生まれ変わっても外科医になりたい

「生まれ変わっても外科医になりたい」

最難関の肝門部胆管がん手術に挑む梛野正人先生のストーリー

名古屋大学大学院医学系研究科腫瘍外科学 教授

梛野 正人 先生

架空の凄腕外科医に憧れ、医師の世界へ

外科医を志すようになったきっかけは、高校生の頃に読んだ山崎豊子の小説『白い巨塔』です。主人公の財前五郎は優秀な消化器外科医。改めて考えてみると、私が消化器外科を専門に決めたのも、ごく自然ななりゆきだったのかもしれません。

名古屋大学医学部を卒業後は、同大学の第一外科へ入局しました。そこで、長年恩師として背中を追い続けることとなる二村雄次先生と出会います。

二村先生は、消化器外科のなかでも難しいとされる肝胆膵領域が専門で、最も難易度が高いといわれる肝門部胆管がんを得意にしていました。肝胆膵のがんは進行するまで自覚症状に乏しく、早期発見が難しいことで知られています。さらに手術自体も卓越した技術を要求されます。

他院では手を施せないといわれた患者さんを何とか救おうと果敢にこれらの手術に挑む二村先生。その姿をみて、私も先生のようになりたいと強く思いました。

どうせ外科医をやるなら誰もがやれる疾患を扱うのではなく、一握りの医師しかできない難しい手術ができるようになりたい―。そう思ったのです。

「絶対に諦めるな」―師匠の言葉を胸に

二村先生から外科医の基礎、肝胆膵を専門とするうえで必要な心構え、先生の持つ技術を余すことなく教えてもらいました。

しかし、日々向き合うのは難しい症例ばかり。挫けそうにならなかったというと嘘になります。自分の無力さを痛感する時期もあるなかで、二村先生の言葉は私を強く支えてくれました。

「絶対に諦めるな」

患者さんは他の病院では治療が難しいといわれた絶望の中、一縷(いちる)の希望をもってここへ来ている。確かに厳しい状況かもしれない。しかし、私たちは彼らの最後の砦となり、絶対に諦めずに可能性を模索していかなければ、患者さんが報われない―。

そんな頃、私は自分の人生観を変える手術を担当することになります。

挑戦すること、手を引くことの狭間で

その女性患者さんは、ステージⅣの肝門部胆管がん。通常なら手術をしても延命につながらないと判断され、他院では手術すら受けられないほどの深刻な状態でした。他院の先生から紹介されてやってきた彼女は、待望のひ孫がもうすぐ生まれるのだと私にいいました。

「ひ孫をこの手で抱くまで死にたくありません。どうか少しでも生き延びて、ひ孫を抱かせてください」

患者さんのがんを切り取るには、胆管や肝臓だけでなく門脈という肝臓に栄養を送る太い血管を一度切り、縫合する必要があります。少しでも判断を誤れば大量出血を起こすリスクがある、とても厳しい手術です。それでも彼女の病を治して、元気な姿でひ孫に会ってもらいたい。それができるのは、目の前にいる私しかいない。

そうして私は手術に踏みきりました。肝臓にたどり着く以前に腹膜と周辺臓器の癒着を剥がし、肝臓の周囲の血管を一つひとつ慎重に処置し、肝臓を切り、胆管と小腸をつなぐ。肝臓や血管の状態を注意深くみながらの手術は、10時間以上に及びました。手術は無事に成功し、それから間もなく、患者さんは待ち望んでいたひ孫の姿をみることとなりました。そしてその患者さんは今でも、元気にされていると聞いています。

「先生は、神様みたいな人です」

手術の翌日、患者さんは私をそう呼んだそうです。私は神様ではなく、もちろんただの人間ですが、ただ患者さんを救いたい一心で他の医師が諦めるような手術も諦めないでここまできました。私の手術によって一人でも笑顔になれる患者さんがいる限り、私はメスを握る手を止めない覚悟でいます。

しかし、そうであってもあまりにも状態がひどく、お腹を開いたものの手を施せない患者さんがいます。無理に手術をすれば患者さんを命の危険にさらしてしまう。諦めずに手術をしたほうがよいのか、手術を諦めるのか。その判断はとても難しく、一筋縄ではいきません。

いくら果敢に難しい手術に挑んでも、術後に患者さんが亡くなってしまってはすべてが水の泡になってしまいます。挑戦することと、安全を考慮して手を引くこと。その狭間でもがくこともあります。

たとえ難しい手術でも、一人も死なせずに治したい

私が肝門部胆管がんを専門にし始めたころ、肝門部胆管がんの手術を受けた患者さんの10人に1人は術後の合併症などで亡くなっていました。それほどに厳しい手術でした。この現状を何とか変えたいと思い、メスを握り始めたころから20年以上、執刀した手術の全例を記録し、模索することで技術を何とか進歩させてきました。そして今では、術後死亡率を1%台にまで減らすことに成功しました。

ここまで死亡率を減らせたことで、現在は国内外から医師が私の手術を見学にきます。自分の技術が少しでも多くの医師に伝わって、今まで諦めるしかなかったがんを治せる人が増えることを願い、後進の育成に力を尽くしています。

私の目標は、術後の死亡率を限りなくゼロに近づけること。たとえ難しい手術であっても、できれば一人も死なせずに元気になってもらいたいと心から願っています。そして、自分の体が動かなくなるそのときまで、最後の砦として一人でも多くの患者さんを助けたいです。

確かにうまくいかないこともあります。なんでこんなにつらいことをしているのだろうと思うこともあります。たとえ厳しくても、自分を待っている患者さんがいる、自分が手術をすれば患者さんはまた元気に過ごすことができると思うと、立ち止まってはいられません。もう一度生まれ変わっても、私はきっと外科医を選ぶことでしょう。それは、外科医という仕事がまさに私の天職だからです。

 

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