インタビュー

2つの面を兼ね備えた「多能性医師」が地域を支える-さいたま市民医療センターが目指す研修医教育とは

2つの面を兼ね備えた「多能性医師」が地域を支える-さいたま市民医療センターが目指す研修医教育とは
加計 正文 先生

社会医療法人さいたま市民医療センター 病院長、自治医科大学 名誉教授・客員教授

加計 正文 先生

この記事の最終更新は2017年01月28日です。

さいたま市民医療センターは地域医療の中核であると同時に、研修医の教育機関としての役割も持っています。大学病院のような専門医中心の教育ではなく、総合的な診療能力と専門領域の両面を兼ね備えた「多能性医師」の育成を目指す研修医教育について、さいたま市民医療センター病院長の加計正文先生にお話をうかがいました。

若い医師

今の初期研修医は専門医への志向が強い部分があり、若い医師は皆、早く専門医の認定を取りたいと考える傾向にあります。昔は「学位を取得したい」と思っていた医師が多かったのですが、今は学位を取りたいと思っている若い医師は3分の1にも満たず、それ以外のほとんどは専門医を取りたいと思っています。しかも、その専門医もできるだけ早く取りたいと考えています。これは今の専門医制度が、ある意味早く取れるような方向づけをしているということがあるからではないかと考えられます。

専門医の取得ばかりに走ってしまうと総合的な見方が不足していき、その結果、専門の領域の医療は提供できても自分の専門以外の医療は提供できないということになってしまっては困ります。ですから、総合医を育てながら、なおかつ専門医も取れるようにサポートをしていき、専門性を持ちながら総合的な見方もできるという二面性を持った医師を育てる必要があります。

特にこのさいたま市西部地域ではそういったニーズに応える医師が不足しており、おそらくこの先10年から20年はまだまだ必要とされるのではないかと思っています。

さいたま市民医療センター
さいたま市民医療センター外観
(写真提供:さいたま市民医療センター)

さいたま市民医療センターでは平成29年度から初期臨床研修医を採用できるようになりました。2016年に厚生労働省へ申請をして8月に承認が下りたというタイミングであったため、広報・周知の期間が短いという心配もありましたが、募集定員2名に対して4名の応募があり、すでに採用を内定しています。来年からは応募者数をもっと増やしていけるように努力しなければなりませんし、できれば今後は採用定員も増やしていきたいと考えています。

さいたま市民医療センターは医師臨床研修マッチングシステムに参加しています。これは研修を受けようとする医師と研修を行う医療機関のそれぞれの希望を踏まえて、一定のアルゴリズム(規則)に基づいてコンピューターで組み合わせを決定するシステムです。平成28年度の埼玉県のマッチ率は73%でしたが、ほんの4、5年前までは50%を切っていたこともありました。その後、マッチ率は年々少しずつ良くなりようやく70%を超えましたが、まだ30%近く足りない状態となっています。

埼玉県出身の若い医師もいますが、多くが東京・神奈川へ行ってしまうため、本当の意味での埼玉県のための医療者としてのリソースはやはり不足しています。現在、少しずつ改善はしているのですが、まだまだ足りないというのが現状です。

さいたま市民医療センターは地域医療の拠点であると同時に教育病院としての役割も持っています。ですから、やはり教育を一緒に行っていくことで若い医師に来てもらえるようにしなければなりません。我々も年齢を重ねると新しいことに取り組むのがだんだん難しくなり、既成のことしかできなくなってきます。しかし、若い医師が入ってくれば、彼らに対して教育をしていくために我々も勉強する必要がありますし、お互いに活性化できるきっかけにもなります。

さいたま市民医療センターには各科の専門領域をサポートする指導医が揃っています。ですから、基本領域の総合的な診療ができるようにした上で、研修医が希望すればサブスペシャリティとして循環器専門医などその他の専門医も取れるようなプログラムを提供することができます。ただし、専門医の取得だけを目的として研修に来る病院ではないので、そのような目的であれば大学病院などで研修を受けたほうがよいでしょう。

ひとたび専門に入ってしまうと、誰しも自分の得意なところだけをやりたいと思うものです。たとえば心臓を専門に診ている医師にお腹が痛いと訴えても、心臓専門だから腹痛は診ないということが実際に起こってしまっています。そういった弊害を背景に、総合的な医療の必要性がますます問われるようになっています。

特に高齢化していくと、心臓も悪いけれどお腹も痛いというような患者さんはますます増えてきます。これからの医療で求められ、しかも医療資源が不足しているのはまさにそういう部分です。医師の絶対数はトータルでは多いかもしれませんが、やはりそこには偏在があり、総合診療ができる医師は非常に限られています。

総合診療マインドを持った人をまず育て、そして、なおかつ専門領域も持っているという二つのマインドがあってこそ、その医師も幸せになれるだろうし、病院としても地域としてもよい医療が提供できるのではないかと考えます。

複数の医師が集まって会議をしている様子

さいたま市民医療センターの内科には、糖尿病内分泌を専門とする私の他にも循環器・消化器・呼吸器・血液・救急総合診療の各専門医が揃っています。これらの専門を持っているスペシャリストたちが、毎朝一緒にカンファレンス(症例検討会)をしているというということが大きな特色となっています。

カンファレンスではさまざまな領域の症例を取り上げますので、たとえば腹部CT(Computed Tomography:コンピューター断層撮影)の画像を示しながら主治医が説明するのを皆で聞いていると、自分の専門ではない領域について知ることができます。そういったことが集約されて初めて総合診療的な見方が身につくので、特に若い人たちにはとてもよい勉強になると思います。

普通の大学病院では医局の中でカンファレンスを行うため、専門ごとのカンファレンスになります。その領域の病気についてはいろいろな症例を勉強できますが、専門を超えた幅広い見方をすることはありません。多くの大学では、循環器と消化器の医師が一緒にカンファレンスをするということはあまりありませんが、さいたま市民医療センターではそういう垣根をなくして、総合的な内科カンファレンスを行っています。

そしてカンファレンスの後は、主治医が各専門のスペシャリストと意見交換をしながら患者さんを診ていくことになりますので、患者さんにも私たちにも非常にメリットがあります。

加計先生

私は自治医科大学で研修医をずっとみてきましたが、だんだん専門領域に入っていくにつれて、どうしても総合領域がおろそかになっていくという部分があります。大学病院などであればある程度それでもいいのかもしれませんが、さいたま市民医療センターのような病院は役割が異なります。やはり若い医師には地域を支えていくということに喜びを見出してもらうようにしていかなければなりません。

そこで今度の初期研修医のプログラムでは、「多能性医師を育てる」ということをコンセプトにしました。iPS細胞(induced pluripotent stem cell:人工多能性幹細胞)がさまざまな臓器に分化する能力を持つように、将来どんな領域にも進むことができるような”多能性”を持つ医師になれば、心臓の専門医にもなれますし、肝臓の専門医にもなることもできます。そういう多能性の医師を育てるということがこのプログラムのコンセプトです。

私は場合によってはひとりの医師が2つの専門領域を持ってもよいと考えています。今の制度では複数の異なる領域で専門医を持つということはなかなか難しいのですが、まずひとつ専門を持ち、それに近い部分で別の能力を持つと、その医師の能力の幅が非常に広がっていくのではないかと思っています。

 

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