胸部や腹部の大動脈が瘤状に膨らむ「大動脈瘤」は、大きくなるまで放置すると、破裂して大出血を起こす危険性があります。そのため、破裂のリスクが高いと考えられる場合には、破裂を予防する治療を行います。
大動脈瘤の治療には、外科治療である「人工血管置換術」と血管内治療である「ステントグラフト内挿術」があります。
今回は、ステントグラフト内挿術の方法やメリット・デメリットなどについて、川崎幸病院 川崎大動脈センター・大動脈外科副部長・血管内治療科の中川達生先生にお話を伺いました。
大動脈瘤に関する内容は、記事1『大動脈瘤とは?解離や破裂をしない限り無症状であることがほとんど』をご覧ください。
人工血管置換術の方法については、記事2『大動脈瘤に対する人工血管置換術とは?手術の流れや起こりうる合併症について』をご覧ください。
ステントグラフト内挿術とは、大動脈瘤に対するカテーテル(医療用の細い管)を用いた血管内治療のことです。
「ステントグラフト」とは、「ステント」という形状記憶合金でできた骨組みに、「グラフト」と呼ばれる人工血管を縫い付けた筒状の形をしています。ステントグラフトを血管内に留置することで、瘤の中に血液が流入することを防ぎます。これによって、血流による圧力が瘤にかからなくなり、破裂を予防することが可能です。
大動脈瘤の治療法には、ステントグラフト内挿術のほかに、動脈瘤を切除して人工血管に置き換える「人工血管置換術」という外科手術があります。ステントグラフト内挿術は、この人工血管置換術と比較して、身体的な負担が少ない治療法といえます。
ステントグラフト内挿術では、まず足の付け根(鼠径部)を小さく切開して、大腿動脈と呼ばれる動脈からカテーテルを挿入します。
カテーテルを動脈瘤に向けて進めていき、動脈瘤に到達したところでカテーテルからステントグラフトを展開すると、ステントグラフトが留置されます。
ステントグラフト内挿術の一連の操作は、X線の透視画面によって、カテーテルの動きを観察しながら行います。
また、CT検査で使用するヨード造影剤をカテーテルから注入して、術中に血管撮影を適宜行うことで、より正確なステントグラフト内挿術を行います。
手術時間は、腹部大動脈瘤の場合は約1時間半〜2時間、胸部大動脈瘤の場合には約1時間です。
人工血管置換術とステントグラフト内挿術のどちらの治療を行うかは、基本的には大動脈瘤の形態(種類)や部位によって決定します。
しかし、患者さんの全身状態を評価したうえで、以下のような場合にはステントグラフト内挿術が適しています。
高齢者であっても、手術に耐えることができるほど十分な呼吸機能・身体機能が備わっている方であれば人工血管置換術を行うことは可能です。しかし、これらの機能が著しく低下しているなどして、人工血管置換術に耐えることができないと予想される場合には、ステントグラフト内挿術を行います。
人工血管置換術では、長時間にわたる全身麻酔下で手術を行います。このとき、全身麻酔を行うことで血圧が一時的に低下するため、血圧を維持するための輸液を行います。
この輸液が心臓への負担となるため、もともとの心機能が悪い患者さんの場合には、輸液の使用をできるだけ少なくする必要があります。
ステントグラフト内挿術も全身麻酔下で行いますが、人工血管置換術に比べると短時間で済むため、心機能が悪い患者さんの場合には、ステントグラフト内挿術を選択することが多いです。
人工血管置換術を行う胸部や腹部に、すでに何らかの手術が施行されている方の場合、術後の臓器の癒着が懸念されます。そのため、このような既往のある患者さんの場合、ステントグラフト内挿術が選択されることが一般的です。
たとえば、腹部の場合には、胃や結腸などの消化管に対する手術や、女性の場合には卵巣や子宮などに対する手術などです。胸部の場合には、肺に対する手術などが挙げられます。
そのほか、すでに人工血管置換術を行っていて、隣接する部位にあらたに動脈瘤が発生した場合には、ステントグラフト内挿術を行います。
ステントグラフト内挿術のメリットとして、手術時間が短いために、全身麻酔の時間が短くて済むことが挙げられます。そのため、先ほどお話ししたような心機能が悪いなどで、全身麻酔によるリスクが高い患者さんに対しても、治療を行うことが可能です。
また、身体的負担が少ない治療のため、術後の回復が早く、入院期間も短いというメリットがあります。
ステントグラフト内挿術では、足の付け根の鼠径部からカテーテルを挿入し、動脈瘤がある部分までカテーテルを進めていく必要があります。
そのため、カテーテルの通り道である「腸骨動脈」と呼ばれる血管に、狭窄(狭くなっていること)や閉塞がみられる場合には、カテーテルを進めることが難しく、治療が困難な場合があります。
大動脈瘤には、大きく「真性大動脈瘤・仮性大動脈瘤・解離性大動脈瘤*」の3つの形態があります。これらのうち、内膜が裂けた状態にある解離性大動脈瘤では、ステントグラフトを挿入することが危険であるといわれており、ステントグラフト内挿術は適応となりません。
また、ステントグラフト内挿術を行うためには、大動脈瘤の上と下の部分に、ステントグラフトを固定するための十分な長さの大動脈が必要です。そのため、大動脈からほかの臓器へ枝分かれしている血管が出ている上行大動脈や弓部大動脈にはステントグラフトを留置することができないなどの制限があります。
*真性大動脈瘤…動脈壁の脆弱化に伴い大動脈が拡張することによってできる瘤
*仮性大動脈瘤…動脈壁が破綻して、血管外にできる瘤
*解離性大動脈瘤…大動脈の内膜が裂けて、中膜と外膜の間に血液が入り込むことによってできる瘤
通常、ステントグラフト内挿術後には、大動脈瘤内部の血流が遮断されるため、動脈瘤の血栓化が期待されます。
しかしながら、何らかのきっかけで大動脈瘤内部の一部に血流が残存または出現することがあります。これを「エンドリーク」といい、治療が必要なものと、治療が必要ないものとに分かれます。
治療が必要なエンドリークは、術後ゆっくりと時間をかけて、ステントグラフトと動脈壁の間に隙間が生じることによるものがほとんどです。
隙間が生じる原因としては、動脈硬化が進行することで、大動脈自体が拡張してしまうことが挙げられます。また、ステントグラフトの末端部分がずれてしまうことによって生じることもあります。
このような原因で生じたエンドリークに対しては、再度ステントグラフトを留置する治療を行います。
一方、治療の必要性がないエンドリークは、多くの患者さんに生じています。これは、大動脈から出ている下腸間膜動脈や腰動脈と呼ばれる血管から、大動脈瘤の内部に血液が逆流することで生じます。
基本的に治療の必要はありませんが、定期的に経過を追っていく中で大動脈瘤の増大がみられる場合には、再治療を検討することもあります。
引き続き、記事5『川崎大動脈センターにおけるステントグラフト内挿術――標準的な方法で安全性の高い治療を目指す』では、川崎大動脈センターにおけるステントグラフト内挿術の特徴についてお話を伺います。
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