概要
卵巣過剰刺激症候群とは、主に不妊治療で使用する排卵誘発剤が卵巣を過剰に刺激することで、さまざまな症状が起こる病気です。OHSS(ovarian hyperstimulation syndrome)と略されることもあります。
卵巣は、通常2~3cmほどの大きさの女性特有の臓器です。卵巣過剰刺激症候群では卵巣が過剰に刺激され、卵巣の腫れや、お腹や胸に水がたまるなどの症状が起こります。
重症化すると血管内の水分が少なくなることで腎不全や血栓症などの合併症を引き起こし、治療が遅れると命に関わることもあります。
卵巣過剰刺激症候群はいずれの排卵誘発治療でも起こることがありますが、特にゴナドトロピン製剤と呼ばれる注射薬を使用したときに頻度が高くなる病気で、およそ5%の割合で発生するといわれています。
原因
卵巣過剰刺激症候群は通常、不妊治療で排卵誘発剤を使用したときの副作用として起こります。
排卵誘発剤とは妊娠に必要な排卵を促す薬で、妊娠を希望する方に排卵障害がある場合や人工授精を行う場合、体外受精をはじめとした生殖補助医療を行う場合などに用いられます。
排卵誘発剤にはさまざまな種類がありますが、特にFSHやhMGなどのゴナドトロピン製剤と呼ばれる注射薬を用いて多数の卵胞を発育させ、そこにhCGなどの排卵を誘起する薬剤を投与することにより排卵を起こさせた場合に卵巣過剰刺激症候群が起こりやすくなります。これは、黄体期の嚢胞状の卵巣から分泌される高濃度のエストロゲンや、さまざまなサイトカインなどにより血管透過性が亢進する(過剰になる)ことが原因です。
ゴナドトロピン製剤はより強力に排卵を誘発するため生殖補助医療で使われることが多いですが、それ以外の排卵誘発治療で用いられることもあります。
また、卵巣過剰刺激症候群は、ごくまれに妊娠中に自然に発症する場合もあります。
卵巣過剰刺激症候群にはさまざまなリスク因子があり、若い方や痩せている方、妊娠が成立した方などが挙げられます。
特に、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)と呼ばれる病気の方や、無月経などでゴナドトロピン製剤の使用量が多くなりやすい方、過去に卵巣過剰刺激症候群や多胎妊娠を経験したことがある方では、卵巣過剰刺激症候群を発症するリスクが高くなります。
症状
卵巣過剰刺激症候群の初期の症状は、卵巣の腫れ、腹水がたまることによるお腹の張り、体重増加、腹囲の増加などです。
さらに、卵巣のそばにある腹膜が刺激されることで下腹部の痛みや悪心、嘔吐がみられるようになります。
また、血管内の水分が少なくなり、喉の渇きや尿量の減少が起こることもあります。
重症化すると、胸水がたまることで呼吸不全を起こしたり、血管内の脱水が進むことで急性腎不全や血栓症などの合併症を起こしたりして、命に関わることもあります。
検査・診断
卵巣過剰刺激症候群の診断は、原因となり得る排卵誘発剤の使用歴を基に、症状と体重、腹囲、尿量、経腟超音波検査による卵巣の様子と腹水の有無、血液検査の結果から判断されます。
これらの結果を基に、軽症から重症に分けられます。
重症度は、症状、胸水と腹水の範囲、卵巣腫大、血液所見を基に分類されます。
吐き気や嘔吐、腹痛、呼吸困難がみられる場合や腹水が腹部全体におよぶ場合、胸水を伴う場合、卵巣の腫れが12cm以上になる場合、血液検査から高度の脱水がみられる場合などは重症に分類され、入院管理が必要になることがあります。
治療
卵巣過剰刺激症候群は原因となっている薬剤を中止することで改善することがほとんどです。2022年4月からの生殖補助医療の保険適用に伴い、卵巣過剰刺激症候群の治療としてカベルゴリンの内服が保険適用となりました。カベルゴリンはドーパミン受容体刺激薬で、血管透過性を亢進させる血管新生因子であるVEGFを抑制します。また、保険適応外ですが、レトロゾールはエストロゲンを低下させる作用があり、卵巣過剰刺激症候群の治療に用いられることがあります。
軽度の卵巣の腫れは臨床的に問題ではないことも多いですが、血管内の脱水や尿量の減少がみられる場合には輸液によって脱水状態を改善する治療が必要になります。
大量の腹水と強度の血管内脱水がみられる場合は、腹水によるタンパク質の減少を改善しながら腹水を除去する腹水再還流法と呼ばれる治療が行われます。
重篤な合併症である血栓症を予防するために薬物などによる抗凝固療法が行われることがあります。
もともと血栓症リスクが高い方などは、卵巣過剰刺激症候群が回復してしばらくたってから血栓症を発症することがあるため、退院後も輸液やタンパク製剤などによる予防管理が必要になることがあります。
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