命を脅かすような病気やけがの治療が一段落した後、体力が低下していたり身体の機能が十分に回復していなかったりして、再び自宅に戻って生活することに不安を抱える患者さんやご家族は少なくない。横浜平成会 平成横浜病院はそのような方にさまざまなケアやリハビリテーションを提供する「慢性期医療*」を担っている施設だ。退院する患者さんやご家族からは「こんなによくなると思わなかった!」「入院する前よりも元気になった」とうれしい驚きの声がたくさん届くという。それを支えるのは多様な職種のスタッフが提供する充実したチーム医療の存在である。患者さんの「やりたい」をかなえ、生きがいを取り戻すケアとはどのようなものなのか、同院の天辰優太先生にお聞きした。
*本記事における「慢性期医療」は「回復期医療」を含みます。
*この記事は横浜市医療局の「医療マンガ大賞」、慢性期ドットコムとの連携企画です。
「使う医療材料の量だけを見ると、慢性期医療は急性期などに比べると少ないため、医療としては“ダウングレード”したかのようなイメージを持たれるかもしれません。しかし、それ以外の部分に注目すると、たとえばリハビリを担当する理学療法士や作業療法士、栄養士、歯科衛生士を含むスタッフの数が非常に多いなど、多大なリソース(医療資源)が投入されます。高齢者であっても自宅に戻って元通りの生活を送ることを目指して医療を提供しており、急性期とはまた違った意味で力の入った医療といえるのです」。天辰さんは、慢性期医療の位置づけをそう説明する。
日本の病院や診療所は、高度急性期、急性期、回復期、慢性期医療の4種類に分類されている。高度急性期と急性期では、主に患者さんの命を脅かすような病気やけがの治療が行われる。一方、回復期と慢性期では、急性期の治療が終わった後に治療やリハビリテーションを継続したり、患者さんの病状が悪化したりしたときに一時的に入院し、治療やリハビリテーションを行う。いずれの場合も、再び患者さんが住み慣れた自宅で暮らせるようになることを目指す。
そのような役割分担があるのだが、「慢性期医療」は、漠然と「リハビリをするところ」と認識されていることが多く、その実態についてはあまり詳しく知られていない。現在の医療・介護制度はとても複雑化していて、患者さんやご家族がその全てを把握し、それぞれの特徴を理解したうえで必要なものを選ぶことはなかなか難しい。
「『体が弱ってしまったから家に帰るのは無理じゃないかな……』『家族に迷惑をかけたくないから施設に入りたい』と考える患者さんやご家族は少なくないのです。どのような支援があるのか分からず、心配や不安が大きくなってしまうからです」天辰さんはそう語る。
患者さんには、医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、歯科衛生士、介護職員など、たくさんのスタッフが関わる。入院中はそれぞれの職種の視点に基づいた意見を積極的に出し合ってカンファレンスを繰り返し開催する。
平成横浜病院では、患者さんやご家族の「家に帰りたい/家で面倒をみてあげたい」という思いに沿った具体的な目標を設定。そのうえで入院中に行う必要がある治療やケア、リハビリテーションを逆算して考えていくことを大切にし、患者さんやご家族とも共有してモチベーションを高められるようにしているという。
「時には『そこまでやるんだ』と驚かれることもあるんです。でも『こんなによくなると思わなかった!』『入院する前よりも元気になった』と喜んでいただけるケアを目指しています」
「当院には各病棟に入退院を調整する看護師と相談員が1名ずつ在籍し(2022年現在)、担当するリハビリスタッフと一緒に患者さんが入院されている間にご自宅に伺って、実際の生活環境(トイレや浴室、段差や階段の有無など)を確認します。ご家族からもお話を聴き、患者さんの自宅での過ごし方などを教えていただきます」
自宅はどのような環境か、どうしたら安全に生活できるか、そのためには何をする必要があるか――チーム全員で話し合い実行していくために必要な作業だ。訪問が難しい場合は、ご家族から写真を提供してもらうこともあるという。
入院中は専門的な知識を持ったスタッフが協力しながら、それぞれの視点で患者さんを支える。
食事は栄養の観点でも非常に重要だが、食事自体に楽しみを感じてもらえることを目指す。そのために、管理栄養士が毎日患者さんのもとに伺い、食事の柔らかさや形態を調節する。提供する食事は経管栄養の流動食も含め、既製品は極力使用せず、調理師が一つひとつ調理を行う。入院期間が長い方でも食事に喜びを感じられるように、四季を感じる旬の食材を使用したり、全国各地の郷土料理をメニューに取り入れたりするなど工夫している。消化器官に問題がなければ「口から食べてもらう」ことを最後まで諦めない。
そして、歯科衛生士が毎日口腔チェックをする。誤嚥性肺炎などを防止し全身状態を良好に保つためにも、口腔衛生はとても重要だ。また、しっかりとかむためには患者さんに合った義歯を使用することが大切なため、必要に応じて調整も行う。
理学療法士や作業療法士が、自宅での生活動作を踏まえたリハビリテーションを行う。浴槽の高さに合わせて足をまたぐトレーニングをしたり、自宅の階段の段数や歩かなければいけない距離に合わせて階段昇降や歩行訓練を行ったりする。
「リハビリテーションはだんだん強度が上がるので大変になるんですが、患者さんには『家に帰る』という具体的な目標があるのでやる気もアップするんですよ」と天辰さんは誇らしげに語る。
また、ご家族と相談しながら介護保険のサービスを利用して▽自宅のトイレや浴室に手すりを設置する▽患者さんの寝室を2階から1階に移動する▽布団を介護用ベッドに変更する――など、安全に生活するための環境も整えていく。
患者さんが自宅で「やりたい」と思うことをリハビリテーションに取り入れるのはとても大切だ。たとえば、バスに乗って外出することができれば行動範囲も広がるし、献立を考えて調理をすることができれば患者さんの喜びにもつながる。
「患者さんのその人らしさや生きがいを取り戻せるように支援していきたいと考えています」
日本は2007年に世界に先駆けて65歳以上の人口が全体の21%を超える「超高齢社会」を迎えた。今後も人口に占める高齢者の比率は増え続けると予測されており、2025年には約30%、2060年には約40%に達すると考えられている。これからの時代、慢性期医療のニーズはますます増大していくだろう。
「私自身は厚生労働省での医系技官としての勤務を経て、当院で患者さんと関わるようになりました。厚労省では介護報酬の改定などを担当していましたが、その過程で得ることができた『退院後の暮らしを見据えて今すべきことを考える』という視点は、今の業務にとても役立っていると思います」
慢性期医療では、さまざまな職種のスタッフがそれぞれの専門性を生かしながら、患者さん一人ひとりとゆっくり向き合い、生活や暮らしそのものを支えていくことができるので、大きなやりがいを感じているという。
「多くの方に慢性期医療について正しく知っていただき、もし『家に帰りたい/家で面倒をみてあげたい』という思いがあるなら、ぜひ一度ご相談いただきたいと思っています。そして、興味を持っていただける医療職の方がいたら、一緒に患者さんやご家族を支える仲間として活動していきましょう」
天辰 優太 先生の所属医療機関