消化と血糖値のコントロールを担う「膵臓」は、私たちが健康に生きていく上で非常に重要な臓器です。この膵臓に急激に炎症が起こり、みぞおちを中心に激しい腹痛が現れる「急性膵炎」は、重症化すると生命にも関わるため、早期の治療介入が極めて重要な疾患です。
飲酒習慣や胆石などが原因となる急性膵炎の原因や症状、治療法、具体的な入院期間について、東京医科大学消化器内科教授の糸井隆夫先生にお伺いしました。
胃の後ろに位置する膵臓は、飲食したものを消化する膵液を産生して十二指腸へと送り(外分泌)、また、血糖値のコントロールに欠かせないインスリンを分泌する(内分泌)、長さ15~20cmほどの臓器です。
「膵炎」とは、膵液に含まれる消化酵素によって膵臓自体が消化されてしまうことにより、炎症が膵臓や関連する器官に起こる病気であり、大きく「急性膵炎」と「慢性膵炎」にわけられます。本記事では、急激な炎症が膵臓に起こり、みぞおちに強い痛みが生じる急性膵炎について解説するものとします。
急性膵炎の原因のうち、最も多くみられるものは飲酒(アルコール性の急性膵炎)です。次いで、十二指腸乳頭に胆石が詰まっておこる胆石性膵炎、原因不明の膵炎が多いとされています。
ただし、原因不明の膵炎の多くは、詰まっていた胆石が十二指腸乳頭から十二指腸に落ちてしまい、診断時に炎症の原因が特定できない膵炎なのではないかという説もあります。というのも、女性の急性膵炎の原因の第一位は、アルコール性ではなく胆石性膵炎だからです。
胆石は女性に多いという特徴があり、「胆石の4F:female(女性)、forty(40歳代)、fat(肥満)、fecund(多産婦)」といった言葉も世界的に浸透しています。こういった特徴と急性膵炎の原因の性差を考え合わせると、原因不明の膵炎の多くはやはり胆石が関係して起こったものである可能性が高いと考えられます。
このほか、手術や内視鏡を用いた膵管の造影検査が、急性膵炎の引き金となる検査後膵炎などもあります。
急性膵炎の典型的な症状は、みぞおち部分を中心とした刺すような痛みです。また、痛み症状が急激に広がり、腹部全体にうずくまってしまうほどの激痛を感じることもあります。
慢性膵炎に多い背部の痛みは、急性膵炎においてはほとんどみられません。
ただし、このような腹部の激痛は急性膵炎がある程度進行してから起こるため、ご本人も早い段階では異変に気づきにくく、早期発見は難しい病気であるといえます。
自覚できる初期症状としては“軽い胃痛のような痛み”が挙げられますが、この時点で受診される方はほとんどいらっしゃいません。そのため、大半の患者さんは受診された時点で、膵臓の腫れや、膵臓周囲への浸出液の広がりなど、画像検査で描出される何らかの異常がみられます。
尚、急性膵炎では腸の動きが悪化するため、慢性膵炎に多い下痢などの症状はほとんどみられません。
症状が進行して重症急性膵炎となると、胸水や腹水、意識障害や呼吸困難などの重篤な症状が現れます。ほかにも、膵局所合併症として膵嚢胞を伴ったり、腹腔内圧が上昇して、呼吸・循環障害が生じる「腹部コンパートメント症候群」を呈することもあります。
しかし、ほとんどの患者さんは激しい腹痛により受診されるため、病院に来る時点で完成された重症急性膵炎にまで進展していることはほぼありません。これらは受診から数日以内に急激に起こるもので、ICUでの治療などが必要になります。
急性膵炎を疑う場合の検査では、膵臓で作られるアミラーゼとリパーゼの血中濃度の上昇や、白血球数・CRPなどの炎症反応の有無、画像所見、現病歴などを調べます。
東京医科大学病院消化器内科の場合、緊急検査(血液検査)によりアミラーゼと膵アミラーゼの値はすぐに調べることができるます。CT検査も含めて30~40分以内で確定診断をつけ、治療を開始することが可能です。
※リパーゼのみ外部の専門機関での検査が必要になるため、結果をその日のうちにみることはできませんが、診断と治療は上記緊急検査のみで行えます。
急性膵炎は、膵臓が腫れたり膵臓周囲に膵液の滲出がみられる軽症・中等症の膵炎にはじまり、膵嚢胞や腹部コンパートメント症候群の合併などが起こる重症の膵炎へと進展していきます。
また、重症の膵炎では膵臓の部分的な壊死が起こることもあります。ここまで進行した膵炎は治療が難しく、最悪の場合死に至ることもあるため、初期の治療介入が非常に大切になります。
急性膵炎に対する確立された治療法は現時点では存在しませんが、基本的には絶飲・絶食して点滴による水分補給を行いつつ、消炎鎮痛剤を使用して痛みを取り除く治療を行います。
ただし、膵炎は「おなかのやけど」といわれるほどの脱水を起こすこともあり、5~6リットルといった大量の輸液を要することもあるため、医療者は注意して治療にあたる必要があります。たとえば、大量の点滴によって腹腔内圧が上昇し、コンパートメント症候群を作り上げてしまうという事態も、過去には実際に起こっていました。
これを防ぐため、2015年に出た最新のガイドラインでは、腹腔内圧を高めないよう膀胱内圧を測ることが新たに追加されています。
補水と同時に、激痛を取り除くために、非ステロイド性消炎鎮痛薬を用いた治療も行います。ただし、場合によってはより強力な消炎鎮痛剤(非麻薬性)や、麻薬性鎮痛剤を用いることもあります。
このほか、膵炎を引き起こしている酵素の活性化を抑制するための蛋白分解酵素阻害剤や、膵臓の細菌感染を防ぐための抗生物質も使用します。
急性膵炎の治療は、重症度に関わらず全例入院していただいたうえで行います。入院期間は症例によって大きく異なりますが、膵臓が浮腫む程度の軽症・中等症ならば、およそ2週間程度で退院することができます。
たとえば、入院から1週間後のCT検査で膵臓の浮腫がとれていることが確認できた場合、飲食(低脂肪食)を開始し、常食に近い状態まで戻せた段階で退院となります。
このように、膵臓が浮腫んでいるだけといったケースであれば予後も良好です。
一方、膵臓が炎症により破壊されている壊死性膵炎など、重症急性膵炎の場合は、入院期間が1か月から数か月といった長期に及びます。
急性膵炎の死亡率は、軽症であれば約2%(2011年)です。重症の場合でも、過去には30%~50%ほどといわれていた死亡率が、現在は10%程度(2011年)にまで減少しています。これは、ICUを含めた治療成績が、近年急速に向上しているためです。
死亡例の約半数は受診から2週間以内に亡くなってしまう症例であり、中には1週間以内で亡くなってしまうこともあります。逆に言えば、来院された段階で「手遅れ」でなければ、治療に時間は要するものの、命を失うことはほとんどなくなっているのです。
尚、死亡原因の多くは、循環不全に伴う臓器不全や、後期合併症で感染症を合併し、感染性膵壊死を起こすことによるものです。
急性膵炎後の局所合併症には、膵仮性嚢胞と被包化壊死(Walled-Off Necrosis:WON)があります。膵仮性嚢胞とは、急性膵炎後に組織や体液などが漏れ出し、嚢胞状になる合併症を指しますが、2012年にこの膵仮性嚢胞は「壊死」を含まない限定したものとして定義されました。(改訂Atlanta分類)
一方のWONとは、壊死性膵炎を起こした後に壊死した部分から膵液が漏れ、これが周囲の脂肪などを融かして液状化し、時間経過とともにカプセル化する(嚢胞状になる)後期合併症を指します。このカプセルが付近の動脈に触れると動脈瘤となり、破裂を起こして死に至ることもあります。
急性膵炎後の膵局所合併症の大半はWONであり、現在、WONのうち特に感染した厄介なWONをどのように治療していくかが課題となっています。
前項でも述べた通り、感染性WONは放置しておくと死に至る合併症であり、積極的な治療介入が不可欠です。しかしながら、WONは開腹を要する外科的手術を行った場合でも死亡する例が多く、これまで治療は非常に難しいものとされてきました。
このWONに対して、現在私たち消化器内科で行っている低侵襲の治療法が、超音波内視鏡を用いたアプローチです。
①膵臓に近い胃に小さな穴を作り、内視鏡を用いて細いチューブ(プラスチックステントや金属製ステント)を胃の中から外へつなぐように留置します。そして、貯留している液体を吸引して体外へ流し出す。(ドレナージ)
②後日、胃に作った穴からWONの中へ直接内視鏡を挿入して、壊死物質を掻き出すように除去する作業を繰り返す。
内視鏡的アプローチの進歩により、過去には亡くなっていた患者さんの命も救えるようになり、WONによる死亡率も大きく下がりました。
このように急性膵炎の治療は、(1)急性期の膵炎そのものに対する治療(痛みと炎症の抑制と補水)と(2)後期合併症の治療(主にWONの治療)の2つに分けて捉えてもよいでしょう。両者の治療法をそれぞれ改善し向上させていくことが、急性膵炎の生存率を高め、予後を良好なものとするために大切であると考えます。
東京医科大学病院 消化器内科 主任教授
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