眼内悪性リンパ腫は患者数の少ない希少がんで、よりよい治療法を確立すべく日々研究が進められています。東京大学医学部附属病院では、関連する診療科の医師が連携し、より効果が高く、患者さんの肉体的・精神的負担を軽減できる治療法の開発を目指して臨床試験にも積極的に取り組んできました。今回は、同院 希少難病疾患治療開発実践講座の田岡 和城先生に、同院で開発された治療法や現在進行中の取り組み、今後の展望についてお話を伺いました。
眼内悪性リンパ腫の標準治療は、現在のところ国内のみならず世界的にも定まっていません。しかしながら、前ページで蕪城先生がお話ししてくださったように、従来から行われてきた眼局所放射線治療やメトトレキサート(MTX)硝子体注射といった治療により、局所的なコントロールの成果は良好だったといえます。その一方で、局所治療のみでは70〜80%の確率で脳に再発するといわれています。
そこで私たち東京大学医学部附属病院の研究グループは、10年以上前から、眼内悪性リンパ腫の脳への再発を抑制する新たな治療法の開発に向けた研究を開始しました。
私たちが開発したのは、メトトレキサートの眼球内注射、全身化学療法(リツキシマブ、メトトレキサート、ビンクリスチン、プロカルバジン、シタラビンを投与)、および予防的な低線量の全脳放射線照射を組み合わせた治療法です。この治療は化学療法の保険診療内で受けていただけます。
当院における治療期間は約8か月で、その間、入退院を繰り返しながら治療を受けていただきます。
当院では、病気の診断から治療前の精密検査、治療までをシームレスに行える仕組みを構築しています。眼科、血液・腫瘍内科、放射線科が連携して一連の治療を連動させ、より高い効果を導き出せるよう努めています。
この治療は、4年間の無病再発生存率70%以上という成果を得ています。それまでは再発率が70〜80%程度とされていたため、眼内悪性リンパ腫の治療成績を大きく変えたといえると思います。
予防的な放射線治療については、脳へのダメージは少ないとされているものの、大脳白質が障害され認知機能の低下を招く白質脳症のリスクは否定できません。
眼内悪性リンパ腫の患者さんには高齢の方が多いため、認知機能障害をきたすと、日常生活に影響が出てしまう可能性があります。治療を決定する際には、このようなリスクも含めて患者さんと個別に相談するようにしています。
また、化学療法で用いられる薬によっては、副作用として、手足のしびれなどの末梢神経障害が現れることがあります。
当院では治療終了後も定期的に来院いただき、患者さんの状態に合わせて継続的なフォローアップを行っています。合併症の程度にもよりますが、治療終了直後は毎月1回、その後2か月に1回、3か月に1回と徐々に間隔を延ばしながら、定期的な受診をお願いしています。
眼内悪性リンパ腫は、現在のところ再発時の治療も明確に定められていません。私たちのこれまでの研究から、目だけに再発した場合でも再再発の可能性が高まるのは明らかで、目に再発したときには局所治療だけでなく化学療法や自家移植(あらかじめ患者さんから採取しておいた造血細胞を体内に戻す治療法)も含めて検討するべきであると考えています。
たとえば、初発時は右目に病変がみられ、その後左目に再発した場合には、眼局所治療として行うメトトレキサート(MTX)硝子体注射に、再発予防として化学療法や自家移植も含めて検討し追加して行います。また、脳に再発した場合、新規に承認されたチラブルチニブという薬を用いた治療やBuTT(自家移植の前に行う処置のこと)による自家移植も行われています。
上述の“局所治療と化学療法・放射線治療を組み合わせた眼内悪性リンパ腫の治療”は、私たちが実施してきた前向き臨床試験*によって効果が明らかになった治療法です。
私がこの研究を始めたきっかけには、診療に従事するなかで年に数例、眼内悪性リンパ腫の患者さんがいらっしゃったことが関係しています。非常に高率に脳に再発し、症例によっては亡くなるという状況がありました。眼科の先生方とやり取りするうちに、眼内悪性リンパ腫は希少がんではあるものの大変な病気だと感じてこの研究に取り組むようになったのです。
臨床試験のプロトコール(研究実施計画書)の作成の過程において、特に化学療法に追加して放射線の予防的照射を行うべきか否かで議論が交わされました。予防的放射線照射を追加したプロトコールにしましたが、結果的にはこの予防的放射線治療が中枢の再発を抑制するのに効果的であった可能性が高いと考えています。
そして、この希少疾患において、予後の大きな改善につながる成果を得られたのは、眼科、血液・腫瘍内科、脳外科、放射線科の先生方と連携、協力して取り組んできたからこそだと感じています。
*前向き臨床試験:研究計画を立案し、ある時点から介入行為を行ってデータを集める試験。
現在、眼内悪性リンパ腫の患者さんを対象に、再発抑制が期待されるブルトンキナーゼ阻害薬(ONO-4059)の効果と安全性を検討する多施設共同医師主導試験が進行中です(2024年3月までエントリー可能)。
上述した局所療法・化学療法・放射線治療を併用した治療法は一定の成果を上げているものの、高齢の方に多い病気で化学療法ができない患者さんがいることや、治療期間が長いといった課題があります。より患者さんの負担やリスクを抑えた治療法を見出すべく、新たな治療の開発のために臨床試験に着手しました。
ブルトンキナーゼ阻害薬の一番のメリットは、眼内悪性リンパ腫の疾患特異的遺伝子に対する分子標的治療薬*であるという点です。中枢神経系のリンパ腫に対しての有効性が報告されており、副作用のリスクを抑えながら高い確率で中枢再発を抑制できる可能性に期待しています。
もう1つのメリットは内服薬である点です。高齢の患者さんにとっても無理なく続けていただける薬であると考えています。
*分子標的治療薬:病気の原因となる特定の分子だけに作用する薬。副作用を抑えられるとされている。
東京大学医学部附属病院では、“眼内悪性リンパ腫専門外来”を開設しました。この外来では、眼内悪性リンパ腫の患者さんに対して、眼内悪性リンパ腫を専門とする眼科および血液・腫瘍内科の医師が、総合的に診察し診断や治療を行うことが可能です。国内外で初めての外来の試みであり、本外来の受診によって希少疾患の患者さんが少しでもよくなることを願っています。
現在“希少疾患の眼内悪性リンパ腫のリアルワールドデータ*を用いた医薬品の有効性・安全性の評価とガイドラインの作成”というテーマの研究にも取り組んでいます。
この研究の背景には、眼内悪性リンパ腫に対するメトトレキサートの眼内注射が保険適用になっていないという問題があります。希少がんには治療法の開発が難しいという高いハードルがありますが、それを実臨床のデータを用いて突破し、より効果が高く患者さんが負担なく受けられる治療法を見出していきたいと考えています。
*リアルワールドデータ:実際の臨床現場で取得される医療情報を集めたデータ。
眼内悪性リンパ腫は希少疾患であり詳細な情報も十分に公開されていないため、患者さんからの情報提供の要望が強くありました。そこで、眼内悪性リンパ腫研究班ではホームページを作成し、眼内悪性リンパ腫の知見(診断や治療、臨床試験を含む情報)について公開しています。眼内悪性リンパ腫の基礎的な知識を最新のものに更新しつつ、患者会や臨床試験などの情報を発信しているのです。
さらに、患者・市民参画(PPI:Patient and Public Involvement)の取り組みとして、眼内悪性リンパ腫の患者さんとご家族の生の声をお伺いする会を2018年11月22日、2019年7月21日に東京大学医学部附属病院で開催しました。現在、眼内悪性リンパ腫の患者会と医師の交流会など、病気の啓発を含めた社会的な活動を積極的に行っています。
現状では、眼内悪性リンパ腫は、一般的に広く知られている病気ではないと思います。私のところにも、ご自身やご家族がインターネットなどで精一杯情報を調べたものの、有益な情報を得られず不安を抱えた患者さんが受診されることがあります。ありがたいことに、患者さんに「田岡先生に治療に関するお話を聞き、安心してお任せしようと思った」と言われたこともあります。不安を抱いていた患者さんが、少しでも前向きに治療を受けていただけるのであれば嬉しく思います。
私がここまで眼内悪性リンパ腫の治療法に関する研究を続けてこられたのは、眼内悪性リンパ腫の患者会で、患者さんやご家族からいただいた「よりよい治療を早く世に出してほしい」という声が大きな力になったからです。医師主導試験やさまざまな治療の開発の大きな原動力になりました。患者さんに、より効果が高い治療を負担なく受けていただけるよう、今後も努力を重ねていきたいと思っています。
東京大学医学部附属病院 希少難病疾患治療開発実践講座 特任准教授
田岡 和城 先生の所属医療機関
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