遺伝子とは、大雑把に表現すると、DNAにコード(記録)されている生命体の遺伝情報のことです。細胞が分裂する際、遺伝子が集まって染色体を形成します(私たちヒトの場合46本)。「染色体検査」や「遺伝子検査」という言葉がありますが、これらは広い意味では同じく遺伝子を調べる検査です。
では、染色体と遺伝子はどのように違うのでしょうか。染色体とは箱であり、その中に折りたたまれて入っている中身が遺伝子である、と考えるとイメージしやすいでしょう。つまり、染色体検査とは、その箱(染色体)の数が多かったり少なかったり、あるいは途中でこわれたりしていないかどうかなどを調べるものです。これに対し、遺伝子検査とは箱の中身(遺伝子)をミクロのレベルで調べる検査です。そのため、染色体検査で異常がなくても、遺伝子検査で異常がある場合があります。
近年、様々な分野で遺伝子の研究や臨床応用が試みられています。男性不妊の分野では、「Azoospermic-factor(AZF)領域」という領域にある遺伝子群が造精機能障害と関係していることが近年明らかになりました。このAZFは、男性の性染色体であるY染色体上に存在し、この領域が欠失(一部が失われること)していると、無精子症や高度乏精子症となることがあります。
無精子症の患者さんの中で、このAZF欠失は5~10%程度存在すると言われています。染色体検査ではこのごく小さな欠失は見つけられないので、染色体の形は正常と判断されますが、遺伝子検査を行うと欠失していることが分かります。
AZF領域は、さらにAZFa, AZFb, AZFcと3つの領域に分かれていることが知られています。AZFaまたはAZFbが完全に欠失している場合は無精子症となり、たとえ精巣内をくまなく探したとしても精子がいないことが現在分かっています。そのためAZFa,bが欠失している場合、残念ながら顕微鏡下精巣内精子回収術(Micro-dissection Testicular Sperm Extraction: Micro-TESE)を行ったとしても、回収すべき精子自体がおらず、子供を授かることはできません。
一方で、AZFcの欠失の場合は無精子症になることもありますが、精液中に少量の精子がある場合もあります(高度乏精子症)。
いずれの場合も精巣内には精子がいる可能性があり、Micro-TESEを行う対象となります。ただしその後に顕微授精を行って男児が生まれた場合、ほぼ確実にAZFc欠失が伝播(子に受け継がれる)します。つまり、生まれてきた子も無精子症や乏精子症となる可能性があります。そのため、治療を行う場合は十分に説明を受け、熟慮して判断しなければなりません。
また単純にAZFa,b,cの欠失だけではなく、b+cのような欠失やb,cの部分的な欠失など、様々な欠失パターンも存在することが分かっています。その場合は結果の解釈も個々に異なるため、医師から十分な説明・カウンセリングを受けて治療を進めていく必要があります。
AZFは、現在唯一有効な精子回収予測因子(精子が回収できるかどうかを判断するための明確な根拠)であり、非閉塞性無精子症でTESEを行う場合、精子回収の見込みのない患者さんに手術を行う(無駄な手術となってしまう)ことを回避するためにも重要な検査です。
現在は国内で検査キットが作られ、保険適応外ですが3万円程度で検査を受けることができます。
横浜市立大学附属市民総合医療センター 生殖医療センター 泌尿器科部長・准教授、田園都市レディースクリニック 臨時職員
黒田 晋之介 先生の所属医療機関
横浜市立大学附属市民総合医療センター 生殖医療センター 泌尿器科部長・准教授、田園都市レディースクリニック 臨時職員
日本泌尿器科学会 泌尿器科専門医・泌尿器科指導医日本生殖医学会 生殖医療専門医日本癌治療学会 会員日本がん治療認定医機構 がん治療認定医
日本生殖医学会認定 生殖医療専門医(泌尿器科)の一人であり、男性不妊治療の専門家。横浜市の不妊相談などを担当し、男性不妊の啓発活動に努めている。また、横浜市立大学附属市民総合医療センターの生殖医療センター部長を務める。同センターは泌尿器科、婦人科に日本生殖医学会認定 生殖医療専門医(泌尿器科)が在籍しており、パートナーと一緒に治療を受けられる神奈川県内の施設である。
湯村 寧 先生の所属医療機関
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