インタビュー

高齢者の身体・認知機能を保つ医療と今後の医師の在り方-治療選択を患者と家族に“丸投げ”してはならない

高齢者の身体・認知機能を保つ医療と今後の医師の在り方-治療選択を患者と家族に“丸投げ”してはならない
柴垣 有吾 先生

聖マリアンナ医科大学 腎臓・高血圧内科 教授

柴垣 有吾 先生

この記事の最終更新は2016年08月12日です。

高齢者のうち、元気な人とそうでない人の違いはどこにあるのでしょうか? 

聖マリアンナ医科大学病院腎臓・高血圧内科教授の柴垣有吾先生は、病気の有無ではなく、「身体機能と認知機能を一定レベル保っているかどうか」であるとおっしゃいます。増加する高齢者がこの2つの機能を低下させず、ご自分の体と意思により長く快活に暮らしていくためには、どのような医療が必要なのでしょうか。要介護のご家族を持つ柴垣先生のご経験も織り交ぜながら、お話しいただきました。

記事1「高齢者の延命治療は本当に幸せな選択か?」では、腎臓疾患の治療を例に挙げつつ、現行の食事療法や薬物療法の限界と、これから求められる医療についてお話ししました。各家庭の経済状況に依拠することなく、より多くの高齢者の方が身体機能を維持するためには、やはりまだ病気が重くなっていない時期からの「日ごろの運動」が肝要になると考えます。

ただし、病院で運動療法の一環として「ラジオ体操」などを指導したとしても、ご自宅で自主的に継続される患者さんは多くはありません。スポーツジムに通うよう指導したとしても、経済的な問題から断念される方もいらっしゃいます。

ですから、「毎日」「絶対にやらなくてはいけないもの」という条件をクリアした、日常生活中の運動は何かを考える必要があります。

具体例を挙げると、仕事をしている人であれば「通勤」、家庭を切り盛りされている方や独居の方であれば「買い物」などが、必ずせねばならない運動に該当します。

私が「必ずせねばならない運動」に着目するようになったきっかけに、聖マリアンナ医科大学病院(神奈川県川崎市)の関連病院である稲城市立病院(東京都稲城市)での勤務経験があります。

私はそれまで、都心の病院で都市型の生活をされている患者さんばかりを診てきましたが、稲城市立病院には農家を営まれる患者さんが多く、両者には大きな違いがありました。

都市型の高齢患者さんは、入院すると急速に体力が落ち、動けなくなってしまいます。一方、農家の患者さんは、2~3週間入院した後でも独歩で帰られる方が多々いらっしゃいました。

この理由の一つには、日ごろから農作業を通して体を鍛えていたということもあるでしょう。

しかしそれ以上に、「自分が戻らねば畑が枯れてしまう。(必ず自分がやらなければいけない。/自分しかいない。)」という生業や使命を持っていらっしゃることが大きいと、患者さん達との会話や触れ合いを通して理解するに至りました。

このような理解が深まる前に、私は単に農作業をすることが患者さんの健康によいのではないかと考え、『里山資本主義』で知られる広島県庄原市にて、農作業体験を実施されているNPO法人の方に話を伺いに行ったことがあります。

そこで学んだことは、やはり人間は「やれ」といわれても、やらねばならないことでない限り、(もしくは興味を持っていない限り)、続けられないということでした。

とはいえ、稲城市立病院のように田畑等のない住宅街に位置する聖マリアンナ医科大学病院の患者さんに、必ず自分が行わなければならない何かを提示することは難しいものがあります。

では、私たちが実際に診ている目の前の患者さんの生活において、「運動の機会」はどこにあるのでしょうか。

こういったことを模索する中で、透析治療を行う病院における「送迎」サービスの問題が浮き上がってきます。

現在、ほとんどの透析クリニックでは送迎を、患者さんを気遣うサービス行為として行っています。

また、送迎サービスを行わなければ集患できないという運営上の現実問題もあります。

ところが、送迎サービスを行えば行うほど、患者さんが自分の足で歩く機会は失われていきます。

本来患者さんのために始まったサービスが、患者さんの身体機能を保つために本当によいものなのか、医療に関わる者は今後正面から考えていかねばならないと感じています。

高齢者のうち、元気な人とそうでない人の違いは、病気の有無でなく身体機能と認知機能が一定以上のレベルで保たれているか否かであると、記事1「高齢者の延命治療は本当に幸せな選択か?」から繰り返しお伝えしてきました。

ここまでは身体機能の維持に焦点を当てて記しましたが、本項以降では、私の実父との暮らしを通して考えた「認知機能の維持」にフォーカスしてお話しします。

私の父は認知機能の低下を抱えています。当初は、家族に囲まれて暮らしていれば、楽しく、また安心感もあるため、認知機能は低下しないのではないかと考えていました。

しかし、家族とはあまりに当たり前の存在であり、父にとって「刺激」にはなりませんでした。

加えて、家族は現在の父の中に「若く立派であった過去の父親像」をみてしまうため、小さな失敗でも受け入れがたく、やや辛辣な言葉を投げてしまうこともありました。

「ちょっとどうしたの!?」「お父さん、何やってるの?」、このような言葉が不意に出てしまったという経験をお持ちの高齢患者さんのご家族も、決して少なくはないでしょう。

つまり、家族とは父にとって必ずしも「心を盛り上げる存在」にはなっていなかったということです。

私の父の場合、日帰りのデイサービスセンターに行った日には、快活になり言葉や思考もしっかりするという傾向がありました。泊りがけとなるとかえって不安感のほうが強くなってしまうことから、家に帰るという「安心感」がある中で「他者と会う」ことが、父にとっては最もよい方法であるのだと思われました。

また、父も医師でしたので、家族ではない方から「先生」と呼ばれ、頼られているという感覚を得られたことも好影響をもたらしたのではないかと考察しています。

人間は社会的動物ですから、社会と交わり、また役割意識や使命感を持って暮らすことが、元気に生きていくうえで非常に重要なのではないかと考えます。

たとえば、前項でご紹介した広島のNPO法人の方に伺うと、退職後に読み聞かせや交通整理といったボランティア活動に取り組むことが、家族に囲まれてご自宅で過ごす生活よりも身体・認知機能の維持に役立っているといいます。

「子ども達や社会の役に立っている」という実感を得られることが、何よりよい薬となっているというわけです。

現在、多くの企業で定年の引き上げや再雇用制度の導入が行われていますが、私自身はこれが高齢者の認知機能維持のためにも有益であると考えます。長年取り組んできた仕事や、これならば自信があると感じられることをできる限り長く続けることが、認知機能を保ち続けるために大切なのです。

ここまで、NPO法人の取り組みや国の政策、また自身の経験など、様々な角度から高齢者の健康を維持する上での課題と改善策を述べてきました。

では、私たち医師や研究者は具体的に何をすべきなのでしょうか。

まず臨床の場では、患者さんに対し、ガイドラインを参考にした標準的な薬剤や生活指導を使用しつつも、その“治療”が病気は治せても、病人は治せないもの、つまり、患者の身体・認知機能を低下させるものにならないよう、意識を変えていくことが重要です。

食事制限も患者さんにとって「無理」だとなれば、諦めたほうがよい場合もあります。腎機能低下の速度は、厳格な食事制限を行っている方に比べると早くなるかもしれません。その代わり、ご自身の足でトイレに行ける人生の時間を長く保つことができます。

このうちのどちらがよいか、選択することは非常に難しいものとなります(詳しくは後述します)。

しかし、これからの医療は、患者さんが不本意でないと感じ無表情で過ごされる時期を短縮できるよう、QOLやADLも重視するものへと変わっていかねばなりません。ガイドラインが全てというような使われ方も考え直す必要があるでしょう。

医師には、「目の前の患者さんの今後の人生にとって何が大切なのか」、考えながら治療を選択する姿勢が求められるようになります。

またそのために、研究者は治療の選択肢を単に増やすだけでなく、ひとつひとつの選択肢にエビデンス(医学的根拠)を見出していかなければなりません。エビデンスがなければ、上述してきた治療は民間療法と同じものになってしまうからです。

そこで私たちは現在、実態把握のため腎不全患者さんの身体機能と認知機能の調査を行っています。

学会では既に発表していますが、腎不全の方の身体および認知機能は大きく低下しており、更にこういった方に運動をしていただくと、驚くほど数値が回復するという結果が出ています。

私は文部科学省の科学研究費に採択された「慢性疾患に有用なhopeスケールの開発と検証に関する研究」という研究を行っています。これは、患者の“希望”を数値化して、病気やそれに対する治療が、患者の“希望”にどのような影響を与えるかを見出し、患者に合った治療を考えていこうという試みです。しかし、QOLや希望といったものを数値化し、エビデンスを見出すことには困難も伴います。というのも、QOLは「生活の質」と訳されるものであり、データ化することとは、すなわち「質を量に置き換えること」だからです。

また、QOLとは医師が決めた指標であることも問題点の一つです。患者さんにとっての希望という、より数値化しにくいものもデータとして盛り込んでいかねば、真に患者さんの最大の幸せを得ていく医療とは何かを明示することはできません。ですから、私たちの研究目標は非常にチャレンジングなものといえます。

しかし、文部科学省に研究を採択していただけたということは、こういった医療を重要視している方も少なからずいるということだと認識しています。

既に、患者さん目線の研究はいくつも存在しますが、こういった研究は生存率や死亡率などで治療効果を提示するエビデンスレベルの強い研究に比べ、ワンランク低いものと見做されてきました。

今回の研究で成果を出すことは、これまでレベルが低いと見做されてきた多くの研究の「裏付け」をすることにも繋がると考えます。より多くの医師が、自信を持って患者さん志向の研究発表や治療の実践をできる環境を整えていきたいと強く願っています。

最後に、今後の治療選択における「Shared decision making(シェアード・ディシジョン・メイキング:共有意思決定)」の重要性について記します。

選択肢を増やすことは私たちの目標ではありますが、その後には「選ぶ難しさ」という問題が出てくることでしょう。

このとき、インフォームド・コンセントを行うことが一般的かと思いますが、往々にして、治療選択肢を並べて患者さんやご家族に選択を迫るようなシーンに遭遇します。しかし、左記のように患者さんやご家族に選択を“丸投げ”するようなあり方には疑問を抱きます。

インフォームド・コンセントとは、あらゆる選択肢について説明したうえで、「では、あなたはどれがよいですか?」と問うものです。

しかし、経験がないご家族にとっては、選択肢の説明を受けたとしても、その選択をするとどのような未来が待っているのか、想像することは容易ではないと考えます。

「この治療では、○%よくなります」といわれたとしても、その代償として何が起こるか、未体験ゆえに想定することは難しいでしょう。また、患者さんご本人、ご家族どちらが選択するにしても、下記のような問題が生じます。

【患者さんご本人が選ぶ場合】

今現在「痛い」「苦しい」といった症状があると、患者さんは正しい選択ではなく、とりあえず、その症状を取り去るために何でもして欲しいと、アグレッシブな治療法を選択する傾向があります。「今の現状をどうにかして欲しい」ために、「予後」まで考慮することができなくなるということです。

また、認知機能の低下により、治療の説明を理解するのが難しいという患者さんが多いのも現状です。

【ご家族が選ぶ場合】

患者さんのご家族に選択を委ねる場合、自分の愛する人に対し、一見「何もしない」という選択肢をとることは困難になります。「アグレッシブな治療をせず、見守ること」が、患者さんにとっては最も苦しみが少ない治療であったとしても、この選択肢を選ぶことができるご家族は多くはないでしょう。また、命に関わる選択をする場合、全責任が選択をした自分にあるとご家族が感じてしまわれることも危惧します。

私がこれからの治療選択の場面においてなされるべきと考えるのは、医師が自らの意見を述べる「Shared decision making(シェアード・ディシジョン・メイキング:共有意思決定)」です。

医師には、プロとしての経験が豊富にあります。それらを踏まえて「自分の家族だとしたらこれを選びます」と責任をもって表明し、そのうえで患者さんの意思をすり合わせながら治療を決定していくことが、望ましい治療選択の在り方ではないでしょうか。

この結果として、セカンドオピニオンを希望される患者さんもいらっしゃるかもしれません。けれども、本来医師と患者は「信頼関係」で成り立つべきものです。医師も、患者さんに自分の意見を信頼してもらえるよう、更なる勉強に励むようになるものと考えます。

また、Shared decision makingにおいて重要なのは、医師だけでなく看護師や技師なども参加し、チームで情報を共有することです。

これは、医師には直接いえないご自身の思いや状況を、看護師には伝えている患者さんも多いからです。

ですから、これからの医師には、自身の見解を責任を持って述べること、医療チームの意見を考え合わせること、そして患者さんやご家族の思いとのすり合わせを行い、治療を決定していく姿勢と技術が求められます。また私自身も、このような人材を育てていくことに一層力を注いでいかねばならないと考えています。

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  • 聖マリアンナ医科大学 腎臓・高血圧内科 教授

    柴垣 有吾 先生

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