ウィルソン病はきちんと内服を続けていけば、重症化することもほとんどなく、健康な方とほとんど同じように生活できる病気です。ここでは、ウィルソン病の具体的な治療法について、大阪医科大学小児科教授の玉井浩先生に引き続きお話をお伺いしました。
ウィルソン病の原因は全身の様々な組織に銅が溜まってしまうことでした。そのため、溜まっている銅をなるべく早急に排出できるような治療が有効になります。そこでまず、D−ペニシラミンやトリエンチンという銅のキレート剤(体内に溜まっている銅を尿中に排泄するのを助けてくれる働きをする)を内服します。
現在の治療法では、基本的に生涯、銅キレート剤を内服する必要があります。しかし近年では、亜鉛製剤やビタミンE製剤を併用して内服することも増えてきています。亜鉛製剤は銅のキレート剤とは全く異なる作用機序(薬の働き方)で、銅の吸収を抑制する働きをしています。副作用も少なく、今後治療方法として主流になっていくかもしれません。ウィルソン病は早期に治療を開始すれば、精神症状や重症の肝障害などに進行することもなく、症状を改善させることができるので、診断が確定したらすぐに治療を開始することが大切です。
銅のキレート剤は食事と食事の間、つまり食間に飲むことがポイントです。キレート剤というのは、銅の排泄を促す薬ですが、食後に飲んでしまうと、食事の中に含まれる銅を付着させて尿中に排泄してしまうため、体内の銅の排泄に効果的ではありません。薬を食事に合わせて摂取していたために、全く効果がなく、病気が進行してしまったという方もいます。亜鉛製剤の場合も、間違わないために食間に飲むという習慣を持ちましょう。
繰り返しますが、薬は基本的に一生飲み続けなければいけません。これは面倒だと思うかもしれません。しかし、飲み続ければ平均余命は普通の方と変わりません。これは画期的なことです。かつては日本に銅のキレート剤を輸入することも難しく、数日に1回しか摂取できない時代もありました。その頃に比べると、薬を飲みさえすれば、普通の方と全く同じ生活ができるのです。そのことを理解し、きちんと毎日食間に飲むことを忘れないでください。
薬物療法において一番大きな問題は、薬の怠薬(薬を飲まなくなってしまうこと)です。多くのウィルソン病の患者さんは、小さい頃から薬を飲み続けているために、全く症状もなく日常生活を送ることができています。もちろん血液検査も正常です。ただそのために、自分が病気だという認識が段々と薄れてきてしまいます。
大学進学や就職に伴って一人暮らしを始めると、自分だけ薬を飲むことが恥ずかしいと感じたり、面倒くさいといって飲まなくなってしまうこともあります。私が診てきた患者さんのなかには、黙って薬を捨てているという患者さんもいましたし、ある日親御さんが息子の引き出しを開けたら、飲まれずに溜まっている薬を見つけたという話も聞きました。そして、段々と調子が悪くなって、受診したときには肝硬変が進行していた、というようなケースもたくさん見てきました。ウィルソン病の人にとってペニシラミンは命の薬です。ぜひ親御さんは小さい頃からお子さんにきちんと薬の大切さを伝え続けてください。
ウィルソン病では、銅を排出することも大切ですが、そもそも食事から銅をなるべく摂らないようにする、という食事療法も重要になります。貝、甲殻類、チョコレート、レバー、きのこ、ナッツなどは銅含有量が多いため注意しましょう。特に治療初期は控えるように意識します。
症状が重いときには大人で1mg以下、7歳以下で0.5mg以下、症状が安定しているときには大人で1.5~2mg以下、7歳以下で1mg以下が目安となっています。また推奨される食べ物として、乳製品、肉類、水分の多い果物、淡色野菜などがあげられています。1日の摂取量を神経質に考える必要はありませんが、栄養表を確認したり、栄養士さんに相談したりしながら、上手に低銅食事療法と付き合っていくことが大切です。
ウィルソン病から生じる症状のなかで、肝障害、神経障害などが考えられます。
基本的には銅のキレート剤と亜鉛製剤による治療を継続していきます。劇症型の肝炎や慢性の肝不全の状態が続いている場合は、肝移植を行う可能性もあります。
神経障害では、手足や体幹の運動障害によって関節が拘縮してしまったり、肺に異物を飲み込んでしまいます。その結果、誤嚥性肺炎が生じることもあります。基本的にはトリエンチンで治療を行いますが、神経症状が強い場合には、関節が動かなくならないよう予防的に早期から理学療法を行うことがあります。
ウィルソン病は前述の通り、銅が臓器に蓄積することで様々な症状を引き起こします。銅の蓄積が増えれば増えるほど、症状は重症化していくため、ウィルソン病と診断されたら、早期の段階から投薬治療をはじめることが大切になります。そして、治療法は確立されているとはいえ、一生内服を続けていかなければいけません。また、生体肝移植を行えば病気自体は治りますが、その代わりに一生免疫抑制剤を飲み続けなければなりません。このような負担が大きいことから、治療を継続することに負担を感じる人も少なくないのです。
また、病気である本人もそうですが、ウィルソン病の子どもをもつ親も「どうして私だけ(私の子だけ)…」と孤独感を感じる方も多くいらっしゃいます。そういった共通の悩みを抱える患者さん同士、また親同士が支えあっていけるようにと、日本では「ウィルソン病友の会」というコミュニティをつくりました。1995年に発足し、2015年でちょうど20年になります。子ども同士の教育や食事指導など、お互いに情報共有していくことで、ウィルソン病と上手に付き合っていく方法を見つけていっていただきたいです。
ウィルソン病は遺伝病という特性上、結婚や保険といった問題もあります。実際に、ウィルソン病ということがわかって結婚ができなくなるのではないかと悩まれていた患者さんもいらっしゃいます。
ウィルソン病でも治療を継続することで、もちろん妊娠も出産も可能です(ただし妊娠中も服用量を減らしはするものの、薬は飲み続けることになります)。また常染色体劣性遺伝のため、基本的にウィルソン病患者の子どもに症状が現れることはありません。ただウィルソン病に限らず、遺伝病において結婚に悩まれる方も多く、これについては社会が考えていかなければいけない課題の一つだといえます。
また、彼らは保険に入れないという問題もあります。実際は全く加入できないというわけではないのですが、今後遺伝子診断等も進んでいくなかで、こちらも考えていく必要がある課題だと感じています。
大阪医科薬科大学 名誉教授/小児高次脳機能研究所・LDセンター顧問
日本小児神経学会 小児神経専門医日本小児科学会 小児科専門医
大阪医科大学卒業後、小児科専門医・小児神経専門医を取得。現在は大阪医科薬科大学小児高次脳機能研究所・LDセンター顧問として、学習障害をはじめとする発達障害、ダウン症やウィルソン病の研究、診療に当たっている。患者さんの病気ではなく、まずその人を知ること、そしてより社会に知ってもらうことを目指し幅広い活動を続けている。特にダウン症・ウィルソン病を専門領域とし、臨床・研究のみならず、ウィルソン病友の会の顧問医師や日本ダウン症療育研究会会長として、ウィルソン病患者やダウン症児、またその家族のサポートに力を入れている。
玉井 浩 先生の所属医療機関
「ウィルソン病」を登録すると、新着の情報をお知らせします