インタビュー

サイコオンコロジー(精神腫瘍学)の重要性ーがん患者さんの“こころ”を通してがん治療をサポートする

サイコオンコロジー(精神腫瘍学)の重要性ーがん患者さんの“こころ”を通してがん治療をサポートする
明智 龍男 先生

名古屋市立大学病院 ・こころの医療センターセンター長、名古屋市立大学病院 ・緩和ケアセンターセ...

明智 龍男 先生

この記事の最終更新は2016年10月27日です。

日本人の2人に1人が生涯のうちに患うといわれている「がん」。医学の進歩によって治ることも多くなってきたがんですが、依然としてがん患者さんやその家族に与える影響は計り知れません。特に不安やうつ、不眠といった精神的な問題はがん患者さんの多くが抱えているものでもあります。

そこで登場したのが「サイコオンコロジー(精神腫瘍学)」と呼ばれるがん患者さんやその家族の心のケアなどといった、がんと“こころ”の関係を扱う学問です。このサイコオンコロジーについて、名古屋市立大学大学院医学研究科 精神・認知・行動医学分野教授の明智龍男先生に解説していただきました。

がんの告知は、告知される患者さん本人やその家族、また医療従事者にとっても衝撃的なものです。がんの告知が当たり前となるなかで、告知前後や治療中の心のケアや、精神面がどのようにがんの罹患や生存に影響を与えるのかを研究・臨床することを目的に、1970年代にサイコオンコロジー(精神腫瘍学)という学問が始まりました。

サイコオンコロジーのパイオニア的存在として、アメリカ・ニューヨーク州にあるメモリアルスロンケタリングがんセンター病院精神科のジミーホランド医師が知られています。

サイコオンコロジーの臨床や実践活動に取り組む専門家はサイコオンコロジストと呼ばれます。サイコオンコロジストには3つの役割があります。

  • 疾病や治療に関する適切な情報を提供すること
  • 患者さんやその家族が孤立しないよう情緒的に支えること
  • 治療の継続において患者さんを悩ませる不眠や不安などに対し、精神心理的な治療を含めたサポートを用意し、最善の治療を受けられるように医学的サポートを提供すること

特にがん患者さんやその家族の心のケアを専門的にサポートする専門医を精神腫瘍医といいます。精神腫瘍医はがんの治療にも精通し、専門的なアドバイスと最適な薬物療法の知識と心理的支援の技術をもって患者さんとその家族の支援にあたる専門家です。

 

サイコオンコロジーの目標として「がんになることで患者さんやご家族の精神的側面に及ぼす影響を理解し、支援すること」、つまりQOL(生活の質)の維持・向上があります。そのなかでも特に精神・心理に重きをおいた臨床的側面が強い点がサイコオンコロジーの特徴です。

一方でサイコオンコロジーは心の状態や行動ががんに与える影響についても研究しています。いわゆる「病は気から」を科学的に扱い、がんになったあとの病気との向き合い方や、精神療法・グループ療法を行うと寿命がのびるといったことが本当かどうか調べるのです。

もしそうした心理社会的要因が、がんの罹患や罹患後の生存期間に影響を与えるとすれば、患者さんのQOLの向上だけでなく抗がん剤治療などのメインのがん治療に加えて提供することのできる補助的な治療法として生かすことができるのではないでしょうか。このように患者さんの精神面や行動様式が、生存期間の延長やがんの予防にも寄与できないか、ということも研究しています。

 

サイコオンコロジーはよく緩和ケアにおける精神的な部分を担っているものと考えられますが、実際はもっと広い対象を扱っています。がんの患者さんやその家族だけでなく、がんを克服した方(がんサバイバー)への精神的ケアも行っています。

 

先ほども述べたとおり、がんの告知は患者さん本人やその家族、医療従事者に衝撃を与え、がんを経験した患者さん、ご家族の多くにケアが望まれる状態がみられます。実際にがん患者さんの悩みとして一番多いのが、「不安などのこころの問題」で34%を占めています。このように、患者さんの不安を取り除き、できるだけ安心して治療を継続できるようにすることがとても重要なのです。

がん患者さんの悩み(n=4054名)

  1. 不安などのこころの問題 34%
  2. 症状・副作用・後遺症  23%
  3. 診断・治療       12%
  4. 就労・経済的負担    11%
  5. 家族・周囲の人との関係 11%

「がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査」/「がんの社会学」に関する研究グループ(2015)

がんのイメージには死がつきまとうこともあって、がん患者さんの多くが不安やうつなどの精神的な問題を抱えています。がん患者さんの2人に1人は何かしらの心のケアが必要だというデータも存在します。しかしながら実際の診療ではがん自体の治療がどうしても優先され、患者さんの心のケアがうまく機能していないという現実に私たちは直面しています。

また、がんの診断後1年以内に自殺で亡くなる方は、がんでない方の24倍も高いという厚生労働省の研究班の報告もあります。このなかには治療を受ければがんが治る可能性のあった患者さんもいるでしょう。このようにがんは患者さんを悲観的にさせ、時として自殺にまで追いやってしまうこともあるのです。ですから、がんと精神的な問題は密接につながっているといえます。

そこで必要とされるのが、精神的なサポートも含めた診断後早期からの緩和ケアです。私たちが行っているサイコオンコロジーを紹介し、実践していくことで患者さんの心のケアを行います。

がんに対する患者さんの捉え方は千差万別で、早期のがんでも非常に悲観的になる方もいますし、逆に末期でも前向きに治療に専念される方もいます。そういう意味では医療従事者とのコミュニケーションは非常に重要で、がんの告知の方法などといった医療従事者のコミュニケーションスキルのあり方を考えるのもサイコオンコロジーといえます。

サイコオンコロジーの研究グループのなかには医療従事者にコミュニケーション・スキル・トレーニングを提供しているところもあり、医療従事者への教育・啓発も重要といえるでしょう。適切なコミュニケーションを行って患者さんと医療従事者が信頼関係をつくることができれば、がんの治療に有効な手術や化学療法などを拒否して、根拠が実証されていない民間療法に流れてしまう、ということも起こりにくいと思います。

きちんと患者さんとの信頼関係を築き、真の意味で患者さんにとってベストな治療を選ぶということは、本来の意味での適切なインフォームドコンセントにもつながってきます。そうした面も含め、サイコオンコロジーは患者さんに寄り添い、患者さんに落ち着いて自分にとって最善の意思決定をしてもらうためのサポートをする大きな役割を担っていると考えています。

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  • 名古屋市立大学病院 ・こころの医療センターセンター長、名古屋市立大学病院 ・緩和ケアセンターセンター長、名古屋市立大学病院 副病院長、名古屋市立大学大学院学研究科 精神・認知・行動医学分野 教授

    明智 龍男 先生

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