ストレスを受けた際に気分が落ち込んだり、人と会うことが負担に感じられたりすることは、誰にでも起こり得ます。しかし同じ状況に直面しても、その反応の現れ方には個人差があります。場合によっては反応が強く出すぎ、日常生活に支障をきたす「適応障害」と呼ばれる状態になることがあり、その際には専門的な対応が必要になるケースもあります。
今回は、適応障害の特徴や現れやすいサイン、治療や対処の方法について、メンタルクリニック下北沢 院長 堀江 宇志先生に伺いました。
適応障害は、明確なストレスを背景に心や体に不調が現れ、日常生活に支障をきたす病気です。主な症状は気分の落ち込みや不安、苛立ち、不眠、食欲不振などの心身の変化のほか、人づきあいを避ける、仕事や学校に遅刻しがちになるといった行動面にも影響が及ぶことがあります。原因となるストレスから離れることで症状が和らぐという特徴もあります。
適応障害のきっかけとなるストレスは、身近なものから大きな出来事までさまざまです。本人や家族の病気、事故や災害のほか、仕事での異動や昇進・降格、受験の失敗、育児や介護、離婚や引っ越しなども要因となり得ます。結婚や出産といった喜ばしい出来事でも、新しい役割や責任が負担になることがあります。また、人間関係のトラブルや死別も大きな影響を与える要因です。
一見小さな変化や出来事も油断できません。進学やクラス替え、仕事の些細なミス、趣味仲間との関係悪化なども、積み重なれば不眠や不安を招くことがあります。いわゆる「五月病」も適応障害の一例とされています。重要なのは出来事の大きさではなく、本人にとってどれほど心の負担となるかという点です。
適応障害は誰にでも起こり得る病気ですが、統計的には若い方や女性に多いとされています。また、ストレスへの対処が苦手な方がかかりやすい傾向にあるという報告もあります。
このほか、相談できる相手がいない状況にある方(たとえば、業務量が多いのに周囲のサポートが得られず、孤立している方)なども注意が必要です。
また、重い病気や精神疾患の既往がある方も、その診断や治療、それに伴う生活の変化自体が大きなストレスとなり、発症リスクが高まります。病気からの回復後も、社会復帰に対する不安や再発への恐怖が続くことがあります。精神疾患の既往がある場合は、もともとストレスへの耐性が弱かったり、ストレスへの対処法が不得意であったりすることも少なくありません。こうした背景があると、新たなストレスに直面したときに心のバランスを崩しやすくなると考えられます。
適応障害の受診の目安は、ストレス要因がはっきりしている状況で心身の不調が続き、日常生活に支障が出ている場合です。私の臨床経験上、具体的には以下のような状態が2週間以上続いている場合、受診を検討していただくとよいと考えます。
適応障害を放置すると、うつ病や不安症(不安障害)などに移行する可能性があります。また、ストレスから離れたにもかかわらず症状が半年以上続いている場合は、別の精神疾患を発症していることも考えられます。「これくらい大丈夫」と我慢したり軽く受け止めたりせず、早めに医師に現状を伝えてください。
適応障害は前述したような特定のストレスによって発症する点が特徴で、そのストレスから離れると速やかに改善します。一方、うつ病は誘因が特定できない場合も多く、慢性的なストレスの蓄積や内的な要因(遺伝や脳の神経伝達物質の不均衡など、体質や身体内部に由来する要因)で発症するケースが一般的です。実際、適応障害ではストレスフルな平日に症状がみられても、休日は落ち着いているといった例もあります。逆にうつ病は平日も休日も関係なく、抑うつ状態が続く傾向があります。
うつ病では、早朝に目が覚めてしまう「早朝覚醒」や、午前中に調子が悪く夕方に向かって楽になるといった「日内変動(1日の中で気分や体調に波がある状態)」など、生体リズムの乱れが典型的な症状としてみられます。
一方で、適応障害ではこうした傾向はあまりみられません。
適応障害は、原因となるストレスが生じてから1~3か月以内に発症するといわれていますが、うつ病はそうしたストレスにもっと長くさらされた後に発症することもあれば、そうした要因がなくても徐々に発症することがあります。
うつ病と適応障害はまったくの別物かというと、必ずしもそうではありません。適応障害を放置すると悪化してうつ病に移行することがあります。このため、きっかけとなったストレスから離れても症状が改善しない、あるいは症状が6か月以上続く場合は、医師による再評価が必要です。
適応障害は自己判断が難しいため、気になる症状が続く場合はまず医療機関を受診してください。診断では、医師が丁寧な問診を行い、症状や発症時期、きっかけとなったストレス要因を確認します。過去の病歴に加え、生活環境や家庭・職場の状況、支援体制の有無なども含め、質問票や心理検査を用いて総合的に評価します。
国際的な診断基準(DSM-5-TR*やICD-11**)に則ると、明確なストレス要因があり、その出来事から1~3か月以内に心身の不調が現れた場合に「適応障害」が疑われます。症状としては、気分の落ち込み、不安感、集中力の低下、睡眠の乱れなどがあり、本人にとって強い苦痛となったり、日常生活や仕事に支障をきたしたりします。
ただ、ストレスの要因が取り除かれると、6か月以内に自然と症状が改善していくという点も、適応障害の特徴です。
このため、診察では原因となるストレスと症状との関係性を詳しく探り、ストレスから離れることで症状が改善するかどうかを確認します。「ストレスと症状のつながり」が明確かどうかは、適応障害を診断するうえでとても重要なポイントです。
なお、適応障害と他の精神疾患は症状が重なりやすく、見分けがつきにくいこともあります。 たとえば、症状が重く長引く場合はうつ病や不安障害の可能性もありますし、漠然とした不安が続く場合は全般性不安障害、対人関係の問題が繰り返される場合は発達障害やパーソナリティ障害の可能性も含めて検討されます。
診断にあたっては、このようなさまざまな可能性を考慮しつつ、慎重に見極めます。
*DSM-5-TR:アメリカ精神医学会(APA)が発行している精神疾患の診断マニュアル。適応障害は「適応反応症」として掲載されている。
**ICD-11:世界保健機関(WHO)が策定する国際疾病分類の最新版(2022年発効)。適応障害に関しては、通常はストレス要因の発生から1か月以内に発症すると定義されている。
適応障害の治療には、大きくは2つの柱があります。
1つは環境調整や、ストレスへの向き合い方・対処法を身につけるための心理療法的な支援。もう1つは薬物療法です。必要に応じて、これらを併用します。
カウンセリングなどの心理療法では、患者さんの不安や緊張に寄り添いながら、何がストレスの原因になっているかを丁寧に探ります。そのうえで、ストレスの軽減に向けて現実的な対処法を一緒に検討していきます。
たとえば、職場が要因になっているのであれば業務量の調整や人間関係の負担について、主治医が診断書や意見書を通じて職場に配慮を求めたり、産業医や人事担当者と連携したりするといった支援が可能です。学校生活についても、保護者や教職員と連携し、課題の提出や出席に関する個別対応を提案することがあります。育児や介護の負担が重い場合には、福祉的な支援制度や地域のサポートにつなげることも視野に入れます。
このように、患者さんの生活環境に応じて、無理のない形でストレスを減らす工夫を行っていきます。
さらに、認知行動療法などを活用しながらストレスに柔軟に対応するスキルを身につけ、再発予防を図ります。必要に応じて、森田療法*など気持ちの揺れをコントロールするための心理的手法を取り入れることも有効です。
*森田療法:森田正馬氏が考案した、不安や症状を排除せず「あるがまま」に受け入れ、不安があってもやるべきことに取り組む姿勢を重視する心理療法。
強い不安や抑うつ、不眠といった症状が日常生活に影響している場合は、抗不安薬・抗うつ薬・睡眠薬などを使った薬物療法を、症状の程度に応じて一定期間導入することがあります。多くの場合、数週間から数か月を目安に経過をみながら使用し、症状の安定が続けば、主治医と相談して減量・中止を検討することもあります。なお、服薬期間は個人差があるため、治療方針は医師の判断を踏まえて進めていくことが大切です。
心理療法や薬物療法は、自分の状態や背景に合った方法を医師と相談しながら組み合わせ、治療に取り組むことが大切です。
たとえば、職場の過重労働など外的なストレス要因が強い場合は、休養や職場環境の調整を重視しながら、カウンセリングで心のサポートを行います。
それに対して、ストレスそのものの捉え方や反応の仕方が不調の要因となっている場合には、環境調整に加えて、認知行動療法などを通じて、ストレスとの向き合い方や思考のパターンを見直す支援が中心になります。
このように、外的な環境要因と、内的な認知の傾向や感情の扱い方の両面から、その方に合った治療法を柔軟に組み合わせることが大切です。
適応障害は、決して患者さん自身の弱さによるものではなく、強いストレスが重なれば誰にでも起こり得る心の不調です。「まだ大丈夫」と無理を続けてしまうと、症状が長引いたり、うつ病や不安症へ進行したりすることもあります。
一方で、適応障害は適切な治療や支援を受けることで回復が見込まれる病気です。心や体にいつもと違うSOSを感じたときは、1人で抱え込まず、できるだけ早めに専門の医師や相談が可能な施設に声をかけてみてください。その一歩が、回復への大切なきっかけになります。
堀江 宇志 先生の所属医療機関
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