北海道大学病院は、大学病院として研究や医療人材の教育を行いつつ、地域に深く根ざしながら専門性の高い医療を提供し続けています。その役割は札幌市内にとどまらず、広大な北海道全域の医療を支えるという重要な使命を帯びるものです。
2025年に病院長に就任した南須原 康行先生は、移植医療や高度先進医療の充実を図る一方で、地域医療や遠隔医療の発展にも並々ならぬ情熱を注いできました。北海道全体の医療をいかに守るかという広い視野を持ち、病院運営の舵を取る南須原先生に、これからの医療のあり方や同院が目指す未来について詳しくお話を伺いました。
私たちの病院は、1921年の開院以来、1世紀以上にわたって札幌の地で皆さんに医療をお届けしてきました。2003年には医学部附属病院と歯学部附属病院が統合し、現在の医科31科、歯科12科という体制で再スタートを切っています。病床数は894床を備えており、特定機能病院として高度先進医療を行うことが私たちの大きな役割です。
ただ、私たちが目を向けるべきなのは、病院がある札幌市だけではありません。この広大な北海道全域からお越しになる患者さんをしっかりと受け入れることが、課された大切な使命だと考えています。
そのためには、診療や研究を進めるだけでなく、地域を支える医療人をしっかりと育てていく拠点としての責任を果たさなければなりません。当院は地元の医療機関との連携を何よりも重んじながら、北海道全体の医療を支える中心的な存在でありたいと考えています。
先日、網走へ出張する機会がありました。その帰りの飛行機が、雲1つない素晴らしい晴天に恵まれたのです。女満別空港から新千歳空港へ向かう機内から地上を眺めていたとき、改めて北海道の広さを肌で実感しました。眼下に広がる広大な水田や畑、山林、あるいは牧場の中に、ぽつんぽつんと家が散在している光景は、とても尊いものでした。
現在の日本の食料自給率は、摂取カロリーを基準にした「カロリーベース」で30%台にとどまっています。昨今の世界情勢を見ても、北海道の農業や漁業、酪農といった一次産業が、日本の食をどれほど支えているかを改めて考えさせられます。北海道で日々汗を流しているこうした方々のおかげで私たちの暮らしが成り立っているのは間違いなく、この方々の生活を守るのは当然の義務でしょう。そして、水道やガス、警察や消防、教育といった基本的なインフラと同様に、医療も最低限受けられるサービスに含まれるべきだと私は考えています。
札幌とまったく同じ医療を全ての地域に均一に届けることは現在は難しいかもしれません。それでも、北海道全土の皆さんが安心して暮らし続けられるための医療を確保することは絶対に必要です。
私は、北海道全体の医療の発展を最優先に考えています。この北海道という土地が大好きですし、地域ごとの格差を少しでも小さくしたいという強い思いがあります。
そこで実際に、釧路や道東など、道内のさまざまな地域へ自分自身の足で赴くようにしています。現地の先生方とお会いして、地域の医療の課題を伺うことが、当院のなすべきことを考えるにあたって非常に大切だからです。
今後は札幌だけに医療が一極集中してしまう構造を改め、地域ごとに必要な医療機能をしっかりと強めていく仕組みを作らなければなりません。しかし一方で、限られた医療資源の中で全ての地域に同じ機能を持つ医療機関を配置することは、現実的ではありません。
だからこそ、地域ごとに必要な医療機能を適切に配置する「集約」と、住民の皆さんが身近な場所で医療を受けられる体制を維持する「分散」のバランスが重要でしょう。
その実現には、大学病院だけでなく、地域の医療機関や行政との連携が欠かせません。大学病院という枠組みに甘んじることなく、行政や他の医療機関とも手を取り合いながら、広大な北海道全体を俯瞰した医療提供体制の構築に取り組んでいくことが、私の任期における一番の目標です。
私が病院長として特に重きを置いて取り組んでいる分野の1つが、移植医療です。私たちの病院は、全国の国立大学病院の中でも早い時期である2001年に臓器移植医療部を設置しました。現在は、脳死下での心臓や肝臓、膵臓(すいぞう)の移植において道内で唯一の実施認定施設となっており、血液の病気に対する造血幹細胞移植などを含め、北海道全域のニーズに応える体制を整えています。
さらに、これまでは難しかった肺移植についても実施できるようになりました。組織移植のためのバンク整備にも、全力を挙げて取り組んでいるところです。
これによって、これまで移植の医療を受けるためにやむを得ず道外の病院へ行かなければならなかった北海道の患者さんが、住み慣れた地で安心して治療を受けられる環境が整いつつあります。これからも地域の医療機関や日本臓器移植ネットワークと緊密に連携しながら、この大切な医療をさらに発展させていく所存です。
私たちの大きな強みとして、同じキャンパス内に歯学部を有し、医科と歯科が強く連携している点が挙げられます。
そのメリットとして、実際の診療においては、手術を控えた入院患者さんに対して、術前に必ず歯科を受診していただく取り組みを行っています。口腔内のケアを事前に行うことで、手術後の合併症を減らしたり、入院期間を短くしたりする効果が期待できるからです。
この取り組みは入院中に口腔内の悩みがあれば歯科医師が直接病室に伺うなど、垣根を越えた横断的なチーム医療がしっかりと根づいています。研究の面でも、この総合力を活かした独自の開発をさらに進めていくつもりです。
広大な北海道の医療を守るために、私が今最も強く推進しているのが、デジタル技術を活用した遠隔医療の構築です。
北海道は冬になると吹雪で飛行機やJRが止まってしまうことも珍しくありません。遠方の患者さんが札幌まで通うのは本当に大変なことなのです。だからこそ、物理的な距離を飛び越えられる仕組みが必要になります。
現在、地域の医療機関との間で画像の共有や電子カルテの連携が始まっています。さらに、私たちは札幌と釧路の病院を結び、ロボットを使った遠隔手術の実証実験なども進めています。もちろん、実際に多くの患者さんへ遠隔ロボット手術を行うにはまだ乗り越えるべきハードルが残されていますが、技術の進歩は目覚ましいものがあります。
現在は国や行政に働きかけ、北海道を日本の遠隔医療のモデル地域にしたいと提案しているところです。これが実現すれば、患者さんが生まれ育った住み慣れた地域を離れることなく、高度な治療を受けられる未来が必ずやって来るでしょう。
医療は、医師だけで完結するものではありません。看護師や薬剤師、検査技師、リハビリテーション専門職など、あらゆる職種が1つのチームとなって患者さんを中心に支えることが重要です。そして、医療を安全にお届けするためには、組織全体でその文化を育てていく必要があります。
私は以前、副病院長として医療安全の部署を長く担当していました。医療の現場では、どれほど気をつけていてもエラーが起きる可能性をゼロにはできません。大切なのは、何かが起きたときに個人の責任として片付けるのではなく、そうなってしまった背景や組織の構造的な問題に目を向けることです。
私たちは「逃げない、隠さない、ごまかさない」という姿勢を徹底し、人に依存するのではなく仕組みで安全を守る文化の構築に注力してきました。こうしたオープンで誠実な組織づくりこそが、患者さんに信頼していただける医療の土台になると信じています。
大学病院には、優れた医療人を社会へと送り出すという大切な教育の使命があり、学部生や研修医の教育を行っています。現在、特に力を入れているのが、すでに現場で働いている看護師や医療技術職の皆さんに対する再教育の仕組みです。キャリアを重ねるなかで、さらに専門性を高めたいと願う人々を広く受け入れ、サポートする体制を整えています。
また、私たちは男女共同参画の推進にも積極的に取り組んできました。具体的には、女性医師が子育てから復帰しやすいように職場の環境や待遇を改善し、柔軟な働き方ができるような支援を行っています。その結果、職員に占める女性の割合や女性医師の比率も着実に上昇してきました。
このように多様な人材が安心してキャリアを積める環境を整えることが、結果として北海道全体の医療レベルを底上げし、地域の皆さんに質の高い医療をお返しすることにつながるはずです。
患者さんに寄り添った素晴らしい医療を提供するためには、医療を提供する側の職員自身が心身共に健康で、働きやすい環境にいる必要があります。特に現在、看護師不足への危機感は全国的に高まっており、私たちの病院でも働く環境の改善は急務となっています。そこで私が今進めているのが、職場自体を過ごしやすく整えることです。
これまでは病院のスペースを診療のために優先して使ってきましたが、見直しを行い、職員が他人の目を気にせずにしっかりと仮眠を取ったり、リラックスして休憩できたりする専用のスペースを新しく整備する計画を立てています。
看護師をはじめとする現場の職員が、「ここで働いてよかった」と思えるような職場環境を整えることは、決して贅沢ではなく、患者さんへの看護や医療の質を高めるために不可欠な投資だと考えています。
現在、北海道の医療は大きな転換期を迎えています。人口の減少や高齢化が進むなかで、限られた医療資源をいかに有効に活用し、次世代へつないでいくかという重い課題と向き合わなければなりません。北海道大学病院も、これまでの「最後の砦」としてただ患者さんを待つという受け身の姿勢から脱却し、私たち自身が地域へと飛び出し、積極的につながっていく必要があります。
医療は有限な資源だからこそ、地域の病院同士がそれぞれの持ち味を活かしながら、うまく連携して役割を分担していくことが求められます。私たちは北海道全体を見据え、札幌医科大学附属病院、旭川医科大学病院ともさらに深い信頼関係を結び、行政と連携を取りながら、地域の皆さんがどこに住んでいても安心して暮らせる医療体制を必ず守り抜くという強い決意を持っています。
北海道大学病院は大学病院としての使命と未来への責任を胸に、これからも一人ひとりの患者さんのニーズに耳を傾け、全力で日々の医療活動に取り組んでまいります。
※本記事の情報は全て、2026年5月時点のものです。
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