染色体検査が行われるようになってから、いつしかダウン症は重篤な病気だ、という認識になってしまいました。しかし、ダウン症は本当に重篤な病気なのでしょうか? 普通に生活している方もいますし、治療の進歩によって寿命も60歳くらいまで延びてきています。ダウン症の赤ちゃんが生まれたらまずは知ってほしいことがある。そう力強く伝えてくださった大阪医科大学小児科教授の玉井浩先生に引き続きお話を伺いました。
ダウン症の赤ちゃんは、筋肉に力が入らず、ぐにゃぐにゃしているような印象を受けます。首のすわりをはじめ、おすわりや立ち上がりも遅れやすい傾向があります。乳幼児期には母乳をあまり飲むことができない哺乳力不足もみられます。筋肉に力が入らないために手がきちんと発達せず、手を伸ばすことも困難であり、遠くにあるおもちゃを引き寄せて遊ぶことができません。刺激に対する発達が遅れるために、周りへの興味関心があまりないようにみられることもあります。また『ダウン症とは? ダウン症の原因から経過まで』に記載した顔の特徴は、赤ちゃんの頃から発現します。
ダウン症では、乳児期からさまざまな療育、また合併症を予防する検診も必要になってきます。
普段の生活の中では、刺激をたくさん与え、興味を持ってもらうような関わりをしていきましょう。具体的には赤ちゃんが手を伸ばしたり、ハイハイをしたりするように促してあげます。また、言語発達の遅れに対しては、視覚的な刺激も加えながら言語発達を促していくというトレーニングもあります。
合併症に関して、先天性心疾患がある場合は心臓手術が必要になることがあります。手術後しばらくは定期的な通院が必要となります。
ダウン症の赤ちゃんが生まれてきたら、たとえ検査を受けて事前に分かっていたとしても、やはり驚きや落胆が生まれるかもしれません。「なんでうちの子だけ」という気持ちになるかもしれません。それは人間であれば誰でも考えてしまうことです。「なんで検査を受けなかったのだ!」と夫が妻を責めたくなったり、「なんで教えてくれなかったのだ!」と両親が医療者を責めたくなったりする怒りの感情が生まれるかもしれません。しかし、その先にきっと、ダウン症児を受容できる瞬間があります。受け入れた先の世界は本当に新しい価値観が生まれてくることでしょう。
乳幼児期には小学校入学に備えて、理学療法や摂食指導、言語コミュニケーション指導を行います。この時期は一人でも安定して歩けることや、社会との関わりを育むことを目標にしていきます。
また、合併症として、筋肉の緊張が弱く、足の裏が扁平足のために疲れやすかったり、転びやすかったりすることもあります。特に頚椎の靭帯が弱いため、転倒した際には運動麻痺がないか注意が必要です。また、内分泌異常として甲状腺機能低下症がみられることもあります。体重が増えにくい、背があまり伸びない、便秘が多い、といった症状が見られる場合は専門医を受診されることをおすすめします。
小学校に入学すると、運動のトレーニングよりも学習を中心とした療育になります。成長するにしたがってできることも少しずつ増えてきますが、ダウン症はふたつ以上のことを同時に行うことが苦手な傾向があります。たとえば途中で間違ってしまうと最初からやり直してしまったり、予想外のアクシデントに遭遇すると何もできなくなってしまいフリーズ状態になってしまったりということもあります。
そのため大切なことはわかりやすく何度も伝え直すこと、環境が変化するときはゆっくりと慣れるまで時間をかけていくことを意識していくといいでしょう。運動に関しても、水泳やダンスなど、できることは積極的に取り組んでみることを心がけます。上達のペースは様々ですが、大切なことは両親がゆっくりと見守りながら療育を続けていくことではないでしょうか。
成人になると、性格、学習レベル、運動レベル、精神的発達も個々人によって大きな差が生じてきます。社会にうまく適応できず、自閉傾向、抑うつ傾向になる方もいます。決まった療育方法などは定められていませんが、個々人が課題に感じていることを中心にしながらサポートしていくことになります。
そのようななかで、大切なのは「構えない」という心構えでしょう。構えると心が疲弊してしまいます。他の子に追いつけ、と親が思えば思うほど苦しい気持ちが続きます。人の価値は能力で決まるわけではありません。与えられた能力の中で可能な限りのパフォーマンスを出していくことこそが、本当の幸せにつながっていきます。
ダウン症児と一言で述べても、ダウン症の子がみんな一緒なことはありません。それは、子どもが一人一人個性を持っていて、一人一人違っているのと同じことです。ただし、実際にダウン症児を見る機会が少ないために、情報だけが一人歩きしてしまっているのかもしれません。
ダウン症のお子さんをお持ちの方はもっと積極的に社会に出ていいと私は考えています。普通に生活をして、普通に街に子どもを連れて歩いてほしい。隠すことなど何もありません。
今の社会では、ダウン症のことを知らないからなんとなく不安で、怖いと思ってしまっている方がたくさんいます。しかし実際にダウン症の子を育てるということは、意外にも普通なことです。アメリカには、ダウン症の子を育てたいという方々による里親制度というものもあります。
以前、あるスポーツ選手が、「アメリカではダウン症の方も普通に生活していたから、日本ではなぜここまで問題になるのだろう?」とおっしゃっていたこともありました。こうして社会で当たり前のようにダウン症児が生活している環境になっていけば、さらにダウン症が身近になり、社会全体での理解も進んでいくのではないでしょうか。
ダウン症に関してよく取り上げられる話題として、胎児検査があります。検査を受けるかどうかということは、もっと慎重に考えてほしい問題です。検査を受けて、そこでダウン症ということが分かったとき、医療者側は、22週までに妊娠を継続するのかどうか決めてください、と短期間での命の選別を親に迫ることになります。今までそのようなことを考えたこともなかった親に、このような選択をさせるほど、ダウン症についての理解が進んでいないのが現状です。
ダウン症を知らないから怖いのであって、知っていればもっと考えられることがあるはずです。ですから少なくとも医療従事者はもっとダウン症について知っておくべきでしょう。また、アメリカの里親制度のように、社会の受け入れ制度を整えていけば、早急に決断を迫らなくてもよいようになる未来が築けると予測できます。
私の4番目の子どももダウン症を持っていますので、よく育児について聞かれる機会がありますが、ダウン症の育児は私にとって本当に普通なことです。もちろん母乳を飲んでくれなくてヒヤヒヤしたことや、髄膜炎を発症したときはもう長くないのではないかと心配したこともありました。今でも学習の遅れがあったり、できないことも多々あります。しかし、それはどんなお子さんでもあることです。その子にとってのベストを目指していくことに変わりはありません。
むしろ私は我が子に新しい世界、新しい価値観を与えてもらいました。小児科医という立場もあり、たくさんの人と知り合うこともできました。自分が今まで凝り固まった価値観に捉われていたことにも気づかされました。ですから、我が子には本当に感謝しています。あの子がいなかったら、つまらない人生だっただろうな、と感じます。
余談ですが、こういうとき、慌ててしまったり、なかなか受け入れられなかったりするのは男性側に多い傾向があります。女性は不思議と冷静に対応ができるように感じられます。
大阪医科薬科大学 名誉教授/小児高次脳機能研究所・LDセンター顧問
日本小児神経学会 小児神経専門医日本小児科学会 小児科専門医
大阪医科大学卒業後、小児科専門医・小児神経専門医を取得。現在は大阪医科薬科大学小児高次脳機能研究所・LDセンター顧問として、学習障害をはじめとする発達障害、ダウン症やウィルソン病の研究、診療に当たっている。患者さんの病気ではなく、まずその人を知ること、そしてより社会に知ってもらうことを目指し幅広い活動を続けている。特にダウン症・ウィルソン病を専門領域とし、臨床・研究のみならず、ウィルソン病友の会の顧問医師や日本ダウン症療育研究会会長として、ウィルソン病患者やダウン症児、またその家族のサポートに力を入れている。
玉井 浩 先生の所属医療機関
関連の医療相談が1件あります
※医療相談は、月額432円(消費税込)で提供しております。有料会員登録で月に何度でも相談可能です。
「ダウン症候群」を登録すると、新着の情報をお知らせします