体外受精による赤ちゃんが世界で初めて誕生したのは1978年のことです。それから約40年が経ち、体外受精の技術はさらに進歩を遂げてきました。このように技術が進歩することで体外受精による妊娠の成功率はより向上しましたが、それでもいまだ不妊に悩む方は多く、より精度の高い技術が求められています。
そうしたなか、近年(2017年11月時点)「受精卵(胚)の質」を見極める技術が急速に発達し、よりよい体外受精の方法が新たに確立されてきています。胚の質を見極める技術とはいったいどのような方法なのでしょうか。院内に専用機器を導入されている、恵愛生殖医療クリニック志木 院長の林 博先生に、世界最先端の体外受精技術についてお話を伺いました。
体外受精とは不妊治療の1つです。体内から卵子と精子を取り出し、体外で受精・培養させた後に、より良好な受精卵(胚)を選んで子宮内に移植することで妊娠を目指す方法です。
体外受精による出生児は全世界で400万人を超えたともいわれています。日本では、日本産科婦人科学会が集計した体外受精の実績のデータによると、2015年には51,001人(総出生児数の5.1%)の子どもが出生に至ったと報告されており、その数は年々増加しています。
体外受精には主に2つの方法があります。
①IVF-ET(体外受精、胚移植法)
一般的に体外受精といわれている方法です。取り出した卵子と精子を同じ培養液中に合わせて、精子が自然と卵子に到達し、受精するのを待つことで受精卵が生まれます。この受精卵を子宮へ移植する(胚移植)ことで妊娠を目指します。
②ICSI(顕微授精、卵細胞質内精子注入法)
ICSIでは顕微鏡を用いて、取り出した卵子にピペット(細いガラス棒)で精子を注入することで受精を行う方法です。受精卵ができた場合には、IVF-ETと同様に胚移植によって子宮に着床させ、妊娠を目指します。
体外受精で誕生した赤ちゃんが世界で初めて生まれたのは1978年のことです。初めての体外受精はIVF-ETを用いた方法で行われました。以降、ICSIや妊娠の成功率を向上させるさまざまな技術(排卵誘発剤の活用、胚凍結融解技術など)が登場し、体外受精の成功率は大きく進歩してきました。
しかしこうした技術の登場以降、体外受精の成功率を劇的に向上させる技術の発展は滞りを見せています。なぜ、体外受精の成功率のさらなる向上が困難となっているのでしょうか。
その理由として考えられているのは「卵子(卵)」や「受精卵(胚)」の質の問題です。体外受精に使う卵(らん)や、受精させた胚の「質」が優れない場合、子宮へと移植しても成功率は下がってしまいます。そのため体外受精を成功させるためには質のよい卵や胚を用いる必要があるのです。
質のよい卵・胚を体外受精で用いるには、主に2つの方法が考えられています。
1つは卵や胚の質を改善させる方法です。たとえば遺伝子の編集技術や、再生医療の技術を用いることで、より妊娠しやすい卵や胚をつくることができ、体外受精の成功率を高めることができると考えられています。しかし、遺伝子編集や再生医療といった技術は高度な技術であり、さらに倫理的にも大きな課題が残るため、実際に治療に用いていくことは現状では難しいと考えられています。
そこで現在有望とされているのが卵や胚の質を見極める方法です。質を改善させるのではなく確実に妊娠できる胚(良好胚)を判定していくことで、体外受精の成功率を高めることが可能になります。現在この「卵や胚の質を見極める」技術が発達してきています。
Veeck分類……一般的に胚の中のフラグメントが占める割合が高いと着床率・胎児への発生能力が低いとされている。
質のよい胚を見極めるための基準としてはVeeck分類やGardner分類などがあります。これらの分類はある程度、妊娠率と相関するとされていますが、あくまでも目安です。さらにどのグレードであるかは、人間の目によって主観的に評価されているため、妊娠の成功率を予想するには限界があります。
そこで現在注目されている方法がPGS(着床前スクリーニング)という方法です。この方法では人間の目で胚の質を評価するのではなく、胚の細胞を一部取り出して遺伝子を解析することで胚の質を評価していきます。胚から取り出された細胞の遺伝子を解析することで、着床しやすく流産しにくい、染色体に異常がない胚を判断することができる可能性があります。
しかし、着床前スクリーニングでは細胞の一部を取り出すため、胚にダメージを与えてしまう可能性もあります。さらに胚一つひとつに対して個々に細胞を取り出していく必要があるため、効率よく胚の質を評価する方法であるとはいえないという難点も挙げられます。欧米では以前より着床前スクリーニングが行われていますが、明らかに治療成績が改善したという報告は少なく、2017年時点における遺伝子解析技術では限界があるのかもしれません。
現在の日本では日本産科婦人科学会の指針の下、重い遺伝性疾患を持つ方または一部の染色体構造異常による不育症の方でのみ、着床前スクリーニングを含む着床前診断が認められています。このような点から日本で広く普及していくにはまだ時間がかかると予想されています。
そこで体外受精の成功率を向上させる新たな技術として考案されたのが「AI(人工知能)の画像判定技術」です。この方法では専用の機器の中で子宮に戻す前の胚を培養しながら、その発育状況を常時監視し、AIによって解析することで胚の質を判定します。現在この技術が急激に進歩しています。
当院における取り組みをご紹介します。当院では、画像判定技術を用いて体外受精の妊娠率を向上させられるよう、全ての患者さんを対象にAIによる良好胚の判定を行っています。まず、はじめの3日間で胚の発育状況からAIが良好胚を判定します。その後、5日目まで培養を継続し胚盤胞になったところで人間の目によるGrade判定も加えていきます。そして培養を終えた胚を、AIの情報および従来の胚培養士による情報を参考に医師が総合的に判断し、子宮へ移植する胚を決定していきます。
左)林先生、右)この日ご一緒にお話を伺った 帝京大学医学部附属病院 泌尿器科 講師 木村将貴先生
体外受精の成功率を向上させるには、質の良い卵や胚を得て、それを見極めることがとても重要です。そのためにはこうした医療機器の活躍が今後さらに期待されていくことでしょう。さらにAIによる胚の画像判断技術のほかにも、全自動で急速ガラス化法を行うことで常に安定した胚凍結ができる「全自動胚凍結機」、高精細カメラとAI(最新鋭のソフトウェアアルゴリズム)で精子の数と運動量を自動的に解析する「精子自動解析装置」など、患者さんの妊娠の可能性を高めていくための新しい機器が登場してきています。こうした最新鋭の医療機器の登場は、不妊に悩まれている患者さんにとって大きな助けになっていくでしょう。
恵愛生殖医療医院 院長
日本産科婦人科学会 産婦人科専門医・指導医日本生殖医学会 生殖医療専門医日本人類遺伝学会 臨床遺伝専門医日本周産期・新生児医学会 周産期専門医(母体・胎児)
1997年に東京慈恵会医科大学卒業後、同大学病院にて生殖医学に関する臨床および研究に携わる。
2011年4月恵愛病院生殖医療センター開設。
2016年1月恵愛生殖医療クリニック志木開院。院長就任。
2018年1月同クリニックを和光市に移転し、恵愛生殖医療医院へ改称。
日本生殖医学会認定 生殖医療専門医、日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医、日本周産期・新生児医学会認定 周産期(母体・胎児)専門医を持つ不妊治療のスペシャリストとして活躍。自らも体外受精・顕微授精や不育治療を経験しており、患者さま目線の治療を提供することをモットーとしている。
林 博 先生の所属医療機関
木村 将貴 先生の所属医療機関
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