記事1『高齢者に現れるサルコペニアの原因と定義とは?』では、高齢者の深刻な筋肉減少を意味するサルコペニアのお話をしていただきました。今回は、サルコペニアを含む、より広い概念であるフレイルについてお話いただきます。
フレイルとは、高齢者の身体や精神、社会的なネットワークの脆弱化により、ストレスに抵抗する力が低下している状態を指します。フレイルの状態になると、サルコペニアに代表されるような身体的な問題のみならず、うつ状態などの精神心理的な問題や孤立状態などの社会的な問題をも引き起こすと言われています。これらの問題は相互に関連し合っており、どこかひとつが悪くなると他もドミノ倒しのように悪化する点が特徴です。
このようなフレイルの概念や診断基準、そして介入方法まで、引き続き、東京大学医学部附属病院老年病科の秋下 雅弘先生にお話いただきました。
フレイルとは、身体や精神、または社会的なネットワークの脆弱化により介護が必要となる前段階を意味します。わかりやすくいうと、元気な状態と要介護(介護が必要な状態)の中間的な状態を総称してフレイルと呼んでおり、一歩間違うと要介護になる危険な状態を指します。
科学的には、加齢による心身の予備能(余力)の低下により外的なストレスに抵抗する力が低下している状態と言えます。例えば、インフルエンザやノロウイルスに感染しても通常は短期間で回復し、元の状態に戻ります。しかし高齢者の場合、元の状態に戻るまでに長期間を要したり、介護が必要な一歩手前の状態まで悪化することがあります。
フレイルは身体的な問題だけにとどまらず、精神心理や社会的な問題を含む非常に幅広い概念です。フレイルは、主に以下の3つの要素から成り立つと言われています。
・身体的な問題:筋肉の減少により活動量が低下するなどの状態を指す
・精神心理的な問題:記憶力の低下、気分的なうつ状態などを指す
・社会的な問題:周囲からのサポートがない孤立した状態、必要な介護を受けることができないほどの経済力不足などを指す
これら3つは相互に関係し合っており、どこに問題が生じても悪化すると要介護の状態になる危険性があります。
例えば、高齢になり人間関係が希薄になった結果、会話量が減り行動範囲が狭まることで、喉を含む筋肉の減少を引き起こすことがあります。そのまま放置していると、食事を飲み込むことができなくなり、最終的には誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん・細菌が唾液や胃液と共に肺に流れ込んで生じる肺炎)で亡くなる可能性もあります。これは、社会的な問題が身体的な脆弱化を悪化させた例です。3つの問題のうち何がきっかけになるかは患者さんにより異なりますが、どこかに問題が生じるとドミノ倒しのように他の要素も悪くなり、重症化する点が特徴です。
フレイルには、研究により様々な基準がありますが、アメリカの老年医学者であるリンダ・フリードの疫学研究に基づいたCHS基準(別名:フリードの基準)が最も多く使用されています。これは次の5つの要素から成り立っています。
【CHS基準】
これら5項目のうち、3項目が当てはまるとフレイル、1〜2項目が該当する方は前段階であるプレフレイルと診断されます。
今後日本においてフレイルの標準的な基準になると考えられているものがJ-CHSです。このJ-CHSの要素はCHS基準と同様の5項目ですが、より日本人に合わせた基準になっています。私たち東京大学医学部附属病院老年病科においてもフレイルの診断はJ-CHSを基準としています。
先に述べたように、フレイルは多要素から成り立っているので、それぞれの患者さんの症状によって介入方法が異なります。サルコペニアなど身体的な問題を抱える方には、主に記事1でお話したような運動と栄養による改善をはかります。
うつ状態の患者さんに対して抗うつ剤は有効な方法ですが、フレイルの患者さんの場合、薬の種類に注意しなければいけません。というのも、抗うつ剤の中には認知機能を低下させる副作用を持つものがあるからです。このような薬剤は、うつ状態には有効かもしれませんが、認知症につながるリスクもあるので非常に危険です。
また、主にうつ病である若い患者さんへ使用されることが多い薬剤にSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)がありますが、これは副作用として食欲低下や吐き気を引き起こす可能性があります。このような食欲低下は、フレイルの患者さんの筋肉減少につながるリスクがあるので非常に危険です。そのため、フレイルの患者さんに対しては、食欲が落ちない抗うつ剤を使用する必要があります。ヨーロッパでは高齢のうつ病患者さんには主にミルタザピンというお薬が処方されますが、これが現状で最も危険が少なく効果が高いと考えられています。
フレイルの大きな特徴は、社会的な側面が大きく影響することだと思います。一般的に、高齢になると社会的なネットワークは減少する傾向にありますが、行動範囲が狭まると孤立し、身体や精神に問題を抱える方が多くなると言われています。このため、フレイルの介入には、社会的なつながりを持つことが重要となります。例えば、近所の方や家族と関わりを持つ機会を設けたり、ボランティア活動に参加するなど、社会との関わりを持つことが重要となります。
これは治療というよりも予防的な側面が強いですが、高齢者に地域づくりに参加してもらう取り組みが各地で行われています。例えば、高齢者に街づくりの活動をするNPOで、もともと持っていた能力を生かして働いてもらうことがあります。このような活動は高齢者の孤立化を防ぎ、本人のやりがいにもつながるよい予防方法だと思います。
また、高齢者がグループを作り、地域の中で自主的にフレイルチェックを実施するなど啓発と予防の取り組みも出てきています。このような高齢者による取り組みはネットワーク化につながるとともに、フレイル状態の高齢者を減らすことに有効でしょう。
お話してきたように、フレイルは身体的な問題にとどまらず、社会的な側面が非常に大きく影響します。私は、高齢者の孤立は深刻な課題だと捉えています。それは、自宅に閉じこもり他者と交流がない状態が続くと、身体や精神を害する可能性が高くなるからです。このような事態を防ぎ、高齢者が社会の中でやりがいや幸せを感じることができる取り組みが、今後はさらに必要となると考えています。
東京大学医学部附属病院 副院長・老年病科科長、東京大学 大学院医学系研究科 加齢医学 教授
東京大学医学部附属病院 副院長・老年病科科長、東京大学 大学院医学系研究科 加齢医学 教授
日本老年医学会 老年科専門医・老年科指導医日本内科学会 内科指導医・認定内科医日本認知症学会 認知症専門医・指導医
東京大学大学院医学系研究科教授(老年病学・加齢医学)。1960年鳥取県生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部老年病学教室助手、ハーバード大学研究員、杏林大学医学部助教授、東京大学大学院医学系研究科准教授などを経て、現職。高齢者への適切な薬物使用について研究し、学会・講演会・新聞・雑誌などで注意を喚起している。日本老年医学会で「高齢者に対して特に慎重な投与を要する薬物リスト」を含む薬物療法のガイドラインを中心になって作成。ほかに、老年病の性差、性ホルモンに関する研究。
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