インタビュー

ナルコレプシーの正しい知識――患者の1人である医師・今西 彩先生が伝えたいこと

ナルコレプシーの正しい知識――患者の1人である医師・今西 彩先生が伝えたいこと
今西 彩 先生

秋田大学医学部附属病院 精神科 助教

今西 彩 先生

目次
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夜しっかりと睡眠を取ったにもかかわらず、授業中や会議中などに気付くと寝てしまうという悩みを抱えて、自分を責めてしまっている方がいるかもしれません。また、会社や学校で眠っている人を見かけたら、「寝不足だろう」「夜ふかししたのかな」と思う方も多いのではないでしょうか。 しかし日中の強い眠気は、ナルコレプシーという病気によって起こっている可能性があります。

秋田大学医学部附属病院 精神科 助教の今西 彩(いまにし あや)先生は、ナルコレプシーの患者でもあるお立場から「ナルコレプシーは日中に眠くなってしまう病気なのであって、やる気がないと誤解しないでほしい」とおっしゃいます。今回は、今西先生にナルコレプシーの症状や治療法についての基本知識のほか、ご自身の経験や思いについてもお話を伺いました。

ナルコレプシーとは、夜しっかり寝ているにもかかわらず、日中の強い眠気によって日常生活に支障をきたす過眠症という病気の1つです。通常では眠らない状況で寝てしまうのが症状の特徴で、感情が大きく動いたときに体の力が抜けてしまう“情動脱力発作”が起こる場合もあります。

ナルコレプシーは思春期に発症することが多い病気であり、日本における有病率は600人に1人とされています。ただ、私が実際にナルコレプシーの診療に携わっている体感的にはもう少し割合が低いように感じます。

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ナルコレプシーの原因のイメージ図

睡眠と覚醒はシーソーのような関係性であり、どちらかに傾いた状態を維持するには支えが必要になります。その役割を担っているのが、脳の視床下部にあるオレキシン神経から分泌されるオレキシンという物質です。

ナルコレプシー患者さんにはオレキシン神経の脱落がみられることから、それに伴うオレキシンの不足が発症の原因といわれています。しかし、なぜオレキシン神経がなくなってしまうのか、思春期に発症することが多いのかといった点についてはまだ解明されておらず、研究が進められている段階です。

具体例を挙げながらナルコレプシーの代表的な4つの症状について解説します。睡眠発作以外は必ず起こる症状ではありませんので、日中の強い眠気以外に当てはまる症状がないかチェックいただくとよいでしょう。

1.睡眠発作

講義中などじっとしているときはもちろん、友達との会話中や電話中、少人数での討論の最中など普通なら考えられない状況でも急に眠ってしまうことを睡眠発作といい、ナルコレプシーの場合には10~20分程度で目が覚めるのが特徴です。睡眠発作は耐え難い眠気と説明されることが多いものの、患者さんは眠気を自覚していることがほとんどありません。つまり、眠気を感じることなく寝入ってしまい、目が覚めたときに初めて眠っていたことに気付くケースが多いといえます。

2.情動脱力発作

笑ったときや怒ったとき、驚いたときなど感情が急激に動いたことがきっかけで起こる体の脱力を情動脱力発作といい、その感情が続く限りその状態は持続します。思春期に発症したナルコレプシー患者さんの多くはまず睡眠発作の症状が出て、少し遅れて情動脱力発作が起こるという経過をたどることが多いです。

脱力の仕方にはかなり個人差があり、呂律が回らなくなる以外の脱力はない方もいれば、首や膝ががくっとなる、倒れ込んでしまうというような脱力をする方もいます。情動脱力発作時には意識があるので周囲の方の「大丈夫?」といった声は聞こえているものの、瞼も口の筋肉も脱力してしまっていることが多いので目を開けることも、言葉で状況を伝えることもできないのです。

情動脱力発作が起こると手をつく間もなく転んでしまう場合もあり、けがをしてしまうことが少なくありません。

3.入眠時幻覚

入眠直後に見る、温度や振動などの感覚を鮮明に感じる夢を入眠時幻覚といいます。入眠時幻覚は健康な方でも見ることがありますが、現実と錯覚するような生々しい夢を見ては目を覚ますというのを繰り返すため精神的にもつらく、なかにはトラウマやPTSD(心的外傷後ストレス障害)に近い状態になる方もいます。

私が見た中で特に恐怖を覚えたのは、誰かが「開けろ」と言いながら部屋のドアをガンガン叩き続けるので起きてしまったのですが、実際にドアを開けると誰もいないのです。それで安心して再び眠るとドアを叩き続ける音や振動が続いているというものであったり、家に泥棒が押し入ってきて犯行に及んでいる間ずっと起きているのに気付かれないように息をひそめ続けたりといったものです。

4.睡眠麻痺

通常、睡眠直後などのレム睡眠時は、脳は活発にはたらいているものの体は脱力しているので動かすことができません。しかし、入眠時幻覚を見て恐怖で体を無理に動かそうとしても、レム睡眠時は体が動かないために睡眠麻痺(金縛り)が起こるのです。

睡眠麻痺はナルコレプシーの方に必ず起こる症状ではありませんが、頻度は高いといえるでしょう。

その他の症状

痩せにくい、汗をかきやすいといった症状を伴う場合もあります。まだエビデンスはあまりありませんが、患者さんから困り事として多く声が上がる症状といえるでしょう。

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写真:PIXTA

先ほどお話しした4つの症状が全て当てはまるとは限りません。睡眠発作や情動脱力発作というナルコレプシーの特徴的な症状を疑う方、気になる症状がある方は、まず睡眠外来あるいは精神科を受診しましょう。できれば過眠症やナルコレプシーを専門的に診療している医師に受診いただくことをおすすめします。

睡眠の状態を評価する睡眠ポリグラフ検査(PSG)や、眠気を客観的に評価する反復睡眠潜時検査(MSLT)で症状を確認するとともに、必要に応じて血液検査を行い診断します。

ナルコレプシーの治療では、睡眠時間を十分に確保するなどの生活指導とともに薬物療法を行います。睡眠発作に対しては覚醒作用のある中枢神経刺激薬を使用します。情動脱力発作や睡眠麻痺、入眠時幻覚がある場合には三環系抗うつ薬が処方されます。

中枢神経刺激薬を使用し始めると日中の眠気に気付けるようになり、知らぬ間に寝てしまう頻度が減るようになるでしょう。これにより、眠気を感じたなら仮眠を取る、運転を止めるといった対策が講じやすくなるといえます。

患者さんの中には、「日中に完全に起きていられない」「情動脱力発作がまったく起こらないようにしたい」と増薬を望まれる方がいます。しかし、薬の処方量の上限を考えると、健康な方と同じように日中に完璧に起きていることを目指すべきではないと思っています。昼寝や仮眠を取りながら日常生活での支障を減らしていくことを目標にするのが望ましいでしょう。

私は中学2年生の頃からいつの間にか寝てしまって、起きたときにそのことに気が付くというのを繰り返すようになり、高校生になったあたりから脱力に伴ってけがをしたり、顔面を机にぶつけてしまったり、うつ伏せになってしまい眼鏡を壊したりすることが続くようになりました。今ではそれらがナルコレプシーの睡眠発作や情動脱力発作によるものだと分かりますが、当時はどんなに意欲的に授業に臨んでも眠ってしまい先生の説明を聞き逃してしまう、帰り道に友達と笑いながら楽しく話している最中に力が抜けて転んでしまうといったことが度々起こるという状態が続きました。寝てしまうことも「先生にばれずに眠れるなんて特技では?」と言ってくれたり、情動脱力発作も「リアクションがおおげさだなあ」と笑ってくれたり、友人に恵まれていたおかげで学校生活は精神的な負担にならずに済みました。

しかし、浪人してからはデメリットばかりで、成績アップにつながるように勉強しなければと計画を立てても眠ってしまってこなせず、眠ってしまう自分を責めて精神的にかなり追い詰められました。一度医師に相談したものの、午後10時には寝ていたにもかかわらず「寝不足なのでは?」と軽く言われてしまいました。

その後も、夜遅くまで勉強しているといつの間にか眠ってしまい苦労することが多かったですし、特に大学受験の前などは悪夢(睡眠時幻覚)を頻繁に見るようになって何度も目が覚めてしまい、精神的にも追い込まれたことを今でも鮮明に覚えています。

医学部に進学した後、大学内にある健康管理センターで看護師さんに症状について相談したところ「寝不足が原因とは思えない。何か病気が原因だろうから先生に診てもらおう」となり、そのときにいらした神経内科の先生の診察を受けることになりました。診察時に日中の眠気で困っていると伝えたところ、先生から金縛りや悪夢、脱力がないか尋ねられました。寝てしまうことと脱力や金縛りが起こること、そして悪夢を見ることが関連した1つの病気であるとは考えもしなかったので「話していないのに、どうしてこんなに私のことが詳しく分かるのだろう」と驚いたことを覚えています。

その先生は「50年ほど医師をしてきて1人しか患者を診たことはないが、症状がそろっているからナルコレプシーでしょう」と、その後ナルコレプシーが原因であること、病気の概要について詳しく説明していただきました。私は、ナルコレプシーの患者さんを診療したことのある医師に診ていただけたことで、早期の正しい診断につながったと考えています。しかし、ナルコレプシーをはじめとする過眠症を専門的に診療している医師はいまだ多くはないため、正しい診断にたどりつくことが難しいのが現状といえるでしょう。また、精神科でナルコレプシーを診療していることも多いのですが、精神科を受診することにハードルを感じてしまう方が少なくないというのも診断につながる難しさの1つかもしれません。

ナルコレプシーの薬物療法では、中枢神経刺激薬は大事な時間に起きていられるように服薬して夕方以降は服薬しないのが基本であるため、帰宅してから考えることが必要な“勉強をする”、“複雑な家事をする”というのが厳しいこともあります。このように頭がはっきりと起きている時間が健康な方よりも限られるため、患者さんの中には「ナルコレプシーという病気を抱えているということは、24時間与えられていないのと一緒だ」とおっしゃる方もいます。

私はもともと、外科医になって手術を担当したいという強い思いを持っていました。睡眠障害を専門とする医師からは体を心配して「前例がないのでやめておいたほうがいい」と助言をいただいたものの、やってもいないのに諦められないと思い、泌尿器科医として勤務することを決めました。念願を叶えて充実した日々を送っていたものの、医師としての業務をこなすために土日もほとんど仕事に費やしていました。多忙な日々を送るなか、専門医資格を取るための勉強時間がなく、資格を取ることができませんでした。当直などによる睡眠不足や不規則な食生活が続いた結果、無理がたたって30歳代前半で体を壊しかけてしまいました。この出来事がきっかけとなり、外科医の夢を諦めてナルコレプシーをはじめとする睡眠障害を専門とする医師として歩むことを決めたのです。

ここでは、私がナルコレプシーの患者さんの診療を行うなかで、「知らなかった」「以前の先生から話してもらったことがない」という言葉を聞くことが多いナルコレプシーの知識についてお話しします。また、治療費に関する課題について解説します。

情動脱力発作について、声を出して笑わなければ起こらないと思っている方がいますが、それは誤りです。笑い声を我慢しようとしまいと、「面白い」「楽しい」など感情が大きく動けば脱力発作は起こります。だからといって、情動脱力発作のきっかけになり得る刺激を全て遮断して生きていくことができるでしょうか。笑うことを我慢しなさいと言う医師がいるそうですが、たとえそれで情動脱力発作は起こらなかったとしても、引き換えに人生の楽しみを失うことは治療の方向として正しくないと思います。

特に未成年の方には、三環系抗うつ薬などを適切に使用することで、楽しいことを経験できるようになってほしいと思います。また、事前に情動脱力発作が起こることが予測できるときには、ものを落としてけがをしないように対策を行うことをおすすめします。

入眠時幻覚は情動脱力発作と同様に三環系抗うつ薬を用いて治療を行います。しかし、患者さんが入眠時幻覚の症状を訴えているにもかかわらず、情動脱力発作がないと薬が処方されていないケースもあります。これは、医師が感覚のある悪夢がどれほど恐ろしいか、トラウマになるほどつらいものか、理解が広まっていないからではないかと考えています。

患者さんが病気について理解を深め、入眠時幻覚についても治療薬があると知ることは大切です。それと同様に、医師が治療についてしっかりと情報提供することが重要であると感じています。

中枢神経刺激薬は、適切な量を処方することが重要です。当院ではまずは少量から開始し、効果が足りない場合に増量するようにしています。併せて、患者さんの生活サイクルに応じた服薬指導を行っています。

治療の過程で、薬の量を変えずに何年も過ごせていたのに「急に効きが悪くなった」と訴える患者さんもいます。ただし、ナルコレプシーの症状が大きく変化することはほとんどないため、そのような訴えがあった場合には睡眠不足や別の病気の合併などのほかの原因をまずは考える必要があります。

ナルコレプシーの治療薬は薬価が高いにもかかわらず、自立支援医療制度の対象になっていません。そのため、実際は中枢神経刺激薬を1日の最大量処方したほうがよい症状であっても、患者さんの経済的な事情から処方量を抑えてしまっている場合があるのが現状です。

中枢神経刺激薬が足りなければ日中の強い眠気によって生活に支障をきたすという観点からも、この点は今後解決していくべき課題であると感じています。

2024年3月時点では、残念ながらナルコレプシーは根治できる病気ではありません。しかし有効な治療法はありますので、ナルコレプシーを疑う症状がある方は1人で悩まずにナルコレプシーをはじめとする過眠症を専門的に診療している病院を受診しましょう。ナルコレプシーと診断されたなら、患者さんそれぞれのライフスタイルや環境に応じて相談しながら治療を進めてくれる医師の下で治療を受けてほしいと思います。

ナルコレプシーに関して正しく理解されていないために、自分の病気について周囲の方に伝えられていない患者さんも多いようです。会社員の方であれば、職場の全員に話す必要はないと思います。しかし、1人でも2人でもよいので信頼できる方に病気について説明し、眠ってしまったときに声をかけてもらう、情動脱力発作のときにけがをしないように支えてもらうなどのサポートを求めましょう。

学生の方であれば、担任の先生には必ず病気のことを伝えて、適切にサポートしてもらうようにしましょう。また、10分ほど仮眠を取るだけでも眠気がすっきりしますので、信頼できる方にあらかじめ「眠そうにしているときは声をかけて」とお願いして、仮眠のタイミングを教えてもらうのもおすすめです。

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薬を服用しており、規則正しい生活を送っていたとしても、日中眠ってしまうことがあるのがナルコレプシーという病気です。それにもかかわらず、「やる気がない」「体調管理ができていない」などと誤解されてしまうことも少なくありません。こうしたマイナスなイメージを持たれてしまう背景には、“眠る”ということが特殊なことではなく、寝不足や不摂生をしたとき誰にでも同様の症状がみられるということが一因であるように思います。

患者さんにとって一番つらいのは理解してもらえないことです。ご家族や周囲の方は、睡眠発作も情動脱力発作も不摂生が原因なのではなく、ナルコレプシーという病気のせいで起こってしまうということをしっかり理解し、責めることなく何か困ったときには手を差し伸べるとともに温かく見守っていただくようお願いしたいと思います。また、ずっと付き合っていく必要のある病気であるからこそ、薬を欠かさず飲み続ける大変さや医療費の問題などついても理解し、寄り添っていただければ幸いです。

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