日進月歩の成長を見せる医療技術により、ヒトの寿命は延び続けています。寿命が延びたこと、そして社会構造などに起因するライフスタイルの変化により、医療分野も変化し続けてきました。生殖医療、特に不妊治療はそういった分野の1つといえるでしょう。
不妊症の原因はカップルによって異なりますが、中でも女性不妊では“卵子の老化”が大きな要因であることが多いといわれています。この卵子の老化というのは、どのような状態を指しているのでしょうか。
卵子の老化と妊娠出産に与える影響について、恵愛生殖医療医院 院長・林博先生にお伺いしました。
妊娠には健康な精子と卵子が不可欠です。第二次性徴を迎え性腺刺激ホルモンの分泌がされるようになると、男性の精巣内では精子の産生が始まります。一方、女性は卵巣内の卵胞と呼ばれる部位にある原始卵胞が、卵胞刺激ホルモンと黄体形成ホルモンによって刺激されることで卵子へと成熟します。順調に排卵し、精子と受精した受精卵が1つだけ卵管を通じて子宮へと移動し着床することで妊娠が可能な状態となります。
卵子の材料ともいえる原始卵胞は、妊娠8週目の胎児の段階では700万個程度あります。しかし原始卵胞はその後新しくつくられることはなく、出生時には200万個程度にまで減少し、第二次性徴を迎える頃には残り30万個程度にまで減ってしまいます。
この原始卵胞は1個の細胞が1個の卵子へと成長するのではなく、1回の月経周期につき約300~1,000個程度が消費されていると考えられています。それには卵巣内で卵子がどのように成長しているのかを知る必要があります。
原則的に卵巣から排卵できる卵子は1周期に1個のみです。しかし卵巣内部では原始卵胞を卵子へと成長させる段階で、卵胞刺激ホルモンと黄体形成ホルモンが複数の原始卵胞へはたらきかけています。やがて排卵により成熟した卵子が排出されると、一緒に成長してきた原始卵胞は成長を止め、その役目を終えます。卵巣から卵子が出てくるまでにはこうした流れがあるため、原始卵胞は毎月300~1,000個程度が消費されていくのです。
原始卵胞の数には個人差があり、原始卵胞を使い切って新しい卵子が排出されなくなり月経が停止することを閉経といいます。この閉経は平均して50歳前後に迎える方が多いといわれています。
そして、女性が年齢を重ねるにつれ、原始卵胞も年を重ねていきます。年齢は原始卵胞だけでなく、原始卵胞から産生される卵子にも影響を与えるようになります。近年メディアで“卵子の老化”が取り上げられることが多くなりました。
これは、誕生からこれまで年月の積み重ねが原始卵胞に“老化”という形で影響を与え、その結果原始卵胞から産生される卵子に染色体異常などを起こすのです。
このように、女性は生殖機能の特徴上経年による影響を受けます。時期には個人差がありますが、誰もが生殖可能な期間の終わりを迎える日が来るのです。
これまでの年月の積み重ねが卵子の老化につながる仕組みについてご説明してきました。
一般的には、卵子の質が妊娠・出産に大きく影響するといわれていますが、卵子の老化はどのように影響を与えるのでしょうか。
特に不妊原因がないカップルの自然妊娠率は40%前後といわれています。この数字は大体30歳くらいまでほぼ変わらず妊娠しやすい状態が続きますが、30歳ごろになると緩やかに下降を始め、そして35歳を過ぎたあたりから急激に低下します。
同じ不妊治療を行ったとしても、若い方の成功率が高い理由には、加齢による卵子の老化が関係していると考えられています。
たとえ受精卵が着床し妊娠までたどり着くことができたとしても、流産や死産、早産、新生児死亡を繰り返してしまうことがあります。これらはまとめて不育症と呼ばれ、不妊症とは区別されています。
不育症の原因は複数考えられており、そのうちの1つが染色体の異常、つまり胎児自身の問題です。特に流産率は42~43歳になると50%を超えます。これは年齢が卵子の老化に与える影響の大きさが分かる例といえるでしょう。
不育症の原因について、詳しくはこちらからどうぞ⇒『不育症とはなにか』
女性が18~21歳で妊娠したとき染色体異常発生率は約2%、26~31歳のときでは約3%ですが、47~48歳になると染色体の異常発生率は理論上ではほぼ100%になるといわれています。染色体の異常は不育症以外にも、出生後に障害として影響を与えることもあります。
厚生労働省の統計によると、日本では35歳以上の方が出産した割合は2000年では11.9%だったのに対し、2013年には24.7%と上昇しています。高齢出産が増加するなか、ダウン症や発達障害など、染色体異常が原因と考えられる先天性疾患が話題になることが増えてきました。
ダウン症について、詳しくはこちらからどうぞ⇒『ダウン症とは?ダウン症の原因から経過まで』
カップルの生殖機能に問題がない限り、不妊治療は基礎体温を計測して妊娠しやすい時期を推測するタイミング法から始まり、子宮内に精子を直接注入する人工授精(AIH)や、採取した卵子を体外で受精させて子宮へ戻す体外受精(IVF)へとステップアップしていくことが一般的です。
高度生殖医療と称されるAIH・IVFは、卵子の質が妊娠成功率に直結しているともいわれています。第1子出産平均年齢は30.3歳であり、世界でもっとも体外受精が多いといわれている日本ですが、卵子の劣化が妊娠出産や産まれてくる子どもに対してどのような影響があるのか、妊娠を希望する方全員が認識する必要があるのかもしれません。
卵子の老化と不妊症には密接な関係があります。AMHと呼ばれる“抗ミュラー管ホルモン”という卵巣から分泌されているホルモンを測定することで、どのくらい原始卵胞が残っているのかを調べることができます。この検査は血液の採取のみで済み、結果も比較的早く分かります。費用は全額自己負担となりますが、6,000円程度(税別)と金銭的な負担も軽い検査といえるでしょう。
AMH検査では、数値が高いということは原始卵胞が多く残っているということを意味します。年代ごとに指標となる数値が定められているので、ご自分の原始卵胞は多いのか少ないのかを知る目安とすることができます。もし残された原始卵胞が少なければ、不妊治療をステップアップさせるなど、不妊治療を進めるうえでの判断材料とすることもできます。
ただし、この検査はあくまでも原始卵胞の残数を予測するためのものであり、質そのものを調べるものではないことに留意する必要があります。
恵愛生殖医療医院 院長
日本産科婦人科学会 産婦人科専門医・指導医日本生殖医学会 生殖医療専門医日本人類遺伝学会 臨床遺伝専門医日本周産期・新生児医学会 周産期専門医(母体・胎児)
1997年に東京慈恵会医科大学卒業後、同大学病院にて生殖医学に関する臨床および研究に携わる。
2011年4月恵愛病院生殖医療センター開設。
2016年1月恵愛生殖医療クリニック志木開院。院長就任。
2018年1月同クリニックを和光市に移転し、恵愛生殖医療医院へ改称。
日本生殖医学会認定 生殖医療専門医、日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医、日本周産期・新生児医学会認定 周産期(母体・胎児)専門医を持つ不妊治療のスペシャリストとして活躍。自らも体外受精・顕微授精や不育治療を経験しており、患者さま目線の治療を提供することをモットーとしている。
林 博 先生の所属医療機関
「女性不妊」を登録すると、新着の情報をお知らせします
本ページにおける情報は、医師本人の申告に基づいて掲載しております。内容については弊社においても可能な限り配慮しておりますが、最新の情報については公開情報等をご確認いただき、またご自身でお問い合わせいただきますようお願いします。
なお、弊社はいかなる場合にも、掲載された情報の誤り、不正確等にもとづく損害に対して責任を負わないものとします。