インタビュー

医療における個別性と不確実性―岡山県におけるがん教育とがんサポーティブケアを通して

医療における個別性と不確実性―岡山県におけるがん教育とがんサポーティブケアを通して
西森 久和 先生

広島市立広島市民病院 血液内科 部長 兼 内科 部長

西森 久和 先生

この記事の最終更新は2015年12月04日です。

現在、二人に一人ががんで亡くなる時代に突入するという統計的なデータがあります。自分でなくても、周囲にがんの患者さんがいる可能性は非常に高くなります。がん対策基本法のもと、がんに関する情報をきちんと知ることが必要と考えられる中、岡山県では中高生に対する「がんの教育」の取り組みが行われています。

近年、抗がん剤や放射線治療による副作用を的確に抑えることが、少しずつではありますが可能になってきました。がんサポーティブケアとは、そのような副作用や有害事象を抑えるための治療、支持療法のことをいいます。支持療法の進歩のおかげで、患者さんの苦痛を抑えながら治療をすることができるようになってきました。それにもかかわらず、抗がん剤といえば厳しい副作用があるといまだ考えられており、先入観が持たれているのも現状です。

岡山県におけるがん教育とがんサポーティブケアを通して見えた医療教育や医療情報の課題について岡山大学病院血液・腫瘍内科の西森久和先生にお話をお伺いしました。

岡山県では2014年より、中学生・高校生を対象に、出前授業という形でがん教育に取り組んでいます。広く一般市民の方にがんについて正しく知ってもらい、がん患者さんと共に幸せに生きていくために何が重要かを一緒に考えていく取り組みです。実際の講義は100人単位を相手に大講堂での講義や、1クラス20人程度の少人数での講義やグループワークなど、色々な形式で行ってきました。

しかし実際に行ってみると、さまざまな学年の生徒さんに対して一律に同じような講義をすることは難しい面があることを痛感しました。生徒さんはそれぞれ、年齢、家族背景などが異なるだけでなく、最近がんによって近しい人を亡くされた生徒さん、自分自身が「がん」と闘ったことのある生徒さんなど、「がん」という話題をとりあげることによって、気持ちのつらさが増してしまう方もいらっしゃいます。担任の先生が一人ひとりの生徒さんに気を配り、つらさが増すような状況であれば、いつでもその場から離れていいように準備をしたうえで、慎重に取り組んでいます。

がんの教育を施行した後のアンケートで、「家族にがんについて習ったことを話してみる」、「がんと診断された方に対する偏見を持たない」、「家族ががんになっても一緒に頑張る」などの回答を拝見すると、とてもうれしく思います。生徒さんが「いのち」について正面から向き合うきっかけを、医師の立場からお話しすることの意義を強く感じています。

がんの教育においては、正しいがんの知識だけでなく、特に高校生の方には、がんに関する正しい情報をどのように得るか、さらには、得た情報を自分で取捨選択していく場面があることも伝えるようにしています。一人ひとりの患者さんが抱える問題は大きく異なっているため、医療は個別性が非常に強いからです。

患者さんがご自身で情報を探す場合、「がん診療拠点病院」という国や都道府県が認定している病院・施設などが出している情報を閲覧することを勧めています。ある場面では、がんの情報を知ることがつらいこともあるかもしれません。それでも、信頼のできる情報をきちんと取得することができるようになるべきと考えております。そのためには「心構え」と「どのようにすれば信頼できる情報にたどりつけるのか?」を知ることが大切です。

がん剤は善だ、悪だという議論がなされることがあります。これに関しては善でも悪でもなく、患者さんの病状、環境、望む生き方などによって様々なケースがあり、効果を一概に語ることはできないものです。私自身の考えとして、極端な考え方を避けることの必要性を感じています。

現在、私は「がんサポーティブケア」の周知に取り組んでいます。がんサポーティブケアとは、がん治療に抗がん剤を使用していく際に行なっていく、副作用などの患者さんにおこるつらさを軽減するための「支持療法」のことをいいます。有害事象(副作用などによるQOL=生活の質の低下など)が起きないようにサポートしていくことに特化した「日本がんサポーティブケア学会」も2015年に設立され、今後の活動に期待しています。

従来の緩和ケアの考え方では「抗がん剤などは一切用いずに医療用麻薬を使い、痛みやつらさをとるだけ」と捉えられがちなところがありました。しかし最近では、抗がん剤に伴うさまざまな有害事象がコントロールできるようになってきたことで、「抗がん剤を使っておおもとの痛みの原因を攻撃し、なおかつ有害事象も抑えながら生きることのできる期間を伸ばす」という、さらに発展した「緩和ケア」が理想的です。

本来「緩和ケア」は、すべてのがん患者さんが「がん」と診断された時から行われているべきです。しかし、患者さんがイメージしている緩和ケアは「末期がんでもう助からない」、「抗がん剤治療ができなくなったらその病院から見捨てられる」、というようにネガティブなものが多いと思います。しかし私が考える「緩和ケア」は、それが「緩和ケアですよ!」「緩和ケアを受けましょうね!」と医療者側がアピールしなくても自然に、当たり前に患者さんに提供され、患者さんとその家族におこる様々な痛みやつらさを和らげることです。

「原発不明がん」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。すでに体内にはいくつかの転移がある状態にもかかわらず、どこが原発なのか(どこからがんが最初に発生したのか)分からない「がん」のことを「原発不明がん」といいます。もとの「がん」が分からないために、原発を特定するための検査に多くの時間を費やし、治療法も定まらず、最悪の場合、治療のタイミングを逃してしまい、命を奪われてしまうこともあります。

これだけ現代の医療が進歩したのにも関わらず、どのような検査機器を駆使しても、原発を見つけることができない方が、がん患者さん全体の約2~5%存在します。だからといって、原発が分からないから治療しない、というわけにはいきません。患者さん側も医療者側も「原発不明」という不確実性に対して不安を感じながらも、全身状態をみながら、効果があると期待される抗がん剤治療を実際には行っています。

この「原発不明がん」を克服するために、がん細胞の遺伝子を解析し、原発の部位を推定したうえで、治療をしていくという試みが、現在臨床試験としてすすめられています。

たとえば遺伝子解析によって「かなりの高い確率で大腸がん由来である」ことが分かったとします。その場合には大腸がんに対する抗がん剤治療を原発不明がんの方に行います。もちろん、抗がん剤の副作用が少しでも顕在化しないように工夫をしながら用いていくのです。それにより、もし抗がん剤の効果が真の大腸がんに対する治療効果と同じくらい発揮されれば、大成功です。

一般的に「原発不明がん」のMST(生存期間中央値:この場合は原発不明がんの半分の患者さんが亡くなられた時点までの期間のこと)は 6~9ヶ月程度です。しかし上記のように「大腸がんかもしれない」という前提に基づいて治療に入って効果が認められた場合、一般的に転移のある大腸がん患者さんのMSTは治療の進歩によって24ヶ月まで期待できますので、治療がうまく効果を発揮すると、2年元気に生活できることになります。

もちろん、慎重に判断した上で抗がん剤を用いないケースもあります。それは全身状態によっては抗がん剤を用いることで強い副作用が懸念される場合、元気に生活する時間を抗がん剤投与で奪ってしまう可能性もあるためです。医療においては「100%正しい方法」は絶対にありません。個々の場合と状況の変化に対してその都度、適切な判断を行わなければならないのです。

ここまで、岡山県における取り組みとがんサポーティブケア学会の活動、原発不明がんの診療を通して、医療情報や医療の教育について感じたことをお話ししました。医療には個別性も不確実性もあります。だからこそ「抗がん剤はいいか、悪いか」という単純かつ極端な議論ではなく信頼できる情報をもとに、個別的かつフェアに判断することが必要であると考えます。

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