がん患者さんのなかには、がん自体が直接的に神経を侵したり、抗がん剤の使用が神経伝達を阻害したりすることで、難治性疼痛(とうつう)が起こる方がいます。
難治性疼痛は、鎮痛剤だけでは完全に取り除くことが難しい痛みであるため、医師と患者さんが相談しながら様々な治療法を併せて行うことによって痛みの緩和を目指していきます。
本記事では、難治性疼痛の緩和について、引き続き東京医科歯科大学 腫瘍センター長 三宅智先生にお話を伺いました。
※記事1はこちら:疼痛とは?痛みはなぜ起こるのか−原因とメカニズム
ペインクリニックの鎮痛法の一つに、細い管を背骨の隙間から脊髄周囲の空間に留置して、麻酔薬を注射することで痛みを取り除く方法です。薬剤は全身に回るわけではないため、部分的に痛みをとることが可能です。
インターベンションを利用した鎮痛法を併用することで、ポリファーマシー(様々な種類の薬を併用することによって起こる有害事象)を回避できるというメリットがあります。
放射線治療は、主にがんが骨に転移している患者さんの疼痛を緩和するために行います。
がんが骨に転移すると、転移した腫瘍細胞が破骨細胞(骨を壊す細胞)の活性を高めるため、骨が壊されて痛みが出ます。放射線治療を行うことによって、腫瘍細胞だけではなく破骨細胞自体の活性を抑えることもできるため、疼痛の緩和につながります。
認知行動療法は、痛みそのものを取り除くのではなく、痛みとうまく付き合っていくことを目標に行います。
カウンセリングを重ねて現在感じている痛みとうまく向き合うことで、痛みが軽く感じられることがあります。
マッサージやストレッチによって筋肉を動かすと、血流の改善や、疼痛の原因物質の除去を促す効果があります。
がん治療において抗がん剤を使用すると、神経伝達が障害されて神経障害性疼痛が起こることがあります。(神経障害性疼痛については記事1『疼痛とは?痛みはなぜ起こるのか−原因とメカニズム』を参照)
抗がん剤による疼痛は、手指や足趾の先端、手のひらや足の裏などの末梢から始まったしびれの症状が長く続いてから起こることが特徴です。
このような症状を起こしやすい抗がん剤の種類は、ある程度決まっているので、あらかじめしびれ止めの薬を一緒に服用して予防することもあります。
抗がん剤による副作用の予防・軽減の治療を「支持療法(サポーティブケア)」といいます。
がん治療において、支持療法(サポーティブケア)は、非常に重要で、疼痛だけではなく吐き気などの副作用にも支持療法(サポーティブケア)が適応されます。
がんによる難治性疼痛の治療においては、『WHO方式がん疼痛治療法』が実践されています。
WHO方式がん疼痛治療法とは、『鎮痛薬使用の5原則』と『3段階除痛ラダー』によって成り立っており、医療用麻薬を適切に使用することが定められています。
1.経口的に(by mouth)
鎮痛薬は、患者さん自身で簡単に服用でき、用量調節が容易なので、できる限り経口薬(飲み薬)を使います。
2.時刻を決めて規則正しく(by the clock)
鎮痛薬を決められた時間に服用することによって、がんによる持続的な痛みをコントロールしていきます。
3.除痛ラダーにそって効力の順に(by the ladder)
患者さんの痛みの強さに応じて薬を選択します。薬の選択基準には『3段階除痛ラダー』(後述)が用いられます。
4.患者ごとの個別的な量で(for the individual)
薬物療法では、痛みが消えるまで鎮痛薬を増やしていきますが、痛みが消えるまでの薬の量には個人差があります。鎮痛薬の量は一人ひとりの患者さんに応じて調整していきます。
5.その上で細かい配慮を(with attention to detail)
鎮痛薬を使うと少なからず副作用が発現します。ですから、患者さんに鎮痛薬の作用機序・副作用の説明を行い、事前に副作用を予防する対策をとります。また、患者さんの精神状態に配慮しながら適切な治療を行います。
参考:日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2014年版」
がんによる難治性疼痛では、『3段階除痛ラダー』という基準をもとに薬物療法が行われます。
3段階除痛ラダーでは患者さんの痛みの強さによって、段階的に使用する鎮痛薬が定められています。
痛みが軽い第1段階では、NSAID(非ステロイド性消炎鎮痛薬)やアセトアミノフェンなどに代表される非オピオイド鎮痛薬を使います。
そして、非オピオイド鎮痛薬だけでは効果がないと判断した場合、第2段階では、コデインなどの弱オピオイド鎮痛薬を非オピオイド鎮痛薬と併せて使うことで痛みを取り除いていきます。
それでも痛みを取り除けない場合や、痛みが強く現れている場合には、第3段階であるモルヒネなどの強オピオイド鎮痛薬を使います。
日本では第3段階の強オピオイドが効きにくい場合に、メサドンという特殊なオピオイドを使うことがあります。メサドンは専門知識のある医師しか処方することができないオピオイドで、他のオピオイドに比べると調剤がしにくい一方で、他のオピオイドで不十分であった鎮痛が可能になる場合があります。
持続的な疼痛であっても、痛みの強さは常に一定に感じられるわけではありません。
一般的に、患者さんは夜間になると痛みを強く感じるといわれており、これは夜間に痛みに集中してしまうからではないかと考えられます。また、心地よい環境で精神的にリラックスした状態であると痛みは和らぐのではないかといわれていますが、精神状態と痛みの関係は科学的にはっきりと証明されているわけではありません。
疼痛の治療において、医師が患者さんの痛みの経過を詳細に把握できれば、薬の処方を工夫することが可能です。
たとえば、定時薬(毎日決められた時間に飲む薬)を朝と夜に1錠ずつ服用している患者さんが、朝の内服前に痛みを訴えるようであれば、夜に服用する薬をもう1錠増やして様子をみます。
また、動くことで痛みが強く出る患者さんには、予防的に頓服薬を服用してもらうこともあります。
入院患者さんに比べて、外来患者さんの痛みの経過を把握することは難しいですが、最近では、患者さんが自宅にいながら痛みを記録し、医師と情報共有が可能な電子カルテやアプリケーションなどのツールが導入されてきています。
疼痛の治療では、患者さんがどういった状況で痛みを強く感じるのかを医師と共有しながら、一緒に治療方針を考えていくことが重要になります。
難治性疼痛の治療においては、患者さんの痛みを完全に取り除くことは難しいため、患者さんと医師が相談しながら治療のゴールを決めます。たとえば痛みで眠れない患者さんは眠れるようになること、動けない患者さんは動けるようになることなど、目標を設定したうえで治療を行っています。
また、がん患者さんと非がんの患者さんでも、治療のゴールは異なってきます。
たとえばリウマチなどの整形外科的な疾患は、生命に関わらないことも多いので、痛みを完全に取り除くことよりも、痛み止めの副作用を考慮しながら、ある程度の痛みと付き合っていくというイメージで治療に臨んでもらいます。
これに対して、疼痛のあるがん患者さんは命が限られている場合が多いので、痛みをとることを最優先します。予後を見越して、副作用が出る可能性があっても痛み止めの薬を使い切る場合が多くあります。
このように、治療のゴールは一人ひとりの患者さんによって異なりますが、患者さんの生活の質(QOL)を少しでも上げることができるように目標を設定していきます。
難治性疼痛は、原因やメカニズムなど明らかになっていない部分も多く、現時点では治療法が確立しているとはいえません。
難治性疼痛の治療薬の副作用を恐れる患者さんも多く、副作用の少ない薬の研究・開発が望まれています。
私たちは、患者さんの病気だけに目を向けるのではなく、患者さんというひとりの人間と向き合うことを心掛けています。
医師と患者さんが時間をかけてしっかりとコミュニケーションをとることは、治療において非常に大切なプロセスだと考えます。
また、東京医科歯科大学医学部附属病院 総合がん・緩和ケア科では、医師や看護師に加えて、薬剤師、臨床心理士、ソーシャルワーカーなどの多職種そして患者さんご自身がチームとなって患者さんの痛みの情報収集を行っています。
疼痛は主観的な症状ですので、患者さんは自分の痛みに関しては専門家であるといえます。ですから、このチームのなかに患者さんも入っていただき、私たちと一緒に今後の治療について考えていただきます。
医療において、最終的に医療者と患者さんが意見を全く同じにすることは難しい場合もありますがが、患者さんが治療に対して前向きな姿勢になるように、私たちがサポートできればよいと考えます。
東京科学大学医学部附属病院 腫瘍センター長・総合がん・緩和ケア科 、東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 臨床腫瘍学分野 教授
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