大阪府堺市北区に位置する大阪ろうさい病院は、専門的で高度な医療や、救急を含む急性期医療を提供する病院です。地域の方々に愛され、信頼される同院が、よりよい医療提供のために目指す今後の展望について、院長の平松 直樹先生に伺いました。
当院は、堺臨海工業地帯の発展に伴い1962年に開設されました。開設当初は512床10診療科という規模でしたが、少しずつ病床や診療科を増やし、現在は678床26診療科の体制となっています。当院は、全国各地にある“労災病院”の1つであり、地域医療支援病院や地域がん診療連携拠点病院などさまざまな認定や指定を受けています。
当院は2022年に新病院へ移転し、新たな病院として生まれ変わりました。新病院では、高度専門的医療のさらなる拡充、救急医療を含む急性期医療の充実が図られています。ハイブリッド手術室*を含め、16室を有する広大な手術エリア(3,200m2)では日々、高度な手術や、ロボット支援下手術など低侵襲手術をはじめとした多種多様な手術が行われています。また、救急センターは2床から6床へ増床し、当直の体制も強化しました。さらに集中治療室が28床へ倍増したことで、患者さんにとってより安心かつ安全な診療を目指せるようになりました。
*ハイブリッド手術室……手術台とX線撮影装置を組み合わせた手術室。
当院の特長の1つとして、職員に根付く“大労愛”の精神が挙げられます。大労愛とは、文字どおり“大阪ろうさい(労災)病院への愛”という意味ですが、職員をはじめ地域の方々も本当にこの病院を愛して、信頼してくれていると感じることが本当に多いです。
もちろん私自身もこの病院が好きで、8年前に赴任して間もなくより、ずっとこの病院で働きたいと考え今にいたっています。当初は、“ジャイアンツ愛”でもあるまいし、と思っていたのですが……(笑)
もともとこの堺は地域を愛する気持ちが強く、地域の中核的な病院である当院に対しても「何かあったらろうさいに行く」「ろうさいであかんかったら仕方がない!」とまで思ってくれる患者さんが非常に多くいらっしゃいます。そして、当院で働く多くの職員がこの地で生まれ育った方であり、こうした中で大労愛が生まれています。
大労愛のもと、当院ではこうした職員を中心に多くの人たちが、何のかけひきもなくただただ“患者さんのために頑張ろう”、“この病院をよくしよう”と日々活動してくれています。こうした精神があってはじめて、“本当に患者さん本位のヒューマニズム溢れる医療”が展開できると考えています。
当院は開設から今年(2024年)で62年になりますが、その歴史の中で、先人たちの絶え間ない努力により幾多の古き良き伝統が築き上げられてきました。こうした伝統を基盤とし、さらなる発展のために、“病院革命 Hospital Innovation”をスローガンに、特任院長(西野 雅巳先生)の協力を仰ぎながら、患者さんによりよい医療を提供できるよう、スピード感をもって改革を進めています。
具体的には、健全な病院経営基盤を築き、職員の全てが病院の現況と目指す方向性を共有し、そのうえで職員一人ひとりにとって“働き甲斐”のある職場にすることを目標としています。
病院経営基盤を築くためにはまず、職員が病院の現況と目指す方向性を理解し、いかに経営が重要であるかを認識すること、そしてその目標に向かって快くワンチームになって力を発揮することが大切だと考えています。そのうえで、私たち経営者側は、こうした職員の活動を、より効率よく経営の向上につなげる施策を講じていかなければなりません。私自身は、臨床畑の医師人生を歩んできましたから、経営のことはあまり詳しくありません。そこで、MBA(経営学修士)の資格を有する若手の医師に経営改善委員会に参加してもらい、逐次相談しながら施策を打ち出しています。
具体的な例を挙げますと、たとえばこれまで毎週の経営改善委員会では、病院運営状況の詳細なモニタリング(主には昨年度との比較)を週報や速報、月報として行ってきましたが、こうしたモニタリングからは具体的な対策は生まれませんでした。そこで今年度より、まず病院として必要な年間の経常利益を設定し、この達成のために必要な各診療科でのおよその収支を決めています。この決定に際し、昨年度との比較ではなく、5年以上の各パラメーターのトレンドを参考にして計画を立てることにより、より具体的かつ比較年度の大きなイベント(近年でいえば新型コロナウイルス感染症の流行)などに影響されない目標が見えてきます。
当院では、月1回の運営会議(診療科、医療職、看護部、事務の部門長からなる80名程での会議)により病院運営方針を決定しています。
会議で決定したことは職員へ伝達されますが、以前は決定した最終的な方針のみを周知する形となっており、なぜそう決定したのかという意図まで伝えられていませんでした。そこで、会議の中で伝達された病院行事や委員会報告、外来・入院の稼働状況、そして経営状況などについて、重要事項をA4用紙1枚に分かりやすくまとめ、翌日には各部署に通達し、職員に回覧してもらうようにしました。回覧後にはサインをしてもらい、しっかり全員に周知できるようにしています。これにより、職員全体にタイムリーに病院の現況と、方向性を共有できるようになりました。
働き甲斐については、個人として、また部門としてモチベーションの向上につながるような風通しのよい職場環境を目指しています。私自身、ずっと椅子に座っていることなく、できるだけ現場に行って、現場の話を聞いてコミュニケーションを取りながら前に進んでいます。
具体的な取り組みとしては、以前より年に1回、職員に対して院長表彰が行われてきましたが、今年度からこの院長表彰に係る予算を3倍計上し、回数も増やしました。また、これまでは研究論文がメインで表彰される多くが医師でしたが、研究以外の臨床分野、経営サポート、事務サポート、接遇など、さまざまな分野で活動・活躍している職員を表彰するようにしました。
先日、第1回目の表彰式を行い、8つのチームと10人の個人を表彰し、それぞれの功績をたたえました。このことは、多くの職員の話題になっており、今後、各分野での活動の活性化につながるものと期待しています。
以上のように、職員全員が病院の運営方針を理解し、その目標に向かって快く力を発揮できるような環境をつくることが何よりも大切です。そして、経営面では診療科ごとに具体的な目標を掲げ、それを達成した場合には、ソフト・ハード面でインセンティブを与えることが、明日への経営を勘案した診療へのモチベーションにつながると考えています。
当院では、地域がん診療連携拠点病院として、がん医療の提供に力を入れています。がんセンターでは、胃や大腸、肝胆膵領域のがんなど消化器のがんをはじめ、泌尿器や婦人科領域、頭頸部や歯科口腔などさまざまな領域のがん診療を行っています。
また、がん啓発の一環として年に一度“ろうさい市民がんフォーラム”を開催しています。コロナ禍でも努力と工夫をしながら開催を続け、2024年で8回目の開催となります。 このフォーラムは、当院の近くにある大阪労災看護専門学校の講堂を借りて開催するのですが、準備から片付けまで全て職員が担当して行っています。この準備の際にも私は職員の大きな“大労愛”を感じたのですが、みんな“市民の皆さんにがんの啓発をする”という目的に向かって生き生きと活動し、こうした大きな目標に向かってみんながワンチームになれることをとても誇りに思っています。
私の座右の銘は、イギリスの詩人オーデンの言葉 “見る前に跳べ leap before you look”です。新しいことに挑戦するとき、最初が非常に重要です。もう少し様子をみてからやろう、ゆっくり落ち着いて調べてからやろうなどと、悠長に考えていたら、いつまでたっても前に進みません。そのうちに跳ぶことがおっくうになり、チャンスを逃し、時代に乗り遅れてしまいます。
したがって、限られた時間で準備をし、リスクを怖れず跳ぶことを職員のみんなにすすめています。もちろん、それでけがをすることや失敗することもあるでしょうが、けがは治し、失敗は改善して、また跳ぶ。跳ばないで待っているより、跳んで失敗したほうが断然得るものが多く、そうした過程の中で新たな発展が生まれていきます。確率を考えても、たとえば2割しか可能性がないものでも、3回トライするつもりなら、3回とも失敗する確率は、0.8×0.8×0.8 ≒ 0.5、つまり半分の確率で目標は成就します。
最近もう1つ新たな取り組みとして、新病院になってからの救急体制を3人当直から6人当直へ増やすことで、救急体制の強化を図りました。元来当院の当直回数は他病院に比べて少なかったのですが、これにより全体的に当直回数が増え、それまで当直を免除されていた人にも少し分担していただくことになりました。かなりの反対もありましたが、皆さんに個別に丁寧に説明し、まず始めてみて3か月後に検証しようということで開始しました。変更後現在に至るまで、そのほかの改革もあって救急診療はなんとか順調に稼働しています。今後もさらなる改善が必要ですが、確実に前に進んでいます。
このように、この激動の時代に、患者さんによりよい医療を提供するためには、“見る前に跳べ”を実践し続けることが必要だと考えています。
新病院に移転してから2年余りが経過し、2025年1月には全ての工事が完了してグランドオープンを迎えますが、より高い診療レベルを保ちつづけることと、何より大労愛でつながる素晴らしい職員がワンチームで患者さんへ“きめ細やかな”医療を提供することで、より多くの患者さんに愛される病院になるものと確信しています。
*病床数や診療科、医師、提供する医療の内容等についての情報は全て2024年8月時点のものです。