前の記事(「医療で求められるコミュニケーションについて」)では、医療従事者と患者さんとの間の関係づくりについて述べました。関係づくりと一言で言っても、容易なことではありません。お互いの意思や価値観を尊重することが求められます。今回は、そのコミュニケーションの際に患者さんや医療従事者の手助けになると期待されている医療機能評価機構のマインズ(Minds)について、マインズ(Minds)の運用にもご協力されている、京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 健康情報学分野 教授 中山健夫先生にご説明頂きました。
「Shared decision making(シェアード・ディシジョン・メイキング)」についての記事(「Shared decision making」とはなにか)では、患者さんとのコミュニケーションが重要であるというお話しをしました。患者さんに適切な情報共有を行い、ともに治療方針を話し合うのが「Shared decision making」ですが、この領域では患者さんは好むと好まざるに関わらず、自分で意思決定する場面が多くなります。しかし、意思決定がなかなかできない患者さんに強制的に決定させる必要はありません。そこで関心が持たれているのは、デレゲーション(委任)というものです。
前立腺がんを例に挙げて説明します。前立腺がんの治療は、手術・放射線療法・化学療法・ホルモン療法、そして待機的観察と、数多くの選択肢があります。これはすなわち、「どの治療法が良いか分からない」、不確実性の高い状況を意味しています。医者は患者さんに病気のリスクや治療のコストなど、必要とされる情報を提供し、患者さんはそれに対して分からない点を質問したり、自分の価値観や希望を伝えます。医者はその患者さんの話に耳を傾け、エビデンス(科学的な根拠)や自身の経験などを踏まえ患者さんと話し合います。
しかし、患者さんは医者の説明を聞けば聞くほど、考えれば考えるほど、どの治療を選択すべきかが分からなくなってしまうことも少なくありません。その結果、患者さんは「先生が私にとって最良と思うことをしてください」というように、医者に任せるということをされる場合があるでしょう。つまりこれは、コミュニケーションの過程で患者さんが主体的に「この医者に意思決定を委ねる」という意思決定を行ったということです。医師の立場からすると、患者さんに意思決定を委ねられた、という状態です。これがデレゲーションです。
医者と話し合う、質問をするということに緊張をされる方もいるかもしれません。ここでコミュニケーションをしやすくしてくれるものが「診療ガイドライン(以下、ガイドライン)」です。ガイドラインを介することで、医者も患者さんに説明しやすくなり、患者さんも理解しやすく、また質問もしやすくなる可能性があります。
ガイドラインは、よく誤解されますが必ず守らなければいけないものではありません。臨床の現場で困っている臨床家や患者さんの手助けになるものと捉えることが適切です。
国内では臨床系の学会がガイドラインを作成していますが、学会にとってガイドラインの作成はゴールではなく、むしろ臨床家同志、そして患者さんとの対話のスタートとすべきものです。これまでの記事で述べたように医療は分からないことが多いため、医療者はエビデンスを用いた話し合いやガイドライン自体を常に検討・改善していくことが求められますし、その場合に患者さんとの協働が大切になってきます。
ガイドラインは通常医療従事者によって作成されますが、患者さんやそのご家族と専門医が一緒になって作成した例として、小児ぜんそくの患者さん向けガイドラインがあります。
(※参考記事:国立病院機構福岡病院 名誉院長 西間三馨先生記事「全国どこでも標準的な喘息の治療が受けられる「ガイドライン」普及のために―西間三馨先生のあゆみ」)
患者さんやそのご家族がガイドラインの作成に加わることが非常によい場合があります。子供が生まれてから成長するまでにどのような社会的なイベントがあるか、どんなときにどのようなことで困るか、そのときにどのような社会的サポートが受けられるのかなど、患者さんの視点でガイドラインを作成することができる場合です。患者さんの成長を時系列で支援していくような視点でのガイドライン作りは臨床医だけでは難しく、このような情報は患者さんやそのご家族の経験から得られるものです。このようなガイドラインは、多くの患者さんはもちろん、専門医ばかりでなくプライマリケア(総合的に診る医療)を担う開業医の先生方の手助けになるでしょう。
現在、一般生活者へのエビデンスやガイドラインの普及に向けた取り組みは世界的に行われています。日本では、公益財団法人日本医療機能評価機構の情報センターである「Minds(マインズ)」が各領域の診療ガイドラインを中心に、近年の重要論文などを無料で提供しています。これらを活用しながら患者さんが医療情報と向き合い、医療従事者と患者さんのコミュニケーションが推進され、協力して病気に向き合う関係づくりが実現していくと良いですね。
参考:マインズ(Minds)
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 健康情報学分野 教授
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