「がん」と聞くと、怖い、治らないのではないかと不安になる方もいらっしゃるかもしれません。しかし甲状腺がんの代表的な種類である乳頭がんは、一般的ながんのイメージとは異なる特徴があります。乳頭がんが怖くないといわれる所以について、日本医科大学付属病院 内分泌外科 部長 杉谷巌先生にお話しいただきました。
甲状腺がんにはいくつも種類がありますが、記事1「甲状腺がんの種類と原因、自覚症状について」でも述べたように、日本人の場合、その約90%が乳頭がんといわれています。乳頭がんにはそもそも「予後がよい・進行が遅い・治りやすい」という特徴がありますが、そのほかにもいくつか、「がん」の常識に反する特徴があります。
多くのがんは進行してしまうと治りにくくなるため、早期発見・早期治療が望ましいとされます。また、とくに若い人のがんは進行が早いといわれていますし、リンパ節転移があると進行がんと分類されるということもがんの常識として広く知られていることです。しかし、乳頭がんの多くがこの常識から外れており、低危険度がんに分類されるのです。(低危険度がんについては後述します。)
1960~1980年代にかけて世界の各地で、甲状腺がん以外で亡くなった方(交通事故や病気による)の甲状腺を解剖してがんの存在頻度を調べる研究が行われました。
その結果、1mmのサイズの小さな腫瘍も含めると、おおよそ10人に1人もの割合で甲状腺がんが見つかりました。つまり生前に甲状腺がんを持っていたものの、それに気づいていなかったのです。
甲状腺は蝶々の形をしています。片側、つまり蝶々の片方の羽の部分にがんが見つかっても、エコーで反対側にがんが見つからなければ、そちらを残す手術が選択されることがあります。一方で、このようなケースでも甲状腺をすべて摘出される患者さんもいらっしゃいます。
そのような患者さんの甲状腺を顕微鏡で詳しく調べると、反対側の甲状腺にもエコーでは見えないような1mmにも満たないがんが存在しているケースが多くあることがわかりました。それは約80%もの確率で存在していました。ところが、がんが存在している反対側の甲状腺からのちにがんが再発する確率は約1~2%しかありませんでした。これはリンパ節についても同様で、手術前の検査で転移が見つからなかったために残しておいたリンパ節から、手術後に再発が起こってくる確率は10%以下なのですが、最初から予防的に広い範囲のリンパ節を切除して調べると、ごく小さなリンパ節転移は8割方の人で見つかります。
つまり「がんがあること」は必ずしも「そのがんが時間とともに進行して、からだに悪さをする」ということを意味しないのです。特に乳頭がんの中には、潜在したまま生涯を過ごしてしまうような危険度が低いがんが存在するのです。
多くのがんでは、がんの進行度をステージI(早期がん)からステージIV(進行がん)で表すステージ分類が用いられています。この根底には、がんは時間とともに進行するものであるという考えがあります。しかし1980年代末くらいから、乳頭がんには時間の経過によっても変化しない種類があるという認識が広まり、ステージ分類とは別に「危険度(リスク)分類」というものが提唱されるようになりました。
日本医科大学 大学院医学研究科 内分泌外科学分野 大学院教授、日本医科大学付属病院 内分泌外科 部長
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