日本でも高齢出産が増える中でダウン症についてはたびたび話題に上がることが増えてきました。一方で目に見える症状や検査方法などばかりが伝えられており、実際にはダウン症を正しく理解し、認識している人は少ないのではないでしょうか? 今回は、ダウン症について大阪医科大学小児科教授の玉井浩先生にお話をお伺いしました。
ダウン症とは21番目の染色体が正常では2本のところが3本存在する標準型がもっとも多いです。これは21トリソミーという染色体異常のひとつになります。出生児の染色体異常においては、この21トリソミーが最も多くみられます。そして、染色体の構造の違いによって、転座型、モザイク型が存在します。
標準型は全体の90〜95%を占めています。標準型では母親由来の染色体と父親由来の染色体が配偶子を形成する際に不均等に分離するために(これを染色体不分離といいます)、子どもの21番染色体が3本になってしまっています。この場合、両親の染色体はほとんどのケースで正常です。
転座型は全体の5%を占めるパターンになります。転座型ではどちらかの親の21番染色体のうち、1本が他の染色体にくっつくことで、一部だけトリソミーになってしまっている状態です。このように一部が他の染色体とくっついてしまう状態を転座といいます。この場合、どちらかの親が転座染色体を保因していることになります。
モザイク型は全体の数パーセントととても珍しいパターンです。私たちの体はたくさんの細胞から成り立っていますが、モザイク型では、正常な21番染色体をもつ細胞と、21トリソミーの細胞の両方が混ざっています。モザイク型の場合も、通常親の染色体は正常です。
ときどき、「ダウン症は遺伝する」といった情報がありますが、このような分類を見ていただけるとわかるとおり、実際に遺伝が関係しているのは転座型だけであり、ダウン症全体の5%程度にしかすぎません。標準型やモザイク型は遺伝子とは関係なく、親から受け継いだものではないということも知っておくべき情報といえるでしょう。
現在日本でのダウン症者数は約8万人、推定平均寿命は60歳前後と考えられています。また、ダウン症の発症率は約700人に1人と推測されます。実際は受精した時点での21トリソミーの発生率はこの約2倍といわれているのですが、自然流産や、お腹の中で赤ちゃんが亡くなってしまう(胎児死亡)ことも生じやすくなるため、統計的にはこの数値にとどまっています。
高齢出産だとダウン症確率が高くなる、ということを聞いたことがある方も多いかもしれません。確かに、母体の年齢が高齢になると、ダウン症の発症率は高くなるという統計があります。実際、母親が20代前半では発症率が約1000人に1人という確率に対して、40歳以上になると約100人に1人の確率となり、リスクが高くなることは事実です。しかし、この数字からもわかるように、母親が若いからといってダウン症の子が絶対生まれないというわけでもありません。
また、前述の転座型の染色体を保因している場合のダウン症発症率は、親の染色体にもともと異常があるために、一般的な発症率に比べて高くなります。そのため高齢という要因とはまた別に考慮しなければいけません。
21トリソミーでは、様々な症状が生じる可能性があります。ここでは、ダウン症で生じる症状についてお伝えしたいと思います。
ダウン症の子どもはとても特徴のある顔立ちをしています。頭がやや小さめで、後頭部が絶壁になっています。両目は少し離れていて、ややつり上がっています。鼻は小さめ、舌は大きめで前に出ていることが多く、そのため口を開いたままの表情になります。耳の位置は少し低めになります。
外の世界に興味を持ち始める幼少期に外的な刺激が不十分なため、筋力の発達の遅れや言葉の発達の遅れが見られます。筋力が弱いために、親から見ていると積極性に欠けるように見えたり、おっとりした性格のように感じられることもあります。言葉も不明瞭で語尾だけを声にだしたり、抑揚のない話し方をします。
一方、ダウン症の障害のひとつとして、知的障害もあげられるのですが、知的障害の幅はとても広く、ダウン症の症状として知的障害を定義するのは難しいとされています。自分で日常生活を行うことができる方や、普通に車を運転できる方、大学を卒業されている方もいらっしゃいます。中には書道家、ダンサーといったアーティストとして活躍されている方もいらっしゃるほどです。
ダウン症には循環器、消化器、耳鼻咽喉科、整形外科、血液内科、と多くの科にまたがった合併症が生じる可能性があります。
まず、先天性の心疾患として、心臓内を4つに仕切っている壁が完全に形成されていない心内膜欠損症・心房中隔欠損症・心室中隔欠損症といった病態が挙げられます。
先天性心疾患は、ダウン症の約50%にみられるといわれています。以前は肺高血圧などといった続発的な負担もあり、重症化することがあったのですが、近年では胎児の時点で心臓の正確なエコー診断が可能となり、心臓手術も積極的に行われることによって重症化する前に治療ができるようになりました。
また、ダウン症は血液のがんである白血病にもなりやすく、非ダウン症に比べて10~20倍発症率が高いとされています。白血病は、幼児期の血液検査で白血球の増加、貧血、血小板減少といった結果が出ることで診断されます。一方でダウン症は、塊になって発生する固形腫瘍(がん)の頻度は少ないこともわかっています。
その他にも消化管が正常に形成されない、十二指腸閉鎖、鎖肛(肛門が閉じてしまっている)といった症状や、難聴、白内障、斜視といった感覚の障害、糖尿病、肥満といった内分泌の障害も時間の経過とともに現れることがあります。
このため、以前は平均寿命が短く、ダウン症は小児だけの病気であると捉えられていました。しかし近年では治療も進み、平均寿命は約60歳とも報告されています。成人後のケアやサポートも必要とされるようになってきているのです。
ダウン症の検査は大きくわけると母体の血液を採血する検査と、羊水から調べる検査の2種類があります。
ひとつは母親の血液(血清)中のβ−hCG、非抱合型エストリオール、インヒビン、αフェトプロテインという4種類のマーカーを測定するという方法です。これをクワトロテストといい、妊娠早期に受けることができます。ただ、このテストではダウン症の約80%しか検出できません。また陽性と出た人のうち5%は偽陽性(実際は21トリソミーではなかった)です。この方法は、海外では妊婦さんに提案している国もありますが、日本では現状に即しておらず、あまり普及していません。
もうひとつは羊水検査です。お腹に注射器を刺して子宮から羊水を採取し、検査を行います。羊水中には胎児の細胞が浮いているので、その細胞から染色体異常を調べることで診断が可能です。妊娠15週から検査を受けることができ、検査の確率は99%といわれています。しかし、子宮に注射器を入れることになるので、赤ちゃんにとっても負担の大きい検査となります。流産や胎児を傷つけてしまうリスクもあるということも理解しておかなければいけません。
また2011年10月より、アメリカでは、妊婦の血中にわずかに含まれる胎児のDNAから、妊娠10週前後でダウン症を診断できるNIPT(無侵襲的出生前遺伝学的検査)が開始されました。この検査は検査率が99.9%以上で胎児へのリスクも少ないと考えられています。日本でもその検査の是非が問われていましたが、2013年には限られた施設で、遺伝カウンセリングなど正確な情報を伝えた上での実施が開始されています。
ただ、こういった検査を受けられる方はきちんとその検査の意義を理解する必要があります。日本ダウン症協会においても、「NIPT検査を受けるかどうかは最終的に親の意向で決定すべきだが、スクリーニングとしては使ってほしくない」といった姿勢を示しています。
検査率が99.9%というと、とても精度の高い検査だと思われるかもしれません。しかし、そもそもダウン症の発症率は約1000人に1人、確率にして0.1%です。また特異度99.9%の検査というのは、ダウン症と診断した胎児のうち、1000人に1人は実はダウン症ではないということと同義です。もし中絶という選択をしてしまったとしたならば、1000人に1人はなにかしらの異常もない子だったのに、この世に生まれることができなかったことになります。
大阪医科薬科大学 名誉教授/小児高次脳機能研究所・LDセンター顧問
日本小児神経学会 小児神経専門医日本小児科学会 小児科専門医
大阪医科大学卒業後、小児科専門医・小児神経専門医を取得。現在は大阪医科薬科大学小児高次脳機能研究所・LDセンター顧問として、学習障害をはじめとする発達障害、ダウン症やウィルソン病の研究、診療に当たっている。患者さんの病気ではなく、まずその人を知ること、そしてより社会に知ってもらうことを目指し幅広い活動を続けている。特にダウン症・ウィルソン病を専門領域とし、臨床・研究のみならず、ウィルソン病友の会の顧問医師や日本ダウン症療育研究会会長として、ウィルソン病患者やダウン症児、またその家族のサポートに力を入れている。
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