
「病気でつらく苦しかった経験も役者としての味になっていくのではないかと、ようやく思えるようになりました」と話す、吉本興業株式会社 俳優部 蔦谷 里華さん。蔦谷さんが最初に体調に異変を感じたのは高校生のときでした。原因不明の吐き気やめまい、目が飛び出して見える症状――。不調を感じてから“甲状腺眼症”と“バセドウ病”の診断に至るまでの約2年間は、モデルを目指していた蔦谷さんにとって受け入れがたい出来事だったといいます。蔦谷さんに、発症から治療までの歩み、俳優として生きる現在の思い、同じ症状を抱えている方へのメッセージなどを伺いました。
甲状腺眼症*とバセドウ病**と診断されたのは18歳の頃ですが、今思えばその予兆は2年ほど前からありました。当時は高校生で、体育の授業やアルバイト中に突然、吐き気やめまい、動悸を感じることがよくありました。激しい運動をしたわけでもないのに急に気分が悪くなって、立っていることができずにしゃがみ込んでしまうのです。将来はモデルになりたいという思いで、学業と並行してモデルスクールに通い始めていたものの、ウォーキングレッスンでは1歩も動くことができず、座って見学するだけで終わってしまう日もありました。
そのときは不調の原因が分からず、「もしかしたら、自分が好きではないことに取り組んでいるときに、それらの症状が出ているのかもしれない」と思っていました。食事の節制に努めながら学校やレッスンに通っていたのもあり、栄養管理が不十分で、ストレスもあって体調が悪いのではないか、原因は恐らく自分自身のせいなのだろうと思い込んでいたのです。そして、そのことを周りの人たちに悟られたくなくて、無理をしていたところがありました。
*甲状腺眼症:自分の体を守るための免疫機能の異常によって、目の周りの筋肉や脂肪などの組織に炎症が起こる病気。主な症状は、目が押されて出てくる(眼球突出)、物が二重に見える(複視)など。バセドウ病(甲状腺機能亢進症)に伴って発症することが多い。
**バセドウ病:甲状腺ホルモンが過剰に作られることで甲状腺の腫れ、動悸、眼球突出などの症状が現れる病気。
私の状況を見かねた母に連れられて、病院の脳神経外科を受診したのですが、その時点ではバセドウ病という病名にはたどり着きませんでした。私はあまり深刻にはとらえず、体調を優先してモデルのレッスンをやめることにし、アルバイトも無理のない範囲に調整して、体に負担をかけないように過ごしていました。
やがて1年がたった頃、新たに目に異常が現れたのです。右目だけがギョロッと見開いて、上下ともに白目が露出したいわゆる“四白眼”の状態で、鏡に映る自分はまるで別人のように感じました。瞬きをしても右目のまぶたを完全に閉じることができず、さかさまつげの状態になって常にまつげが目の中に刺さっていました。見た目の違和感と痛みを少しでも解消したくて、黒い淵のついたカラーコンタクトレンズを付けて瞳を大きく見せて、何とかごまかしていました。
このときは近所の眼科で相談し、紹介状を書いてもらって別の病院も受診しましたが、残念ながら原因ははっきりとは分かりませんでした。学生にとっては決して安くはない医療費でしたし、「別の病院を受診しても、どうせまた診断はつかないだろう」という気持ちになり、病院に行くことがだんだん億劫になっていきました。
それでも母が諦めずにいろいろ調べてくれて、めまいや動悸、疲れやすい状態が続いていることから「内科の病気かもしれない」と内科受診をすすめてくれたのです。そして血液検査を受けた結果、ようやく甲状腺眼症とバセドウ病と診断されました。
最初に不調を感じてからすでに2年がたっていたので、私は「病名があったんだ」という安堵の思いが大きかったのですが、母は涙を流していました。私の姉が幼いときに亡くなっているのもあり、母としては私も病気になったことがショックだったのでしょう。それまで病気に対して悲観的な気持ちが強かったのですが、「生きて幸せにならないといけない。悩んでいたら申し訳ない」と思うようになりました。
甲状腺眼症とバセドウ病の診断がついてからは、甲状腺ホルモンが過剰に作られるのを抑える作用を持つ内服薬による治療を始めました。その後、右目を整える外科手術も2年弱の間に計6回ほど受けました。そして、ようやく症状が落ち着いたかもしれないと感じたときに、「やっぱり人前に出る仕事をしたい」と思ったのです。
実はそれまで、「もしもあのとき通院を続けていれば、もっと早く病名が判明して治療を始めて、モデルの道もあったのかもしれない」と、実現しなかった未来を想像する日もありました。子どもの頃、私は背が高いことがコンプレックスでした。それを自分の強みに変えるためバレーボールやモデルのレッスンに取り組んでいたのですが、病気になったことで自分を肯定できるものを遮断され、卒業後の就職活動もなかなか進まず、とどめを刺されたような気持ちで「人生、詰んだな」と諦めていたのです。
ところが、治療を開始してつらかった症状が軽減されていくと、次第に気持ちにも変化が現れました。写真を撮られるのが好きだったことや、学生時代にアニメの実写版に興味があったことなど、忘れていた自分のやりたいことが再び湧いてきました。それをきっかけに芝居の勉強を始め、現在はご縁あって、SNSで映像作品を発表する“こねこフィルム*”の作品に出演させていただいています。自分で演じたい役や企画の立案をして採用されることもあり、大きなやりがいを感じています。
以前は顔の歪みがある側を映されることに抵抗がありましたが、芝居を始めてからは現場の厳しさのなかでそんなことも言っていられなくなり、強制的にでも受け入れられるようになってきました。自分のつらかった過去さえも浄化してもらえるような、まさに仕事に救われているような感覚です。人を演じる役者は、どんな経験も活かせる職業だと改めて思います。これまでの歩みを糧に、今後は映画や世界配信のプラットフォームなどへ活躍の場を広げられるよう、役者として挑戦を続けていきたいです。
*こねこフィルム:映画やドラマの現場で豊富な経験を持つクリエイターが集い、日常の瞬間をエンターテイメントにすることを目指すチーム。
私がもし当時の自分や、同じ目の症状で悩んでいる人に言葉をかけるとしたら、「眼科の先生に相談して、甲状腺眼症の診療を行っている施設を紹介してもらいましょう」と伝えたいです。当時は眼科を受診することしか頭になかったのですが、結果的に内科で血液検査を受けたことがきっかけで、診断につながったからです。
また、ひとりで病気を抱え込まずに、つらいことや自分の思いを周りの人に話してみることをすすめたいです。私の場合、病気になってからは調子が悪くてもそれを周囲に悟られないように振舞ったり、人間関係においてもどこか距離を置いたりするようなところがありました。しかし、最近は「病気による外見の変化で、怖いと思われるかもしれない」という不安が和らいで、仕事を通じて心の“トゲ”もなくなってきたように感じています。周りに支えてくれる人がいらっしゃる場合、それはとても幸せなことだと思います。誰かに話をしたり、ほかの人の考えや価値観を知ったりすることができたら、病気に対しての自分の考え方が変わって、心にゆとりが生まれるかもしれません。
日によって体調の波が大きいことや、顔貌が変わってしまうことはとてもつらいと思います。それでも、時には周りの人に頼りながら、「いつかはよくなる」という希望を捨てずに治療に向き合っていただけたらと思います。何気ない日常や些細な出来事にも幸せを感じられる日がきっと訪れると伝えたいです。
バセドウ病は症状が全身に及ぶため、私自身、複数の診療科にかかり診断の難しさを感じました。目の症状と過去の吐き気などを別物として捉えていたので、目の不調を感じて受診したときに以前からの体調不良を関連付けて話ができませんでした。当時は「病気は自分のせいだ」と思い込み、詳しい検査を自分から希望しなかったことも反省点です。だからこそ主治医の先生から、生活面の困りごとを深く掘り下げていただけたり、より早い段階で血液検査という選択肢を示していただけたりすることが、早期診断への鍵になるのではないでしょうか。「大変かもしれないけれど、原因が分かるまで検査を続けてみましょう」という先生からの一言があるだけでも、患者さんは「もう少し頑張ってみようかな」と前を向くことができるのではないかと思います。
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