概要
甲状腺眼症とは、自己免疫の異常によって、目の周囲(眼窩)の脂肪や筋肉(外眼筋)などの組織に炎症が生じることで発症する病気です。
自己免疫の異常とは、免疫システムが正常な細胞や組織を誤って攻撃する状態を指し、これによりさまざまな炎症や障害が引き起こされます。
甲状腺眼症では、眼窩周囲の炎症によって、まぶたの赤みや腫れ、充血、目の奥の痛み、ものが二重に見える、目が飛び出る、視力低下などの症状が現れます。
この病気は、甲状腺ホルモンの分泌が過剰になる甲状腺機能亢進症(バセドウ病)に関連して発症することが多いですが、甲状腺ホルモンの分泌が低下する橋本病や、甲状腺機能が正常な場合でも発症することがあります。
治療法には、ステロイドによる薬物療法、放射線療法、眼窩減圧術や斜視手術などがあり、患者の状態に応じて治療が行われます。なお、甲状腺眼症は20歳代以上の女性に多く、日本における患者数は35,000人程度と推定されています。
原因
詳しいメカニズムはまだ解明されていませんが、甲状腺に関わる抗体*ができることが主な原因と考えられています。本来、抗体は病原体から体を守るために生成されますが、免疫機能に何らかの異常が起こることで自分自身を攻撃する抗体(自己抗体)がつくられることがあります。甲状腺眼症では、甲状腺に関わる自己抗体が眼球周囲の組織にも作用し、炎症を引き起こします。
甲状腺の細胞には、甲状腺ホルモンの分泌に関わる“甲状腺刺激ホルモン受容体(TSH受容体)”と呼ばれるタンパク質が多く存在しています。このTSH受容体は、眼球が入っている頭蓋骨の窪みである眼窩の周囲の筋肉や脂肪にも存在しています。そのためTSH受容体に対する自己抗体ができると、甲状腺だけでなく、外眼筋や眼球の周りにある脂肪組織も攻撃され、炎症を引き起こすと考えられています。
甲状腺眼症は、バセドウ病に合併することが多く、まれに橋本病にも合併します。これらの病気では甲状腺に異常がありますが、甲状腺機能が正常でも甲状腺眼症を発症することがあります。また、甲状腺眼症を増悪させる因子として、喫煙、ストレスが知られています。
*抗体:体の免疫に関わるタンパク質のこと。病気の原因になる細菌やウイルスなどを異物と認識し、異物を攻撃したり、体から排除したりするはたらきを持つ。
症状
甲状腺眼症では、眼窩周囲に存在する外眼筋や脂肪組織に炎症が起こります。炎症が起こると外眼筋や脂肪組織が腫れ、眼窩内の圧力が上昇することで眼球が前方に押し出されます(眼球突出)。また、外眼筋の炎症や腫れにより、眼球の動きが制限されたり、両目の動きにずれが生じたりします。その結果、物が二重に見える“複視”や、両目の視線が一致しない“斜視”などの症状が現れます。眼窩内の圧力が高い状態が続くと、瞼の腫れ、目の痛み、充血が生じます。進行すると視神経を圧迫して視力低下を引き起こします。
甲状腺眼症でみられる症状
- 目の周りや目の奥の痛み
- 白目部分の腫れ、充血
- 涙目……過度の涙の分泌
- 眼球突出……目が前に飛び出したようにみえる
- 眼球運動障害……目を動かしにくくなる
- 複視……物が二重に見える
- 斜視……両目の視線が一致しない
- 視力の低下
- 視野が欠けて見える範囲が狭くなる
これらの症状は、朝起きたときにもっとも強く現れ、日中に軽快することがあります。バセドウ病や橋本病に甲状腺眼症を合併することが多いですが、目の症状よりも先に甲状腺機能の異常による全身症状が出ることもあれば、目の症状が先に出現し眼科を受診してはじめて甲状腺の異常が発見されることもあります。
検査・診断
甲状腺眼症では、目の状態を調べる検査や甲状腺機能を調べる検査が行われます。
血液検査
血液を採取して、甲状腺の自己抗体が存在するかを調べます。また、甲状腺の病気を合併していることがあるため、甲状腺ホルモンを測定して甲状腺機能を評価します。
目の検査
眼球運動検査
目を動かす筋肉に異常がないかを確認する検査です。甲状腺眼症による目の動きの制限や複視の程度を調べます。
視力検査
視力に異常がないかを確認する検査です。甲状腺眼症が視機能に与える影響を評価するために実施されます。
眼圧測定
眼球内の圧力を調べる検査です。眼圧の上昇を評価するために行われます。
その他
このほか、角膜や眼底の検査を行います。甲状腺眼症の重症例では、視神経に影響が及ぶことがあり、最重症の場合には色覚異常(色を識別する能力の障害)を生じることがあります。そのため、色の認識能力を調べる色覚検査を行います。
画像検査
眼窩周囲を撮影し、外眼筋の腫大や眼球突出を評価します。MRI検査は、眼窩内の炎症の程度を把握するのに適しています。MRI検査が行えない場合にはCT検査を実施します。
治療
甲状腺眼症の治療は、症状の重症度、病気の活動性、そして患者の生活の質(QOL)を総合的に評価して決定されます。甲状腺眼症には、炎症が強い活動期と、炎症が沈静化して症状が固定する非活動期があります。
活動期の治療の中心は薬物療法です。症状の程度によっては、放射線療法と併用されることもあります。非活動期に入っても眼球突出や複視などの症状が持続する場合は、眼窩減圧術や斜視手術などの外科的治療が検討されます。また、治療と並行して生活習慣の改善指導も行われます。
薬物療法
一般的な治療方法は炎症や自己抗体の反応を抑えるステロイドの投与です。症状の程度や炎症の範囲に応じて、投与方法が選択されます。
活動期で症状が強い場合は、短期間に大量のステロイドを点滴で投与するステロイド・パルス療法が実施されます。炎症の範囲が限局的な場合は、まぶたの腫れや外眼筋に直接ステロイドを注射する局所療法が選択されることがあります。炎症が比較的軽度の場合は、ステロイドの内服薬が用いられることもあります。
甲状腺眼症に対して有効な治療選択肢が限られていたことが課題でしたが、近年、生物学的製剤の開発が進んでいます。米国では、インスリン様成長因子1受容体(IGF-1R)を阻害するテプロツムマブが甲状腺眼症の治療薬として認可されています。日本でも承認され、今後、甲状腺眼症の治療法の幅が広がることが期待されています。
放射線療法
眼窩組織に放射線を当てる治療法です。甲状腺眼症では、眼窩内の外眼筋や脂肪組織にリンパ球*が入り込んで、炎症反応を引き起こします。放射線療法では、この炎症を引き起こすリンパ球を破壊して炎症を抑えます。
*リンパ球:白血球の一種で、免疫に関わる細胞。
眼窩減圧術
眼窩の周囲にある骨の一部を切り取り、眼球が収まるスペースを拡げる手術です。眼窩内の圧力を下げて、眼球突出や視神経圧迫を軽減するために行われます。
斜視手術
手術によって、目を動かす筋肉の位置をずらし、斜視を改善します。
生活習慣の改善
甲状腺眼症を悪化させる主な要因として、ストレスや喫煙が挙げられます。特に喫煙は重要な因子であり、禁煙を指導することが大切です。禁煙を継続することで、まぶたの腫れや目の奥の痛みといった症状が軽減することもあります。
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