悪性胸膜中皮腫(あくせいきょうまくちゅうひしゅ)とは、内臓の表面を覆う中皮細胞が腫瘍化する「中皮腫」のなかで最も発症数が多いとされるがんの一種です。悪性胸膜中皮腫は、かつて日本中で断熱材として使用されていたアスベスト(石綿)が原因となって起こることが知られています。ひとつの検査で発見することが難しく、また治療も大規模になるため、診断に至るまでには造影CTやレントゲン、PET、胸腔鏡生検、免疫染色といった様々な検査を重ねたうえで慎重に判断する必要があります。今回は悪性胸膜中皮腫の病態と検査の方法について、実際の検査画像を交えながら、熊本大学病院呼吸器外科教授の鈴木実先生にお話しいただきました。
中皮腫(ちゅうひしゅ)とは、胸膜、心膜、腹膜など可動性のある内臓器同士の表面を覆う膜(中皮・詳細は後述)を形成する中皮細胞が腫瘍化したものです。
中皮腫は胸膜・心膜・腹膜の3か所に発生する恐れがありますが、そのほとんどは胸膜に発生する(悪性胸膜中皮腫)とされています。悪性胸膜中皮腫は予後が非常に悪いことが知られており、現在でも診断や治療において多くの課題が残されている疾患のひとつです。
人の肺は壁側胸膜と臓側胸膜に覆われており、このふたつの膜は胸腔を挟んで層のように形成されています。壁側胸膜と臓側胸膜の表面にはそれぞれ中皮が存在し、胸膜同士が癒着しないよう滑りやすさを保っています。また、壁側胸膜と臓側胸膜の空間には10㏄ほど水が溜まっており、可動性(動きやすさ)があります。
このように中皮は、臓器の可動性を確保する膜同士の癒着を防ぐ役割を担っており、こうした構造であるからこそ、人の肺はスムーズに膨らんだり縮んだりできるのです。
冒頭で、中皮腫のほとんどは胸膜に起こる悪性胸膜中皮腫と述べました。アスベストが悪性胸膜中皮腫を多く発症させるメカニズムについては、現在のところはっきりと解明されていません。ただし、アスベストと中皮腫の関連性は確実です。
悪性胸膜中皮腫の最大の原因はアスベストで、患者さんの8割がアスベストの曝露歴がある(過去に住宅の建築・解体業やアスベストを取り扱う工場勤務だった方、そしてその近隣住民の方々など)といわれています。アスベストは、2004年まで日本で断熱材として建築物に用いられていた鉱物で、2006年に全面禁止となったものの、現在でもアスベストを用いた建造物が多く残されています。
2006年以前にアスベストを用いる仕事に就いていた方は、アスベストの曝露歴がある可能性が高いといえます。
アスベストは非常に細くて小さな繊維から成り立つため、吸い込んだアスベストの繊維が肺を突き破るようにして壁側胸膜に刺さり、その部分ががん化すると考えられています。
ただし、これはあくまでアスベストが原因という前提の仮説であり、悪性胸膜中皮腫の原因はまだわかっていない部分も多いため、さらなる研究が求められます。
鉱石の一種であるエリオナイトも、悪性胸膜中皮腫の発生の原因になりうると海外で報告されています。ただし、日本国内でエリオナイトによる発症の報告はまだありません。
また、ご家族ががんになったことのある中皮腫の患者さんのなかの数%に、BAP1遺伝子の変異がみられることもわかっています。BAP1遺伝子の変異がある患者さんの場合、年齢が若い時期に発症し、なおかつ腹膜中皮腫の比率が高いといわれており、遺伝的な原因についても研究が進んでいる段階です。
悪性胸膜中皮腫の患者数は2014年時点で約1,410人とされており、1995年に比べて2.8倍に急増しています。
先ほど述べたように、2004年まではアスベストを使った建築・解体が野放しの状態で行われてきましたが、その後アスベストを断熱材に用いた建築が禁止され、2017年現在では仕事でアスベストに曝露するリスクはほとんどありません。しかし、悪性胸膜中皮腫の発症には数十年の潜伏期間を要します。そのため、2004年以前にアスベストに曝露した方が、2030年までに悪性胸膜中皮腫を発症する可能性はあるのです。こうした状況から、2030年まで、悪性胸膜中皮腫の患者数は増えてくると予測されています。
悪性胸膜中皮腫はCTやレントゲンなどの画像検査にはっきり写らないため早期発見が非常に難しい病気といわれています。また、肺がんや胸膜炎などとも似ているため、複数の検査を重ねて行ったうえで慎重に診断していきます。
一般的にはまずレントゲンの胸水で異常を発見されることが多く、そこから造影CT検査で詳しく検査を行います。悪性胸膜中皮腫に対する検査では、この造影CT検査が最も重要です。
CTによって腫瘍が確認できた場合は、PETや胸膜生検などより精密な検査を行っていきます。
熊本大学ではPETによる画像診断を実施しています。PETでは、腫瘍の場所が光って映し出されるため、手術で腫瘍を採り切れるかを判断することが可能です。
熊本大学では悪性胸膜中皮腫の検査として、CTガイドによる針生検を実施しています。この検査は、腫瘍の部分に細い針を刺して組織を採取し、その組織を病理診断するというものです。
また、最終的に悪性胸膜中皮腫の確定診断をするためには、胸腔鏡手術による胸膜生検が最も確実な方法です。手術をしなければならないので、患者さんの負担は大きくなりますが、しっかりと診断をするために欠かせない検査のひとつです。
悪性胸膜中皮腫は肺がん(腺がん)と細胞の形態が似ているため、混同されることがあります。そこで両者をしっかりと鑑別するために、免疫染色を行います。これにより、中皮腫、肺がん、繊維製胸膜炎を見分けることができます。
悪性胸膜中皮腫の症状は、病気の進行に伴って下記のように現れます。
・自覚症状 胸痛、呼吸困難、咳嗽(がいそう) 主に胸水貯留が原因
・末期症状 上記症状の増悪に加えて、体重減少と食欲不振
・発見動機 自覚症状または検診
しかしながら、自覚症状が生じたときはすでに病気が進行している段階であり、症状が現れた場合は完治が難しくなります。そのため、症状によるサインを待つのではなく、定期検診でCT撮影を行い、早期発見を目指すことが期待されています。
記事2『悪性胸膜中皮腫は手術治療が難しいがん——定期検診の重要性について』では、悪性胸膜中皮腫に対する治療の現状や今後の可能性とともに、定期検診による早期発見・治療の重要性についてお話しします。
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