高齢化の進行とともに、健康寿命がより重要になると言われています。高齢になっても自分の足で歩くことができれば、スポーツや旅行など、高齢者の生きがいにつながります。
名古屋第二赤十字病院の佐藤 公治先生は、危険な手術とされていた脊椎手術の低侵襲化(ていしんしゅうか)の研究と普及に取り組んでいらっしゃいます。身体に負担が少なく効果の高い脊椎手術を実現することができれば、足や腰を痛めた高齢者の健康寿命を延ばすことにつながるそうです。
今回は、同病院の佐藤 公治先生に、脊椎手術の低侵襲化をはじめとする健康寿命を延ばす取り組みについてお話いただきました。
脊椎(せきつい)とは、一般的に背骨と呼ばれる骨のことです。脊椎は、身体の大黒柱とも言われており、身体を支える重要な役割を果たしています。この脊椎を損傷することで、重い腰痛により歩行が困難になるなど日常生活を脅かす事態を引き起こすことがあります。
私は整形外科医として脊椎の治療を専門にしてきましたが、脊椎は、脳と同じくらい治療が難しいと言われてきました。ひと昔前だと、脊椎の手術を受けたら「寝たきりになる」「車椅子の生活になる」と言われるくらい世の中全体で、脊椎の手術を受けてはいけないという認識が広がっていました。脊椎の手術はそれほどに身体への負担が大きくリスクの高い手術だったのです。
しかし、研究が進み手術法が進歩した結果、リスクを抑えた形で脊椎手術が行えるようになりました。
低侵襲(ていしんしゅう)手術とは、身体に負担が少なく患者さんにとって優しい手術を指します。具体的には、皮膚を切る範囲を小さくすることで手術時間の短縮や出血の減少を実現する手術のことをいいます。1999年頃から、様々な部位において海外を中心に内視鏡や腹腔鏡を用いた手術が流行しました。内視鏡や腹腔鏡を用いると傷が小さくなるので、身体に負担が少ない手術をすることができるのです。このように、世界中で低侵襲の手術が注目を集め実施されるようになりました。
脊椎においても同様に、内視鏡による手術が広く実施されるようになりました。これは、手術による傷が小さく痛みも少ないため、早く社会復帰することができるというメリットがあります。現在は導入当時よりも技術や手術機器も進化し、当時と術式は異なりますが、脊椎においても低侵襲の手術が広く適応されていることに違いはありません。
MISt(Minimally Invasive spine Stabilization:最小侵襲脊椎安定術)とは、主に脊椎の疾患に対して、身体に負担の少ない低侵襲の手術を実現するために生まれた手技の総称です。
低侵襲の手技であれば、非常に小さな傷で手術をすることができ、翌日から歩くこともできます。さらに一週間の入院で済みますので、患者さんにとっては選ぶ価値のある手術だと思います。私はMIStのパイオニアとしてMISt研究会を創設し、手術法を開発したりメーカーと新しい器械を作ったりと、その発展に向けた活動をしています。
お話したような脊椎の低侵襲手術は、がんの手術とは異なり、命を救うような手術ではありません。あくまで患者さんの生活の質を高めるためのものです。
高齢化が進むことが確実視されている今、健康寿命はさらに重要になっていくでしょう。たとえば、80歳は昔なら隠居する年齢であり、手術を必要としなかったかもしれません。しかし、現在の高齢者は、80歳でもゴルフや旅行に出かけるなど、好きなことを楽しむ方が少なくありません。むしろ、年齢とともに生き様がよくなっていく方ばかりです。
高齢者の生活スタイルが変化した世界において、元気な足と腰は不可欠だと思っています。足と腰が正常に動いていないと力もでません。高齢となってからの10年や20年を楽しく過ごすには、痛みがなく動けることが何よりも重要です。
たとえば、腰が痛くて動けないというならその痛みをとってあげる必要があります。高齢でも自分の足で歩くことができトイレにも自分で行ければ、それに越したことはないと思います。それを可能にする手段こそMIStであり、MIStは今後の社会にとても重要なものになると考えています。
近年、ロコモティブシンドロームが話題にあがることが増えました。ロコモティブシンドロームとは、運動器の障害とも言われており骨や関節・筋肉・神経などの運動器に障害が起き、「立つ」「歩く」といった動作が困難な状態を指しますが、高齢化が進むにつれ、これに該当する方が増加していることが背景にあります。
時にロコモティブシンドロームは認知症にもつながる、非常に恐ろしい疾患です。
脊椎の病気が原因で歩けなくなった患者さんでも、手術を受けることで回復できれば、ロコモティブシンドロームの防止にもつながるでしょう。脊椎手術を受ければ、足を正常に動かすことができる可能性が高くなり、歩くことや立つこともできるようになるかもしれません。このように、ロコモティブシンドロームを防止するという観点からも、私は低侵襲の脊椎手術をたくさんの人に受けてもらいたいと考えています。
お話してきたように、脊椎の低侵襲手術は、身体に負担が少なく効果が高い治療法です。しかし同時に、高い技術を必要とする手術であるため、実施できる医師や医療機関が限られてしまうという課題があります。
一般社団法人日本脊椎脊髄病学会は、脊椎脊髄外科指導医という脊椎脊髄疾患に関する治療経験が豊富な医師を認定していますが、その中であっても脊椎の低侵襲手術ができる医師は現状で2割ほどと言われています。
私は、手術は神の手によってのみ行われるものであってはいけないと思っています。ある人だけが持つ特殊な技術、一定の医療機関だけが持てる高度な機械を使用するから手術ができる、ということでは多くの患者さんを助けることはできません。どこの病院であっても、誰にでも行える手術でなければ、多くの患者さんを救えないのです。
先ほどお話したMISt研究会では、安全で低侵襲な手技の普及を目指し、あらゆる勉強会を実施しています。実際に外国で手術の実習をすることもあります。こうした活動を通じて、多くの医師が脊椎の低侵襲の手術ができるようになればと考えています。
少し話は逸れますが、私は近年、地域医療連携にも力を入れています。というのも、高齢化の進行とともに、病院完結型で治療をする時代ではなくなってきていると思うからです。
昔は私たち整形外科の分野でも3か月など長期にわたり1つの病院に入院することが当たり前でしたが、今は違います。地域全体で連携をとり、患者さんが移動しながら適切な治療を受けることで、治療もよりスムーズになります。そのために必要なことは、地域における顔の見える関係づくりです。
私は地域における勉強会や交流会を積極的に実施しており、そこでは、医療だけではなく介護なども含めた多職種連携を意識するようにしています。
整形外科の分野のなかでも、特に近年では骨粗しょう症が大きな問題になっており、患者数も増加しています。先ほど、脊椎の治療は健康寿命を延ばすことにつながるというお話をしましたが、骨粗しょう症も健康寿命に関わる恐ろしい疾患です。
一般的に、整形外科分野は命に関わる疾患が少ないために軽んじられることも少なくありません。しかし、私は高齢化の進行とともに、今後はますます健康寿命が重要になると考えています。高齢になっても自分の足で歩くことができスポーツや旅行を楽しむことができれば、高齢者の生きがいにつながりますし、疾患の予防にもつながるでしょう。
お話したような脊椎の低侵襲手術の普及をはじめ、健康寿命を延ばすために今後も整形外科医の立場から取り組んでいきたいと思っています。
名古屋第二赤十字病院 院長、名古屋大学 臨床教授
名古屋第二赤十字病院 院長、名古屋大学 臨床教授
日本整形外科学会 整形外科専門医・脊椎内視鏡下手術・技術認定医日本脊椎脊髄病学会 脊椎脊髄外科指導医日本リハビリテーション医学会 リハビリテーション科専門医
脊椎・脊椎外科を専門とし、特に最小侵襲脊椎安定術MIStの世界的なパイオニアである。
1983年に徳島大学医学部を卒業。その翌年、名古屋大学整形外科へ入局し、1989年に名古屋大学医局へ帰局。1990年、32歳の時に一念発起し、メルボルン大阪ダブルハンドヨットレース1991(半年間ヨットで太平洋縦断)に参加。帰国後は名古屋大学整形外科にて医局長、講師などを務める。1999年に名古屋第二赤十字病院の整形外科部長に就任、2012年より副院長、2018年より現職。
佐藤 公治 先生の所属医療機関
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。