ガラス化凍結法と同様に凍結保護剤の浸透後に特殊な機械を用いて、毎分0.3℃ずつ、マイナス30℃までゆっくりと冷却します。ゆっくりと冷却を行うことで細胞の周りに氷の結晶が形成されます。
卵巣組織凍結の凍結方法において、世界的には緩慢凍結法が用いられているにもかかわらず、日本ではガラス化凍結法が主流です。実際、世界中で卵巣組織凍結によって誕生した子ども95名のうち、93名が緩慢凍結法、2名がガラス化凍結法となっています。
ガラス化凍結法は、確かに凍結に弱い細胞にとって有効な凍結方法です。しかし、卵子はその細胞組織が均一である点に比べ、卵巣には卵胞のほかにも神経・血管などの間質(臓器の機能を直接担う部分以外の組織)が含まれていることから、組織が均一ではありません。そのため、ガラス化凍結法では融解してから凍結保護剤を抜く際に、卵子のように短期間では凍結保護剤がしっかりと抜けない可能性があります。一方、緩慢凍結法だと卵巣でもきちんと凍結保護剤が抜けることが分かっています。
卵巣に凍結保護剤が残存したまま体内に卵巣を移植すると、人体に何かしらの悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。そのような背景から、世界では卵巣組織凍結においては緩慢凍結法による凍結がスタンダードなのです。
日本で卵巣組織凍結に緩慢凍結法が用いられない一因として、ガラス化凍結法のほうが短時間かつ簡便に実施できるということが考えられます。
適応となる妊孕性温存の方法は、がんの種類やステージ、年齢、婚姻状況により異なります。
ここで、若年の女性での罹患が多い乳がんにおける妊孕性温存について説明します。
乳がんは年間9万人が罹患する、女性のかかるがんでもメジャーなものです。そのうち、40歳未満、つまり妊孕性温存の適応対象年齢となる患者さんの割合は5%、4,500人が対象となります。
乳がんの場合は早期がんだと診断から治療開始まで8週間程度の猶予があるため、その間に採卵・卵子凍結の実施が可能です。また進行性の乳がんであっても、通常は卵巣毒性(がん治療によって卵巣などの機能が阻害されること)の低いフルオロウラシルなどの抗がん剤を使用します。そのためがん治療後に採卵をして卵子凍結が実施されることが多くなります。
つまり、手術療法をする前に化学療法が必要な患者さんが卵巣組織凍結の適応となります。具体的には、以下の患者さんが卵巣組織凍結の適応となります。
思春期を迎えていない子どもの場合、性腺が未発達のため将来の妊孕性の評価が困難です。がん治療を終えて自然に初潮(初経)を迎えたとしても、卵巣の機能が回復していないために正常に排卵されていない可能性があります。妊孕性の評価として、卵胞刺激ホルモンなどの性ホルモン測定や、超音波検査、抗ミュラー管ホルモンの測定を行うことがあります。
性機能が発達する思春期前の子どもの場合、妊孕性温存についての意思決定が難しいことがあります。その場合は保護者の意向に沿う形で妊孕性温存を施すか否かの意思決定を行います。一方、たとえ思春期以前であっても8歳を超えていればある程度、自身の性や、状況について認識できるともいわれています。そのため、8歳を超えていて本人もある程度意思を提示できる状態であれば、子ども本人と保護者の双方から意見を聞き、意思決定を行うことが望ましいでしょう。
子どもが妊孕性温存を実施する場合は、がんの種類や進行度、実施予定の治療法などのほかに、思春期を迎えているか否かという点も考慮して、どの妊孕性温存療法を行うかが判断されます。
先ほども述べたように、思春期を迎えていない場合、つまり初潮(初経)がまだ訪れていない場合は、採卵ができません。また、結婚可能な年齢にも達していないため受精卵凍結も適応外です。ですから、基本的には卵巣組織凍結が選択されます。
しかしながら、現在、国内で卵巣組織凍結を行っている施設のほとんどは16歳以上を対象としています。海外で広く適応がされているように、本来の適応となるのは小児がんです。
卵巣組織凍結そのものは16歳以下でも可能なため、海外では、0歳の乳児にも卵巣組織凍結を実施したという例も報告されています。
すでに思春期を迎えている場合は、卵巣組織凍結か卵子凍結のどちらかが選択されます。このうち、がんの種類や進行度などによって、採卵の猶予(がん治療開始まで2週間以上の猶予)があれば卵子凍結、採卵の猶予がなければ卵巣組織凍結が選択されます。ただし白血病や悪性リンパ腫などの卵巣へのがんの侵襲が高い病気を持つ場合は、卵子凍結が選ばれます。
次に、卵子凍結、卵巣組織凍結のそれぞれの基本的な手順をイラストで紹介します。
月経開始3日目ごろから、ホルモン剤を用いた卵巣刺激を行って卵胞を発育させます。
卵子が成熟したら、膣から卵巣に向かって細い針を刺して卵子を回収します。痛みや出血、感染のリスクがあるため、細心の注意をはらって採取します。
卵子を特殊な液に浸し、液体窒素で急速に冷却してガラス化させます。その後、保存します。
抗がん剤、放射線治療などを、がんの主治医の下に実施します。
がん治療が終了し、本人の希望と主治医から妊娠について了承が得られると、凍結した卵子の融解を行います。
融解した卵子に精子を注入し、受精させます。
受精した卵子を子宮内に注入します。
手術によって卵巣組織を採取します。腹腔鏡下手術を用いるため、開腹手術よりも患者さんの体への負担が少なくて済みます。卵巣を摘出したら卵巣を切り開いて、保存に適した形に整えるために成形をします。
採取した卵巣組織を凍結保護剤に浸し、凍結して保存します。
抗がん剤、放射線治療などを、がんの主治医の下に実施します。
がん治療が終了し、本人の希望と主治医から妊娠について了承が得られると、凍結した卵巣組織の融解を行います。融解後、特殊な液に浸して凍結保護剤を除去し、洗浄を行います。
融解した卵巣組織を元の位置に速やかに移植します。
移植後、自然に排卵が起これば自然妊娠が可能です。それ以外では、体外受精・顕微授精を実施して妊娠に至ります。
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