新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類感染症に移行し、メディアで取り上げられる機会が減っています。しかし、ウイルスは変異を続けており、いまだに流行の波を繰り返しています。特に、重症化リスクが高いとされている高齢の方や基礎疾患のある方はワクチン接種を受けるなどの対策を行い、引き続き予防に努めることが重要です。今回は、2025年度の新型コロナワクチン定期接種やワクチンの効果について、佐賀大学医学部 社会医学講座 予防医学分野 教授の原 めぐみ先生にお話を伺いました。
新型コロナウイルスは起源株(初めて確認された株)からアルファ株、デルタ株、オミクロン株と変異し、その後はオミクロン株の子孫株による流行が続いている状況です。国内では、昨シーズン(2024-25シーズン)は“JN.1系統”とその亜系統の株が優勢でしたが、今シーズン(2025-26シーズン)はJN.1系統の子孫株の“XEC系統”が主流になってきています1)。世界的にはJN.1系統の“KP.3.1.1”や“LP.8.1”の急速な広がりがみられるため、今後は国内でもこうした株への置き換えが進むかもしれません*。
新型コロナウイルスは、基本的にスパイクと呼ばれるタンパク質に関連する部分を変異させて免疫逃避能力(ワクチン接種や自然感染によってできた免疫を回避する能力)を高めていく傾向があります。そのため、今シーズンは昨シーズンまでの流行株と比べて免疫逃避能力が高く、感染が広がりやすい変異株が現れる可能性が考えられます。また、オミクロン株以降、病原性が強まっていく様子はみられませんが、変異がどのように進んでいくかは予測が難しく、今後も同様の傾向が続くかは分かりません。病原性が強く、重い症状をもたらす変異株が出現しないとは言い切れないでしょう。
なお、2025年5月28日開催の厚生科学審議会(予防接種・ワクチン分科会研究開発及び生産・流通部会 季節性インフルエンザワクチン及び新型コロナワクチンの製造株について検討する小委員会)において、2025年度はJN.1、KP.2、LP.8.1およびXECに対応するワクチンを使うことが決定しています2)。
*2025年5月取材時点の情報です。7月16日時点ではXEC系統は減少し、NB.1.8系統が主流となっています3)。
直近の流行株は病原性が低くなってきているとはいえ、発症すれば場合により重症化して命に関わる恐れがあります。特に、基礎疾患のある方や高齢の方はその危険性が高まると考えられます。具体的な基礎疾患の例としては、がんのほか心臓や呼吸器、肝臓、腎臓などの病気が挙げられ、高齢の方は複数の病気を抱えている方が多いため、よりリスクが高まります。そのほか、喫煙や運動不足などの生活習慣も重症化につながる要因となり得ます。新型コロナウイルス感染症はインフルエンザよりも死亡率が高い傾向がみられるとの報告もあり、引き続き警戒すべき感染症といえるでしょう4)。また、重症化すると心筋梗塞や脳卒中といった循環器疾患の危険性が高まるともいわれています5)6)7)。
こうしたリスクは、新型コロナワクチンの重症化予防効果によって低減が見込めます。ワクチンを接種している方はそうでない方よりも症状が出にくかったり軽く済んだりすることが期待され、またLong COVID*の抑制の可能性を示唆するデータ8)も報告されています。ワクチン接種が、重症化だけでなく症状の長期化の予防にもつながることが期待されています。
*Long COVID:新型コロナウイルス感染症の罹患後症状。発症から3か月経った時点にもみられ、少なくとも2か月以上持続し、ほかの病気による症状として説明がつかないものをいう8)。
新型コロナワクチンの接種が始まった当初、ワクチンを接種した方は未接種の方よりも新型コロナウイルス感染症を発症した方が少ない(発症予防効果は95%程度)といわれていました。しかし、その後ウイルスは変異を繰り返しており、またワクチン接種から時間が経つにつれ免疫が低下して徐々にワクチンの効果は薄れていきます。とはいえ、その時々の流行株に対応した適切なワクチンを接種しておけば発症予防効果や重症化予防効果が期待できることが分かっています。
CDC(アメリカ疾病予防管理センター)は2024-25シーズンの新型コロナワクチンの効果について、接種後119日目までの救急外来受診を18歳以上の成人で33%、65歳以上の免疫不全のない人で45~46%、65歳以上の免疫不全のある人で40%抑制したと報告しています9)。また、長崎大学熱帯医学研究所の報告によると、JN.1対応ワクチンの発症予防に関する有効率は65歳以上で52.5%、60歳以上の入院予防効果は63.2%でした10)。この数値は呼吸器感染症のワクチンとしては妥当であるという印象です。特に高齢の方の場合、発症すると重症化する可能性が高いため、そもそも発症しにくくするということは重要といえるでしょう。
ワクチンはウイルスに対する免疫をつくるために接種するものですが、一方で副反応*が生じる場合があります。副反応は免疫応答(免疫の活性化)の裏返しのようなもので、ワクチンを接種すると大なり小なり起こり得ます。なお、新型コロナワクチンはインフルエンザの不活化ワクチン**と比較して副反応が強く現れる傾向があります。また、年齢でいえば若い方のほうが、性別でいえば女性のほうが、副反応が強く出やすいようです11)。死亡などの重篤な有害事象も一定の割合で報告されているものの、わが国の保険データベースに基づく研究では、新型コロナワクチン接種による死亡リスクの上昇は認めていません12)13)。
副反応の中でよくみられるのは接種部位の痛みや全身の倦怠感、発熱などで、まれにアナフィラキシーという重篤なアレルギー反応を起こす方もいます。そのため、ワクチンを接種するかどうかは“期待される利益”と“副反応によって生じ得る不利益”という両方の側面から検討する必要があるでしょう。
*副反応:ワクチン接種後に生じた有害事象(好ましくない事象)のうち、ワクチン接種と因果関係があるものを指す。
**不活化ワクチン:ウイルスの毒性を除去し感染力を失わせたワクチンで、複数回の接種を必要とする。
ワクチン接種について適切に判断するには、まずワクチンについてよく知ることが重要です。分からないままだと不安を感じやすいため、ご自身の健康状態をよく知る主治医から事前に十分な説明を受けることをおすすめします。
また、定期接種で使用される複数の新型コロナワクチンの中からご自身に合ったものを選ぶには、予防効果の持続期間や副反応の傾向などそれぞれのワクチンの特徴や違いをよく理解することが大切です。私自身もワクチン接種を検討されている方には、しっかり納得したうえで選択いただけるよう、判断材料となる情報を整理してお伝えしたいと思っています。
さらに、ワクチン接種は体調のよいときに、通い慣れたかかりつけの医療機関で受けるとゆったりとした気持ちで臨めるでしょう。
新型コロナワクチンは全額公費による接種が2023年度末で終了し、2024年度からは自治体ごとに定期接種が実施されています。定期接種の対象者は65歳以上の方、および60~64歳で心臓や呼吸器、腎臓の病気があり身の回りの生活が極度に制限されている方、ヒト免疫不全ウイルス*による免疫不全があり日常生活がほとんどできない方です。65歳以上の方は罹患すると重症化しやすく、日本の保険データベースを利用した研究では、COVID-19発症後60日以内の死亡率(mortality rate)はインフルエンザ発症後と比べて、60代で2.05倍、70代で1.87倍、80歳以上で1.41倍高かったことが報告されています14)。たとえ健康に自信があったとしても、改めてワクチン接種の必要性について考えていただきたいと思います。
*ヒト免疫不全ウイルス:HIVとも呼ばれ、人の免疫システムを破壊するウイルス。感染して適切な治療を行わない場合、免疫機能が徐々に低下する。
基礎疾患があっても、60歳未満の方は定期接種の対象者ではありません。しかし、糖尿病や高血圧などがあると重症化リスクが高まるとされているため、年齢的には若くても、特に複数の病気がある方にはワクチン接種を検討していただけたらと思います。そのほか、ご自身に病気がなくても医療や介護に従事しているなど、虚弱な人と接する機会が多い方、また家庭内に高齢の方や病気の方がいる場合には、“ご自身が感染源にならない”という意識を持っていただきたいと思います。さらに、冬場は感染症が流行しやすい時期なので、不特定多数の人と接する環境で過ごされる方、少しでも健康に不安を感じている方はワクチン接種を検討されるとよいでしょう。
2025年度も、定期接種はおおむね10月1日から3月31日までの期間で実施されるようで、すでにスケジュールを公表している自治体もあります。これまでの新型コロナウイルス感染症の流行状況からは、夏と秋から冬にかけて年2回ピークがみられることが分かっています。特に秋から冬にかけてはインフルエンザなどほかの感染症の流行と重なる場合もあるため、希望される方は流行のピークを迎える前に接種を済ませておくとよいでしょう。ワクチンを接種してから免疫がつくまでには1~2週間程度かかります。秋冬の流行は例年11月頃から始まるため、10月~11月中ぐらいまでを接種の目安にされるとよいと思います。
また、定期接種の対象者でなくても、高齢の方など重症化リスクの高いご家族がいる方、医療や介護に携わる方で希望される場合は、ご自身が感染源にならないため早めに接種されるようおすすめします。受験や帰省などの予定がある場合も、流行状況を見ながらタイミングを逃さず接種されるとよいでしょう。
2024年度の定期接種から費用が一部自己負担となった影響もあり、前年と比べて新型コロナワクチン接種率は低下しています。これに加えて2025年度には国から自治体への助成が廃止されるため、自己負担額が増える自治体もあるかもしれません。
新型コロナウイルス感染症の治療薬には健康保険が適用されますが、治療費の自己負担分も決して軽くはありません。また定期接種の対象となる方は重症化しやすく、中には薬が使えないケースもあります。ワクチン接種時の出費が多少増えたとしても、まずは発症予防を第一に考えていただきたいと思います。
関連する学会では国へ助成継続を要望する動きがあり、各自治体は住民の負担増を抑え、接種を受けやすくしようと努力しています。お住まいの自治体の状況をよく調べ、正しい情報を入手していただければと思います。
さらに、2024年度は自己負担の発生に伴って医療従事者でもワクチン接種を控えた方もいらっしゃるでしょう。副反応が出やすい若い方では、仕事を休まなければならなくなることを懸念して接種しなかったという側面もあったかもしれません。今後は、特に重症の患者さんに接する機会が多い医療従事者に対して、接種を受けやすいよう何らかの補助やサポートを提供するような仕組みが用意されるとよいと思っています。
新型コロナウイルスは変異を繰り返しているため、過去に接種したワクチンや罹患によって得た免疫では、感染を防御するには不十分です。新型コロナワクチンはインフルエンザワクチンと同様、そのシーズンの流行株を見きわめて製造されます。定期接種の対象となる方や重症化リスクの高い人と接する機会が多い方などは、必要に応じて接種を検討し、新型コロナウイルス感染症の流行に備えていただければと思います。
また、感染症に関しては信頼度の高い情報を得ることが適切な対応につながります。国内では国立感染症研究所と国立国際医療研究センターが統合して2025年4月に発足したJIHS(国立健康危機管理研究機構)15)が感染症に関する正確な情報を継続的に発信しており、参考になるでしょう。
参考文献
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