「健康経営」とは、従業員などの健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実施することです。企業理念に基づき、従業員などへの健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上などの組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待され、経済産業省より2016年に「健康経営優良法人認定制度」が設立されました。
帝人株式会社は長年にわたり健康経営優良法人の「ホワイト500」や「大規模法人部門」に認定され、産業保健スタッフとの連携を通じて社員の心身のケアや生活習慣病の改善に努めています。具体的な取り組みやその効果、今後の展望などについて総務部長を務める武井 衛さんにお話を伺いました。
2009年に「健康管理室」を設置し、帝人グループ全体の社員の健康状態を把握しサポートする活動を開始しています。特に生活習慣病とメンタルヘルス不全の予防と啓蒙に力を入れることで、社員の健康を守るだけでなく企業の生産性向上にもつなげることを目指してきました。近年では「人的資本経営」や「ウェルビーイング」の考え方と結びつけて、より包括的に捉えています。というのも、社員のフィジカルコンディションやメンタルコンディション、職場ストレスのない職場環境は相互に影響し合い、生産性やアウトプットに左右するものと考えているからです。
これらの要素のかけ合わせによって「働きやすさ」が作られていくと思うので、生活習慣病やメンタルヘルス不全をそれぞれ個別なものとして捉えるのではなく、互いに関連する課題として一体的に施策を進めています。
健康経営の一環であると強調することは特にしていませんが、職場のストレスチェックやウォーキング活動などは長年にわたり継続しており、社員の中では「毎年恒例のもの」として定着していると感じています。また、「健康経営宣言」として会社の方針を明確に打ち出しているので、社内外に対して自社の姿勢を示すことを意識して行っています。
各事業所に配置された産業保健スタッフが、生活習慣改善指導や病気に関する相談、家族の健康に関するアドバイスまで、幅広く対応しています。事業所ごとの特徴や状況に応じた個別具体的なアプローチが強みです。その結果、実際に生活習慣病のリスク指標は減少傾向にあります。さらには、生活習慣病の発症リスクが高いと判断された方を対象に行う特定保健指導の実施率も非常に高い数字が出せていると自負しています。
産業保健スタッフが社員一人ひとりと密に関わり、社員が「産業保健スタッフの〇〇さんに指導されたから、ちゃんとやらなきゃ」と真面目に取り組むといった関係性が築かれているからこその結果だと思います。
定期的に行っている勉強会では、各スタッフが現場で感じている問題意識を持ち寄って解決策を一緒に検討したり、目標やアクションプランについて評価しあったりしています。各事業所には数人しか産業保健スタッフがいませんが、勉強会を通じて全国のスタッフと顔を合わせることで「自分は1人ではない」と感じる機会にもなっているようです。
産業保健スタッフと臨床心理士が連携し「つらくなったら頼ってほしい」と社内に発信し続けています。その結果、社員から相談があがることが増えてきました。また、社員のストレスチェックの結果は、所属先の上司や役員に対しても共有し、働く環境のコンディション把握に努めてもらっています。メンタルヘルス不全などで休職や退職してしまうケースが出ないよう、会社全体で真剣に向き合っています。
新型コロナウイルス感染症で在宅勤務が増えた時期、新しく異動してきた社員が人間関係の構築に苦労し、それがメンタルヘルス不全につながるケースがありました。ただコロナ禍が明けて出社勤務が再開されたころには、今度は体力低下による疲労感が表れ、働く環境によって心身の健康に関する課題は変化することを実感しました。
小人数規模の営業拠点や地方にあるグループ会社に対しても、健康経営の活動を浸透させることが喫緊の課題です。それぞれの職場にウォーキング活動への参加をすすめたり、健康診断結果にフィードバックしたりといった取り組みも進めますが、何よりも大切なのは丁寧に対話し、悩みを打ち明けてもらえる関係性を築くことだと考えています。
これまでの結果は一朝一夕で得られたものではなく、先輩方の地道な取り組みと積み上げがあってこそのものです。
「健康経営」は、周りから見えている宣言や活動内容に、各社で大きな違いはないかもしれません。ただ、そこには一人ひとり異なる背景を持った社員がいます。だからこそ、目の前の社員と向き合う姿勢は今後も大切にしていきたいです。地道な努力の舞台裏にこそ、健康経営の本質があると思います。
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