福岡県南西部の中核的な病院の1つとして特色ある診療科で地域住民の健康を支え、将来を見据えた教育と研究改革で発展し続ける聖マリア病院。2023年に開設70周年を迎えた同院は、臨床、教育、研究の3本柱をより強化し、質の高い医療を提供するための体制を整えています。
2026年のJCI取得を契機にさらに進んでいる組織改革や、次世代を見据えた「改善文化」の醸成などについて、病院長の谷口 雅彦先生にお話を伺いました。
当院は、久留米市を中心とする医療圏において、高度急性期医療を担う病院です。特に救命救急センターでは、救急搬送件数が年間12,000台を超える(2025年1月から12月)など、地域の「最後の砦」としての役割を果たしています。
そもそも久留米市は久留米大学が学舎を構え、多くの医療機関が連携して医療を提供している街です。
当院がこの街で70年もの間、医療を提供し続けられたのは、「常に弱い人々の元へ行き、常に弱い人々と共に歩む」というカトリックの理念が全職員に浸透しているからです。現在進めているJCI取得後の組織改革や総合質品質管理室(Total Quality Management ; TQM室)、センター制、研究センターの取り組みも、この理念をこれからの時代へ受け継ぎ、よりよい医療として実践していくための変革なのです。この変わらない使命を胸に、近年では地域との連携を深めつつ、県境を越えた広域医療の提供へと視野を広げています。
2026年2月、当院は国際的な医療機能評価機関であるJCI(Joint Commission International)の認証を取得しました。取得するのも維持をするのも難しいとされるJCI認証ですが、私たちはこれを単なるゴールや目的とは捉えていません。JCI認証取得は、医療の質や患者安全を国際基準へと高めるための1つの過程に過ぎないのです。
JCI認証取得に向けた取り組みを通じて、職員全体の意識は「患者さんの安全と医療の質を常に国際基準で考え、自ら改善していく」という方向へ大きく変わりました。そして、JCI認証を取得して終わりではなく、その考え方を病院文化として定着させる仕組みが必要となりました。そのために設置したのがTQM室です。
新たに設置されたTQM室では、「改善活動」と「多職種連携」をキーワードに掲げ、「業務改善」と「医療の質・患者安全管理」の2つのチームが中心となり、現場から上がってきた問題を多職種で共有・解決していくプロジェクト型の活動を進めています。その一例として、救急の「不応需0(受け入れ拒否ゼロ、応需率100%)」を目指す取り組みがここから生まれています。現在の当院の応需率は約97%(2025年度実績、聖マリア病院調べ)ですが、不応需0を達成できれば地域の皆さんの安心に貢献できるだけでなく、結果として経営改善にもつながるはずです。そういった意味で、TQM室は当院にとって現在、とても重要な組織となっています。
さらに当院ではこのTQM室のほか、組織改革の仕組みとして「センター制」を発足させました。
センター制は、診療科の壁をなくすだけではありません。さらなる目標として各センターが専門性を高めながら、人材育成や経営にも主体的に関わる組織を目指し、2025年4月から正式に導入しました。現在、「救命救急センター」や「こども家庭医療センター」など6つのセンターがあり(2026年7月時点)、年々変化する少子高齢化などの医療状況に合わせ、数年単位で柔軟に体制を見直していく方針です。ゆくゆくは人事や経営ともつなぎ、各センター単位で「人が育ち、経営も成り立つ」自立した組織にしたいと考えています。
また、2024年に設立した聖マリア研究センターでは、日々の臨床上の問題を研究によって解決する文化の醸成を目指しています。センター制を導入したこともあり、診療にあたりながら日々「これをさらに研究したい」と思う事例が医師だけでなく全職種で生じています。それを実際に研究につなげていくのがこの研究センターです。
たとえば研究センターでは、身元不明の患者さんに関するデータを集めてソーシャルワーカーが分析するなど、全職種を挙げて研究に取り組む環境となっています。TQM室で行う改善活動の前後でどのような変化があったかを検証することも研究テーマとなり得るため、両者は密接にリンクしています。
TQM室、センター制、研究センターは、互いに関連し合いながら改革を加速させているといえるでしょう。
このような改革を進めるにあたっては、人材の育成もポイントとなります。その際に当院が重視しているのが、国内留学を生かして常に組織に新しい空気を入れることです。
実際にこれまでも、厳しい環境で学んだ彼らが現場に戻ってくることで組織が変わり、病院全体に新しい風が吹くようになりました。現在は厚生労働省やAMED(日本医療研究開発機構)などの国の機関へ、医師、看護師、臨床工学技士など合計7名の職員を出向させています(2026年7月時点)。彼らが当院に帰ってきてもたらす成果を楽しみにしています。
我々のような病院は、質の高い医療を提供することで貢献し、地域の皆さんに安心をもたらす役割があります。その観点から、当院がこれからさらに力を入れていこうとしているのが、地域という枠組みを超えた「広域医療」の展開です。
福岡県南部は県境に位置し、佐賀県や大分県など隣接県からの受診も多い地域です。そのため当院では、県境を越えた広域医療を重要な役割の1つと考えています。
当院には現在でも、佐賀県の鳥栖市周辺や大分県の北部など、地理的に当院へのアクセスがよい県境を跨いだ地域から患者さんが来院されています。今後はこうした周辺県からの受け入れ体制をさらに強固なものにしていきたいと考えています。また、来院される患者さんの地域を単に広げるだけでなく、それらの地域から「当院の得意とする治療が必要な患者さん」をよりしっかりと受け入れられる体制を整備することも重要です。
たとえば、帝王切開や脳卒中、心臓疾患など、時間との戦いになる急性期医療においては、当院で完結できる体制をさらに強化し、広い地域から患者さんを受け入れる必要があるでしょう。
このように広域医療を担ううえで大切にしているのが、地域の医療機関との明確な役割分担です。久留米医療圏は、久留米大学病院を中心に長年築かれてきた医療ネットワークがあり、地域の医療機関や開業医の先生方が訪問診療から救急まで幅広く支えています。当院は地域の先生方の領域とバッティング(競合)することはせず、1次救急などを地域の医療機関にお任せする一方、当院ならではの高度急性期医療や専門的な医療を担うことで、お互いに補完し合える関係を築いていきたいと考えています。
先ほども述べた「不応需0」を目指す取り組みは、この広域からの要請を断らずに全て受け入れるための決意でもあります。これまでは、当院で急性期治療を終えた患者さんを地域の医療機関へつなぐ「後方連携」に力を入れ、在院日数の短縮という成果を上げてきました。病床の「出口」がスムーズになった今、次に注力すべきは「前方連携(適切に患者さんを紹介いただくこと)」です。
前方・後方の医療機関との緊密な連携のもと、互いに補完し合うことで、この地域全体の医療の質をいっそう高めていきたいと考えています。
当院のもう1つの大きな特徴は、地域医療で培った資源を「国際協力」に生かしている点です。
これは創設者である井手 一郎先生の思いによるものです。当院は1984年にエジプトのカイロ大学小児病院に看護師3人を派遣したことをきっかけに、海外45か国へ延べ734人(2026年3月末時点)の専門家を派遣してきました。ここ数年はグループ内のNPO法人「ISAPH」を通じ、JICA(国際協力機構)と連携しながらマラウイやラオスなどの発展途上国へ看護師などの職員を派遣しています。こうした活動が評価され、当院の開設70周年の際には第266代のフランシスコ教皇からお祝いのメッセージをいただきました。
ローマ教皇との関係でいえば、2026年には教皇直轄の学術機関である「教皇庁生命アカデミー」にて、日本代表として講演を行う機会もいただきました。この年のテーマは「Healthcare for All(全ての人に医療を)――公平性と持続性」であり、私は世界に誇る日本の「国民皆保険制度」について、世界最速レベルで少子高齢化が進んでいる状況下でいかにして制度を維持し、全ての人に適切な医療を届けていくべきかという提言を行いました。日本のこうした取り組みや考え方は、これから発展していく国々にとっても非常に重要なモデルになると考えています。
病院の理念を守りつつ変革を続けるためには、まず経営基盤を盤石にしなければなりません。
実は当院では、入院患者さんの割合が「救急6割・一般4割」と、一般的に総合病院の理想とされる比率(一般6割・救急4割)から逆転しており、これが現場の職員の疲弊につながっていました。しかし、地域のニーズである救急を減らすことはいたしません。現在取り組んでいるのは、救急の規模を維持したまま、地域からの紹介を積極的に受け入れ、病院全体の稼働率を上げることで健全な比率へと近づけていくことです。
この数年、後方連携の強化による在院日数の短縮などを進めてきた結果、経営状況は着実によい方向へ向かっています。また申し上げました通り当院では教育と研究に力を注いでいます。研究センターでの取り組みが実を結ぶのは10年後、20年後かもしれませんが、TQM室が推進する改善文化は徐々に根づき始めています。医療の状況が厳しい今だからこそ、このような未来の医療を支える投資をこれからも積極的に行っていきたいと思っています。
「常に弱い人々の元へ行き、常に弱い人々と共に歩む」という不変の理念を胸に、これからも聖マリア病院は変革と挑戦を続けてまいります。
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