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特定看護師とは―未来の日本の在宅医療・チーム医療を担うキーパーソン

特定看護師とは―未来の日本の在宅医療・チーム医療を担うキーパーソン
草間 朋子 先生

東京医療保健大学 副学長/研究科長

草間 朋子 先生

この記事の最終更新は2017年05月22日です。

2014年、「特定行為に係る看護師の研修制度」が盛り込まれた保健師助産師看護師法の改正により特定看護師が誕生しました。特定看護師は、従来は医師の具体的指示を経てからでないと行えなかった医療行為の中で、特定の行為に限ってはあらかじめ示された医師の指示をもとにして看護師が自律して行えるようになるものです。

この特定看護師の創設により、1948年の保健師助産師看護師法の制定以来、初めて看護師の役割拡大が法的に認められることとなりました。では、特定看護師は具体的に医療現場でどのように活躍し、患者さんや医師、看護師にとってどのようなメリットがあるのでしょうか。実際に特定看護師の創設に携われた日本看護連盟 会長 草間 朋子さんにお話をうかがいました。

特定看護師とは、診療の補助として特定の医療行為を、医師の包括的指示、具体的には医師等があらかじめ作成した手順書をもとにタイムリーに行うことができる看護師を指します。「特定行為に係る看護師の研修制度」による研修を厚生労働大臣が指定した研修機関で修了することにより、特定看護師として働くことができます。

研修内容は共通科目(315時間)と特定行為ごとの区分別科目(15〜72時間)にわかれており、おおよそ4か月〜2年間で修了が可能です(区分別科目の内容により異なります)。

研修を修了すると、従来の「患者さんの状態を医師に報告→医師の具体的指示→医療行為の実施」という流れから、手順書をもとに特定の患者さんに対し、手順書記載の病状の範囲内で医師の報告や具体的指示を行わずに特定の医療行為を行うことができるようになります。

 

特定行為に係る看護師の研修制度

現在の特定看護師の数はおよそ350人程度です。厚生労働省では、今後の急性期医療から在宅医療などへの移行を見据え、それらを支えるために2025年までに10万人以上の特定看護師の養成を目標に掲げています。

看護師

私は東京大学医学部衛生看護学科(現・健康総合学科)を卒業し看護師の資格を得ました。しかし大学卒業後から放射線防護学の研究者として従事していたため、看護に本格的に関わるようになったのは1998年、大分県立看護科学大学の学長に就任してからです。大分県立看護科学大学学長在職時に「NP(診療看護師)を日本にも作りたい」と思ったことが、この特定看護師制度を整備するきっかけとなりました。

NPとは、ナース・プラクティショナーの略称です。日本では診療看護師と訳しています。NPは主にアメリカなどで活躍する上級看護職を指し、ある一定の診療を医師と連携を図りながら自己判断で行うことが認められています。アメリカなどでNPは主にプライマリケア(総合的にみることのできる診療)を担っており、重要な職種と位置づけられています。

日本が超高齢社会に突入しているなかで、急性期医療から在宅医療など慢性期医療への移行が必要な点、そして特に過疎地域において医師が不足し、看護師が地域医療を担う大きな役割を持っている点などから、私は日本にもNPが必要であると感じていました。

また、大学院修士課程で学んだ教育資源を社会に還元していく必要性を感じていた点も、NPの創設を考えた大きなきっかけのひとつです。1992年の「看護師等の人材確保の促進に関する法律」の制定後、多くの大学等の教育機関に看護師養成課程が設置されました。それに伴い、学部だけでなく大学院にも看護学の修士課程を設ける大学も増加しましたが、大学院修士課程の定員を充足するところは少なく、大学院修士課程の活用方法について模索している最中でした。

アメリカでは、NPになるには大学院修士課程の修了が必須となっています。そこで私たちも大学院修士課程を活用し、「高度な実践者」を養成するために、大学院修士課程でNP教育を行おうと考えたのです。そして2008年、大分県立看護科学大学大学院修士課程に、全国初のNPコースを設置しました(現在、NPコースでは全21の特定行為区分の特定看護師の研修を修了することができます)。

もちろん、皆さんがご存じの通り、日本ではNPの制度化・法制化には至っていません。法律で定められていないにもかかわらずNPの教育を始めたことは勇気のいる決断でしたが、この取り組みが特定看護師の創設に向けての大きな一歩であったと思います。

その後、大学院でのNP教育を行いながら日本でのNP創設を推進するために関係各所と協議を重ねました。しかしながら「NPは日本においては時期尚早」との結論が厚生労働省の「チーム医療の推進に関する検討会」から出され、日本でのNP創設は叶わなかったものの「今後の在宅医療やチーム医療の推進を見据え、特定の医療行為を医師の包括的指示のもと行える特定看護師(仮称)を作る」という結論が2010年3月に出されました。

そして特定看護師の法整備が進められ、2014年、保健師助産師看護師法の改正という形で特定看護師に関する項目が追加され、2015年10月に施行されました。看護師の役割拡大という点で、本改正は看護師のあり方を大きく変えたものであると考えています。

医師・看護師・患者

特定看護師が認められたことにより、医師の包括的指示により特定の条件下で看護師が自律的に医療行為を行うことができるようになりました。特定看護師制度による看護師の役割拡大は、患者さん、医師、看護師のいずれにおいてもメリットをもたらすものであると信じています。

今までその都度医師の具体的指示を経てから行っていた診療の補助行為としての処置が手順書をもとにタイムリーに行えるようになるため、患者さんの症状をタイムリーに緩和できないもどかしさを覚えることが少なくなるでしょう。加えて研修では医学的知識を学ぶことができ、現場で必要な臨床推論能力を高めることができます。

さらに、特定看護師の研修を修了することで、自身のキャリアアップのひとつの道筋となり、現場での看護師の研修を担当することも可能です。そして現場の看護師のスキルやモチベーションが向上し、よりよい看護を患者さんに提供できるという好循環が生まれます。

あらかじめ医師が作成した手順書のもと、特定看護師が迅速に症状緩和のための処置を行うことができるようになります。たとえば、脱水を繰り返す患者さんであった場合、従来は脱水症状が起こるたびに看護師が担当医に報告し、医師からの具体的指示を得てから処置を行っていました。担当医が看護師の報告を受け、すぐに指示を出せればよいのですが、担当医の不在時などすぐに指示を得られない場合は、看護師は処置を行うことができず患者さんも苦しい状態が続く、ということが起きていました。

そこで特定看護師がいれば、あらかじめ脱水症状がおきたときの処置方法が記載された手順書をもとに、担当医への報告・具体的指示を待たずとも迅速に処置が行えます。つまり、患者さんの症状に対する管理(症状マネジメント)をタイムリーに行うことが可能となるのです。

特定看護師の存在によって患者さんの負担も少なくなります。

また、特定看護師は研修で医学的な知識を学んでいます。そのため、病状や治療の説明などもある程度行うことが可能です。患者さんからすると医師よりも看護師のほうが、接する時間が長いなど、身近なためにいろいろと尋ねやすいという利点もあるかもしれません。

手順書を作成しておけば特定看護師が医療行為を行えるようになるため、医師としての専門業務に専念する時間が確保でき、より多くの患者さんを診療するなどリソースの有効活用が期待できます。手術や高度な検査、医学研究など、医師にしかできない仕事により集中できるようになるでしょう。また特定看護師は研修でより深い医療知識を学ぶため、これから求められるチーム医療を実施していくうえでスムーズな連携が図れることにもつながります。

看護をしている看護師

現在、特定看護師の指定研修機関は40施設あります(2017年3月現在)。しかしながら、特定行為の21区分すべてを修了することができる施設は7つしかありません。なかには1〜2区分しか研修できない施設もあります。この背景には、指定研修機関の多くが大学院でなく病院であることが挙げられます。病院では、その病院で看護師に担ってほしい区分だけを研修内容として扱っていることが多くあるからです。

今後の在宅医療や地域医療において特定看護師が大きな役割を担っていくことを考えると、ごく限られた特定行為だけでは十分にその役割を果たせないでしょう。特に在宅医療においては、在宅医療を受ける方の4分の3は重症者ともいわれていますから、複数の疾患を抱えている場合も多々あります。たとえば創傷管理関連だけの指定研修を修了し、褥瘡(じょくそう・床ずれ)の処置だけできても果たしてそれで十分でしょうか。

在宅医療では、看護師が日常のケアの中心的役割を担うからこそ全区分の特定行為と臨床推論ができることが求められると私は考えています。またチーム医療においてもすべての特定行為をカバーできてこそ、チーム医療のキーパーソンとなる看護師になることができるといえるでしょう。

1〜2区分の特定行為のみできる特定看護師を含めるのであれば、厚生労働省が掲げる10万人以上の特定看護師の養成も達成できるかもしれません。しかし、本当に現場で求められる特定看護師は、現時点で定められた特定行為すべてを行える特定看護師であると思います。

21区分すべての特定行為を行える特定看護師の養成のためには、大学院修士課程が特定看護師の指定研修機関となることが望まれます。

記事2『医療現場での役割分担や医療の効率化としての特定看護師』では、特定看護師が医療職の役割分担に寄与した点や医療の効率化の可能性を秘めている点についてうかがいます。