
甲状腺眼症は、目の周りの組織を自分の免疫が誤って刺激してしまうことで、目に多彩な症状を引き起こす病気です。病気が進むと視力が低下したり、物がだぶって見えたりする症状が現れ、日常生活や社会活動に制限が出てしまうことがあります。これまでは治療薬の選択肢が限られていましたが、2024年に甲状腺眼症に対する分子標的薬が登場し、今後の可能性に大きな期待が寄せられています。
今回は『甲状腺眼症診療の手引き』作成にも携わってこられた、新古賀病院・新古賀クリニック 糖尿病・甲状腺・内分泌センター 甲状腺診療部長の廣松 雄治先生に甲状腺眼症の症状や治療法、新薬に期待することについてお話を伺いました。
甲状腺眼症は、免疫システムの異常により目の奥にある外眼筋(目を動かす筋肉)や脂肪組織が刺激されて炎症を起こし、目にさまざまな症状を引き起こす病気です。
患者さんの約8割は甲状腺機能亢進症*(主にバセドウ病)に伴って発症し、約2割は橋本病(慢性甲状腺炎)**を代表とする甲状腺機能低下症または甲状腺機能が正常な方であるといわれています。甲状腺機能は正常であっても、目の症状が先に現れたあとにバセドウ病と診断されるケースもあります。また、甲状腺眼症では、涙目やまぶたの腫れなどのありふれた症状が中心となることも多いため、甲状腺機能が正常な場合には見逃されやすく診断に時間がかかってしまうこともあります。
*甲状腺機能亢進症:甲状腺ホルモンが過剰に産生・分泌されることで起こる自己免疫の病気。
**橋本病(慢性甲状腺炎):甲状腺ホルモンが少なくなる自己免疫の病気。
甲状腺眼症ではさまざまな症状が現れます。症状のでかたは患者さんによって異なりますが、多くみられる症状は、まぶた(眼瞼)の腫れや赤み、ひきつれです。
また、目の奥にある脂肪組織に炎症が起こり増大することで、眼球が前方に押されて飛び出す“眼球突出”も特徴的な症状です。眼球が突出すると目が乾燥するため、充血や流涙がみられたり、目の表面に傷がついて視界がぼやけたりすることもあります。まぶたの腫れや眼球突出による顔つきの変化を気にされる患者さんもいらっしゃいます。
病気が進んでくると、物がだぶって見える“複視”の症状が現れ、車の運転やパソコンを使う仕事が難しくなったり、テレビ鑑賞や読書などを楽しめなくなったりなど、QOL(生活の質)の低下につながります。
さらに重症化すると、目の奥の脂肪や筋肉の腫れによって視神経が圧迫され、視力の低下が起こります。放っておくと失明の危険性もあるため、ただちに手術が必要となることもあります。
甲状腺眼症の治療ゴールは、患者さんが日常生活や社会生活、経済活動を不自由なく送れるようになることです。そのために、視機能(見え方)の回復と整容(見た目)の改善を目指します。
甲状腺眼症の診断や治療は、内分泌内科と眼科の密接な連携の下で進めることが大切です。
診断においては、甲状腺機能検査や甲状腺眼症に関わる自己抗体*の値などを確認する血液検査は主に内分泌内科で、専門的な目の検査(目の奥の網膜や神経、角膜を調べる検査など)は眼科で行われるのが一般的です。また、眼球突出度の測定など簡単な眼科検査は内分泌内科でも実施可能です。そのため、バセドウ病で通院されている患者さんに対して、定期的に眼球突出度の測定を行い、甲状腺眼症の早期発見に努めることは内分泌内科の大切な役割だと考えています。
治療に関して、目に対する治療は眼科で行いますが、後述するステロイド・パルス療法は全身にさまざまな副作用が出ることが多いため、内分泌内科も介入しながら進められます。目の手術が必要とされる場合には、眼科と内分泌内科で綿密に協議しながら、手術のタイミングを決定する必要があります。
また、バセドウ病が悪化すると甲状腺眼症も悪化することが知られているため、目の治療と並行しながら、内分泌内科の下で甲状腺機能のコントロールを続けていただくことも大切です。
*自己抗体:自分の体の成分に対する抗体。
甲状腺眼症の治療は、眼科的な診察やMRI検査をもとに、症状や重症度、活動性(炎症の程度)などを評価して決定します。重症度は軽症、中等症~重症、最重症に分類されます。
軽症の場合には、多くは経過を観察しながら個々の症状に合わせた局所的な治療を行います。甲状腺眼症は目の乾燥を防ぐことが大切なので、保水成分を含む点眼薬を使って目を守ります。また、軽症から中等症の斜視に対してボツリヌス毒素の局所投与を行ったり、まぶたの腫れに対してトリアムシノロンアセトニドの局所注射を行ったりすることもあります。
中等症~重症、あるいは最重症の場合には、免疫反応を抑える作用を持つステロイド薬を集中的に投与する“ステロイド・パルス療法”を実施します。ステロイド・パルス療法にはいくつかの方法がありますが、多くの場合はステロイド薬を3日間連続で投与し、それを3回繰り返す方法がとられます。
副作用として、糖尿病や感染症の悪化、消化器などの臓器への悪影響が現れる可能性があります。これらに備えるために、当院ではステロイド・パルス療法を行う前にこれらの副作用に関連する検査を行うようにしています。たとえば、糖尿病の有無や糖尿病予備群でないかを調べるためのブドウ糖負荷試験などを行います。また、バセドウ病の患者さんは不整脈が起こりやすいため、心電図検査も重要です。不整脈がある場合は、循環器内科と連携して治療を進めていきます。
ただし、著しい視力低下などの緊急性の高い症状があり、すぐに治療開始が求められる状況の場合には、副作用の発現に十分に注意しながら早急にステロイド・パルス療法を実施することもあります。
ステロイド・パルス療法は、長い歴史があり確立された治療方法ではありますが、副作用のリスクが多岐にわたるため、新たな治療薬の開発が求められていました。そのようななか、2024年に甲状腺眼症に適用のある分子標的薬*が登場しました。今後は、ステロイド・パルス療法に代わるケースも出てくるかもしれないと考えています。分子標的薬については後ほど詳しくお話しします。
*分子標的薬:病気の原因となる特定の分子を狙い撃ちする薬。
炎症を起こしている細胞は、正常な細胞に比べて放射線への感受性が高いことが分かっています。その特徴を利用して、少量の放射線を目の奥の組織に照射して炎症を起こしている細胞を減らすのが放射線治療です。
甲状腺眼症の治療で選択されることもありますが、炎症が起こっている時期に行う必要があることや、網膜の病気を悪化させるリスクがあるため網膜症(糖尿病網膜症など)の方には行えないなどの注意点があります。また、放射線の影響を考慮して、妊娠している方や年齢の若い方には通常行いません。
ステロイド・パルス療法や放射線治療で炎症が落ち着いた後に、目の機能回復や外見の改善を目的とした手術を行うことがあります。具体的には、眼球突出を改善するために骨や脂肪の一部を削る手術や、固まってしまった筋肉の位置や角度をずらして固定し直すことで斜視の症状改善を目指す手術などがあります。
バセドウ病など甲状腺の病気を合併している方は、甲状腺眼症の治療中も甲状腺の治療を継続して、甲状腺機能をできるだけ正常に保つことが大切です。
また、喫煙は症状の悪化につながったり、治療効果が得られにくくなったりすることが分かっているため禁煙を徹底するようにしましょう。ストレスも甲状腺眼症の悪化因子となります。目の症状や見た目の変化があるなかでストレスを完全になくすのは難しいかもしれませんが、日常生活において少しでもストレスを和らげることは心がけていただきたいポイントです。
先ほどお話ししたように、甲状腺眼症に対する分子標的薬が2024年に登場しました。甲状腺眼症は、目の周りにある“甲状腺刺激ホルモン受容体”と“IGF-1受容体”に自己抗体が結合することで発症すると考えられています。新たに登場した分子標的薬は、この2つの受容体のうちIGF-1受容体をターゲットにして症状を抑えるはたらきを持ちます。活動性の甲状腺眼症に使用され、さまざまな症状の中でも特に眼球突出を改善させるという報告があります。
注意が必要な副作用としては、聴覚障害と血糖値の上昇があります。血糖値の上昇はステロイド・パルス療法でも報告のある副作用ですが、聴覚障害は新薬に特有の副作用です。具体的な症状としては、耳鳴りや聴力低下、難聴などの報告があります。そのため当院では分子標的薬を使用する際に、治療前、治療中、治療後に聴力検査を行い、副作用の早期発見や治療継続の判断を適切に行えるようにしています。検査で問題がなければ新薬での治療開始や継続が可能ですが、問題が見つかった場合は使用するかどうか患者さんと相談して決めていきます。なお、妊娠中の方へは使用できず、成長期のお子さんや炎症性腸疾患*のある方は、慎重に使用するかもしくは医師の判断により使用できないとされています。
*炎症性腸疾患:大腸や小腸に慢性的な炎症などを引き起こす原因不明の病気の総称。
これまで甲状腺眼症の治療薬はステロイドのみでしたが、分子標的薬の登場により治療の選択肢が広がりました。効果や副作用、費用面などの情報をしっかりとお伝えしたうえで、一人ひとりの患者さんに適した治療法を一緒に検討していきたいと考えています。実際に分子標的薬を使ってみて、症状の改善が従来のステロイド・パルス療法に比べて早い印象があります。詳細なデータはまだ分かっていませんが、分子標的薬を使用することで、目の症状や見た目の変化に悩む期間を短くできる可能性があると考えています。
甲状腺眼症の診療では、患者さんの訴えをよく聞くことを大切にしています。治療に少しでも満足していただけるよう、一番気になっているのはどのようなことか、生活の中でどのようなことに困っているのかなど、限られた診療時間の中でもなるべく詳しくお伺いできるように心がけています。また、病気について患者さんにご説明する際は、MRI検査の結果を用いながら、どの部位が炎症を起こして腫れているのかをなるべく詳しくご説明するようにしています。MRI検査を行う際にも、炎症が起こっている部位をくまなく調べられるよう、放射線技師と連携して撮影方法も工夫しています。
分子標的薬が登場したことで、今後ガイドラインも大きく変わるだろうと思っています。私見ではありますが、これまでの報告を踏まえて考えていることは、ステロイド・パルス療法が選択肢となる中等症以上の患者さんのうち、眼球突出が強い方には分子標的薬が推奨される可能性があることです。日常生活や仕事に支障が生じている方にとっては、1日も早く症状を改善させたいと思うはずです。そうした方々にとって、治療の選択肢が増えることは非常に喜ばしいことですし、従来の治療法に比べて症状改善の期間が短くなるという報告がこれから出てくるとよいと思っています。また今回、分子標的薬が登場したことによって、新たな薬の研究や開発が進み、将来的により効果の高い薬が出てくる可能性にも期待しています。
新古賀病院 糖尿病・甲状腺・内分泌センター 甲状腺診療部長
周辺で甲状腺眼症の実績がある医師
オリンピア眼科病院 副院長
眼科
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