“患者さんの願いを叶える治療法は何か”を考える

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“患者さんの願いを叶える治療法は何か”を考える

患者さんの願いを尊重し、心に寄り添った医療を行う佐伯 和彦先生のストーリー

福岡山王病院 整形外科 関節外科センター長、福岡国際医療福祉大学 医療学部 教授
佐伯 和彦 先生

傷ついたスポーツ選手の膝を診て

整形外科医になってから、福岡の地で膝の障害に悩む患者さんを治療してまいりました。そのなかで、スポーツドクターとして、野球、サッカー、バレーボール、バスケットボール、柔道といったスポーツ選手の診療を経験する機会が幾度となくありました。

スポーツ選手には、これまでにスポーツにかけてきた人生と、それにかける強い思いがあります。私が診察した患者さんには、高校野球の全国大会に出場が決まっている選手やオリンピック出場枠に内定している方など、重要な試合や大会を控えている患者さんが多くいらっしゃいました。なかには、よい成績をとるためにずっと練習を続けてきたにもかかわらず、本番直前に膝を怪我してしまい、「何とか大会までに膝を動かせるようにしてほしい」と受診された患者さんもいらっしゃいました。

スポーツ選手は、日常的に練習や試合で膝を酷使しているため、膝に重度のダメージを受けている患者さんも珍しくありません。このため、受傷頻度は、一般の方より高いといえます。最高のパフォーマンスをするためには、外傷や疾患をしっかり治し、できる限り膝の状態を改善することが大切です。しかし、スポーツ選手が受傷したときに、膝の怪我を治すことよりも、試合に出ることを優先しなければならないことがあります。つまり、スポーツ選手を診る医師には、彼らが今まで積み重ねてきた努力、やっと獲得できた大会への出場権など、一人ひとりのスポーツにかける思いを最大限尊重した判断をすることが求められるのです。

こうした事情を抱えたスポーツ選手を診察するとき、私はいつも、医師としてきちんと治療をすべきだと考える自分と、患者さんの心に寄り添いたい自分との間で、葛藤することがあります。

「どうしても試合に出たい」という選手の思いにどう応える?

かつて、私が診察した患者さんに、選手生命の集大成ともいえる世界大会への出場が決まっている柔道選手の方がいらっしゃいました。その方は、大会の本番3か月前というタイミングで、練習中に怪我をして前十字靭帯(じんたい)を断裂してしまったのです。患者さんは、「こんなチャンスは二度とないかもしれない。だから、どうか、この大会だけは出場できるようにしてください」とおっしゃいました。患者さんには、大会への出場を諦めて怪我を治すという選択肢は、存在しませんでした。

ところが、診察した患者さんの膝は、速やかに手術が必要なほど重症で、明らかにドクターストップの状態でした。大会出場を認めてしまえば、根本的な治療ができず、膝の状態は悪化することが考えられました。最悪の場合、膝の機能が失われてしまい、引退の可能性がありました。しかし、今すぐに手術をしても、3か月後の大会に膝機能の回復は間に合いませんでした。

私は、どう判断するべきか悩みました。私の判断が、患者さんの選手生命に大きく関わる可能性があったからです。医師である以上、本来であれば出場は許可できません。けれど実際、私には、その患者さんの熱い思いを断ち切ってまで、ドクターストップを指示することはできませんでした。試合までに膝装具による保護を行い、過度のストレスが加わるトレーニングは控えること、大会中もこまめにドクターの診察を受けることなど、一定の条件を付けて、その患者さんの大会出場を認めました。3か月後、その患者さんは予定通りに世界大会に出場し、その後しばらくして引退されました。患者さんは大会後の外来で、「夢の舞台に立たせていただいて、本当にありがとうございました」と笑顔でおっしゃいました。その満足げな笑顔を見て、私も嬉しく思いました。ただ、やはり患者さんの膝の状態を第一に考えた判断をするべきだったのではないかと今も思うことがあります。患者さんの膝の病態を認識していながら大会出場を許可したことが、医師として本当に正しい判断だったのかどうかは、今でも分かりません。もしかすると、この先も正解は見つからないのかもしれません。

正解のない状況で大切にすることは、選手の思いに寄り添うこと

そのような正解のない状況においては、できる限り選手の思いに寄り添うことが大切だと思っています。怪我をして、体を思うように動かせなくなった選手にドクターストップをかけることは簡単です。しかし、彼らには、目標に向かって努力を重ねてきたこれまでの時間と、目標の場所で自分の実力を発揮したいという熱い思いがあります。この思いは、医師の一言であっさり変えられるものでもありません。私は、選手の思いにできるだけ寄り添った医療を提供するという一心で、スポーツ選手の患者さんに向き合っています。私自身、現在、趣味として続けているマラソンで体のコンディショニングがうまくいかずに、マラソン大会の出場ができなかったことがきっかけで、さらに患者さんの気持ちが理解できるようになりました。

患者さんに尋ねる「膝が治ったら何がしたいですか?」

ここまで、スポーツ選手に対する治療のあり方を中心にお話ししてきましたが、一般の患者さんに対しても、患者さんの心に寄り添った医療を提供したいという考えを持っています。

私は、初診の患者さんには、「膝が治ったら何がしたいですか?」と尋ねることにしています。すると、テニスがしたい、お店に立ってお客さんに接したい、農家の仕事を再開したい、正座ができるようになりたい、趣味の登山にもう一度挑戦したい……など、多様な答えが返ってきます。

同じ膝疾患の患者さんでも、患者さんそれぞれに異なったニーズがあり、それによってどのような治療を受けたいかも変わってくると私は考えます。だからこそ、まず、患者さんに膝が治ったら何がしたいのかをお聞きし、その希望に沿った治療法を患者さんと共に探していくよう、日々心がけています。

治療の決定権は患者さん自身にある

整形外科医としての私の治療方針は、“治療を受けるかどうかは、患者さん自身に決定していただく”ということです。もちろん、医師として、適切な治療法の提案や治療内容の説明などは行います。たとえば、保存的治療に抵抗する重度の変形性膝関節症の患者さんであれば、基本的に手術を勧めます。ただ、私の提案を実際に受けいれるかどうかを選択する権利は、患者さん自身にあると思っています。そのため、患者さんには、「手術を受けようと決心したときに、あなたのタイミングで手を挙げてくださいね」とお話ししています。

医師である私が治療を決定せず、患者さんに決めていただく理由は、患者さんの思いをできる限り尊重した医療を提供したいという信念からです。この信念に基づき、私はこれからも一人ひとりの患者さんと向き合っていきます。

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