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インタビュー

高齢者にとって「延命治療」だけが、本当に幸せな選択か? 腎臓病治療を通して考える「生きる価値を与える」医療

高齢者にとって「延命治療」だけが、本当に幸せな選択か? 腎臓病治療を通して考える「生きる価値を与える」医療
柴垣 有吾 先生

聖マリアンナ医科大学 腎臓・高血圧内科 教授

柴垣 有吾 先生

高齢化と医療の進歩に伴い、今、長生きをされる高齢者の方は急増しています。しかしながら、寿命は延びていても、介護状態でないことを指す「健康寿命」は延びていないという事実があり、80代、90代といった高齢患者さんの中には、「単に長く生きること」よりも「短くても、残りの人生をどう生きるか」を重視する方も多いといいます。

本記事では、医師が患者さんの希望や幸せを考えた治療を行うために、改善していく必要がある日本の医療体制の問題点について、聖マリアンナ医科大学病院腎臓・高血圧内科教授の柴垣有吾先生にお話しいただきました。

現在、末期の腎不全に対する透析治療など、様々な医療技術の向上によって、重篤な疾患を持つ患者さんの「延命」が可能になっています。延命医療の進歩それ自体は、大変素晴らしいことです。

しかし、全ての患者さんに対し延命治療を行うことだけが、本当にそれぞれの方にとって幸福な選択なのかどうか、疑問の声も上がり始めています。

私たち医師が第一にすべきことは「病“気”を治す」「命を永らえる」こととされており、現在の医学部教育でもこのことに主眼がおかれ、「病気以外にも色々な背景や人生の物語を持っている病“人”を診る」という視点に欠けていることもあります。

そのため、生命維持治療の差し控えや中止といった医療を口にすることは、医師の世界において長い間タブー視されてきました。

ところが、実際に病棟に入院されている患者さんの中には、延命以上に「QOL(生活の質)やADL(日常生活動作:食事や排泄など)を保つことで、尊厳を持って生きること」を切実に希望する方が多くいらっしゃいます。

これは、高齢化が進み、入院される患者さんの多くが80代や90代といった後期高齢者・超高齢者の方となったからであると考えます。

このような患者さんにどのような人生を理想とするか伺うと、大半の方は「“ピンピンコロリ”が望ましい」、つまり「長生きは必ずしもしなくてよいから、生きている間は元気な状態でいたい」と回答されます。

より具体的に述べると、長期の寝たきりなどで自分の望む時にトイレもいけないような不本意な状態で長生きするのは避けたい、ということです。

前項でも触れたように、現在の延命医療は非常に高いレベルのものとなっています。そのため、重い病気を患ってもそれによりすぐに亡くなるということは少なくなり、点滴などの治療によって患者さんは長く生きられるようになりました。

しかし、延命措置を施している期間、患者さんが“ピンピン”しているか、ご自身が楽しく快活であると思えるような暮らしをできているかというと、そうではない場合も少なくはありません。

それどころか、点滴により気道分泌物が増加してしまったり、浮腫みがひどくなったり、また経腸栄養により誤嚥性肺炎を合併するなど、更なる苦しみを作り上げている側面すらあります。

こういった背景から、“HOW LONG”ではなく“HOW”、「どう生きるか」を選択して治療する時代へ移行すべき時が来ていると考えます。つまり、人生を単純に積み上げることでなく、人生に「生きる価値」を与える医療が求められるのです。

しかしながら、「どう生きるか」に重きを置く治療選択は、現実的に考えると非常に難しいものがあります。というのも、多くの医療が「患者志向」のアプローチでなく、「病気志向」のアプローチを取っているからです。

多くの治療には「ガイドライン」がありますが、ガイドラインは日本では本来の「患者に合った治療を選ぶ1つの指針」としてではなく、「金科玉条的なルール」として扱われています。そのガイドラインがエビデンスとして採用するものは、ランダム化比較試験やそれらの結果を統合したメタ解析などですが、これらの臨床研究・試験がそのアウトカムとしているものは、「生存率」「病気の進行」ばかりで、高齢の患者さんにとってより切実なQOLやADL、あるいは治療の合併症を重視することはほとんどありません。

仮に、これらの「患者志向」のアウトカムに重きを置いた研究がなされていたとしても、一段階レベルの低い研究であるとみなされてしまうのが現状です。

そのため、ガイドラインに則った「標準的な」医療も、「生存率」をいかに高めるかということに主眼を置いた医療にならざるを得ない現実があります。

さらに言えば、ガイドラインは高齢者を対象とした研究によって導き出されたエビデンスが少ないことから高齢者に適応できるものかに疑問が残るという課題があります。

また、多くの併存症を抱える高齢者にそれぞれの疾患のガイドラインを適応すると薬の量が多量となる、いわゆるポリファーマシーの問題も生じます。

私自身も腎臓病に関するガイドラインの作成に携わっていますが、「生命予後を延ばす」医療に関するエビデンスしか見つけられないといったジレンマを抱えています。QOLやADLを維持する治療法は、盛り込めたとしても「エビデンスレベルは低い」と併記せねばならず、推奨度も相対的に低いものとなってしまいます。

現在の日本の医療が上述のような問題を抱える中で、世界では「PRO(Patient Reported Outcome:患者によって報告される治療効果)」という概念が急速に注目を集めるようになっています。

PROとは、患者さんご自身による、治療満足度、症状や機能の程度、QOL、治療の順守度などの主観的評価です。

研究者は患者さん志向の研究も重要視していくべきという潮流が、世界的に生じているということです。このような流れを受け、私たちもガイドラインを作る際には、PROをとりいれていかねばばならないと考えます。

実際に病棟で透析治療をされている患者さんを診ていると、上述した信念はより一層強固なものとなります。

冒頭でも触れたように、現在は心不全心筋梗塞脳卒中などで入院されても、それが原因で亡くなってしまうことは減りました。このこと自体は評価すべきことですが、治療が長引けば長引くほど、患者さんの体力や身体機能はどんどん低下していってしまいます。

しかし、私が勤務する聖マリアンナ医科大学病院のような急性期病院は、性質上「“病気”を治す」ことに特化しており、尊厳ある個人として患者さんに対応し、身体機能や認知機能を維持することに長けたスタッフは十分ではありませんし、そのような教育も不足しています。また、身体・認知機能が回復していない“病人”のままであっても”病気”自体が治癒あるいはコントロールされていれば、「急性期病院」としての役割は果たしたとして、退院や転院を患者さんやご家族に迫っているのが実情です。

私は、“ピンピンしている人”とそうでない人の違いは、年齢や病気があるか否かだけではなく、その方の身体機能と認知機能のレベルにあると考えています。

たとえ病気を患っていても、独歩できる身体機能があり、しっかりとした思考力や理解力などの認知機能が保たれていれば、急性期を過ぎたのちに自己の足で帰宅し、自己の意思を持って生活できるからです。

ですから、急性期病院であっても身体機能と認知機能を一定以上維持する医療を行えるスタッフは不可欠であり、現在この考えを軸に学生や研修医を教育しているところです。

また、腎不全の患者さんは、もともと身体機能や認知機能が悪化する要素が多いという傾向もあります。この原因を解明するための研究を進める中で、私たち医師が患者さんに指導していることは、「制限」ばかりであるという問題点が浮き彫りになりました。

勿論、食事制限自体は必ずしも間違ったものではなく、理論的には病気を治すために有用です。

腎臓領域に焦点を当ててお話すると、「タンパク質制限」という食事療法があります。これはタンパク質を制限するかわりに、炭水化物や脂質などでカロリーを一定以上維持し、必須アミノ酸を別途摂るというものです。

しかし、このような厳密なタンパク質制限は、病院で栄養士が付き添っていれば行えるものの、患者さんたちがご自宅で実践できるかと考えると、極めて難しいのではないかと考えます。

この理由には、次項で述べる日本ならではの高齢者問題があります。

近年の高齢化に関する問題は、単に年齢が高い方が増えているだけにとどまらず、独居の高齢者の増加、老老介護の増加、そして高齢者の貧困率の増加など、非常に深刻化しています。

老老介護の場合は、相手側も何らかの持病があることが多く、それぞれ別の食事制限を指導されていることがあり、適切な食事療法が困難になります。

また、経済的弱者といわれる高齢者が増え、食材の宅配サービスなどを利用できる方も限られる社会になりました。

意外に思われる方も多いかもしれませんが、団塊の世代が生産人口であった「総中流社会」は既に過去の話であり、現在の日本は高齢者の貧困率がOECD加盟国のなかでもトップクラスになってしまっているのです。私自身も患者さんから、「その薬は高価だから外してほしい」と依頼を受けることが多々あります。

このような時代が到来した今、制限するばかりの治療・高額な薬やデバイスに頼った治療は非常に実際的でないものになっているのです。

社会の変化に対応し、日本の医師も変わる必要があります。患者さんに無理を強いる制限ばかりの治療から、患者さんの最大の幸せを得ていく方法を考えた治療へと移行すべき時が来ているのではないかと考えます。

そのために求められるものは、新薬や新たなデバイスの登場だけではありません。これら先進医療は今後も重要ではありますが、先進的な新薬やデバイスの開発には莫大な資金がかかり、当然ながら、医療費も高額になるからです。脚光を浴びる再生医療も同様です。たとえiPS細胞が実用化されたとしても、全ての高齢者がその恩恵を受けられるほど、日本経済の現状は明るいものではありません。

では、あらゆる環境下にいる高齢の患者さんが、身体機能と認知機能を一定以上に保っていくには何を行うのがよいのでしょうか。

次の記事では「高齢者の身体・認知機能を保つ医療と今後の医師の在り方」について詳しくお話します。

 

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  • 聖マリアンナ医科大学 腎臓・高血圧内科 教授

    柴垣 有吾 先生

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