自分自身の免疫により、口や皮膚、目や性器に炎症などが生じるベーチェット病は、長らく原因不明の病気として扱われてきました。今もなお解明されていない部分が多いベーチェット病ですが、少しずつ発症に関わる要因が明らかになっています。
帝京大学医学部附属病院内科のリウマチ膠原病グループ教授の河野肇(こうのはじめ)先生に、遺伝子や口のなかの衛生環境など、ベーチェット病に関与している因子についてお伺いしました。
ベーチェット病は、口、皮膚、目、外陰部(性器)に現れる4大主症状を特徴とする炎症性の病気です。ベーチェット病では、以下の特徴的な症状のうちのいくつかが、繰り返し現れては消える状態がみられます。
口の症状:口内炎が一度に多発します。高頻度で再発を繰り返します。(再発性口腔内アフタ性潰瘍)
皮膚の症状:ニキビのような発疹が多発します。(ざ瘡様皮疹・ざそうようひしん)皮膚に赤い5cm大の盛り上がりができます。(結節性紅斑・けっせつせいこうはん)
目の症状:眼球の前側・後ろ側にぶどう膜炎、網脈絡膜炎(もうみゃくらくまくえん)が生じます。炎症を繰り返し、視力が低下することがあります。
外陰部の症状:男女ともに、性器に潰瘍という皮膚の欠損が起こります。男性の場合、一度に多数の潰瘍が陰嚢などに生じる傾向があります。女性の場合、皮膚がえぐれるような深い大型の潰瘍がひとつできるものが典型的です。
ベーチェット病は、膠原病(こうげんびょう)のひとつであるといわれてます。膠原病とは、自分自身の免疫が活性化し、誤って自己を攻撃してしまうことで起こる病気です。
ベーチェット病の特徴である口、目、皮膚、外陰部の症状も、免疫の異常な活性化と自己への攻撃により起こることがわかっています。
ベーチェット病の原因については、わかっている部分以上に未解明の部分が多くあります。前項でお話ししたように、最終的には自己の免疫が活性化することにより、炎症などの症状が起こることは明らかになっています。
しかし、なぜ自己の免疫が異常に活性化するのかについては、現時点ではわかっていません(2018年1月時点)。
ベーチェット病の発症に関与していることがわかっている因子には、以下のものがあります。
【内因(生まれつき持っている体質などのこと)】
【外因(生活習慣や環境、後天性の病気などのこと)】
これらは、ベーチェット病の発症を決定づける要素ではありませんが、病気の「なりやすさ」には関わっていると考えられています。
それぞれの因子について、詳しくみていきましょう。
ベーチェット病の発症に関わっている遺伝子(感受性遺伝子)は、少なくとも数十個わかっています。2010年には、次項に記すHLA以外にも、IL-23受容体、IL-12受容体β2鎖、IL-10といった感受性遺伝子が同定されました。※[1].[2]
ただし、ある遺伝子を持っていると必ずベーチェット病を発症するというわけではありません。
HLA(ヒト白血球型抗原)のさまざまなタイプのうち、HLA-B51というタイプがベーチェット病の発症と強く関係していることがわかっています。
赤血球にはA型やB型といった血液型がありますが、HLAとは白血球の血液型のようなものとイメージしていただくとよいでしょう。
具体的には、HLA-B51を持っている方のほうが、持っていない方に比べ約6~9倍ベーチェット病になりやすいことがわかっています。
ただし、HLA-B51を持つ日本人のうち、実際にベーチェット病を発症する人は、確率でいうと1,000人に1人以下です。
1991年の厚生省(現・厚生労働省)ベーチェット病調査研究班の報告によると、日本のベーチェット病の患者さんのうち、HLA-B51を持っている方の割合は約50~60%とされています。日本の全人口のうちHLA-B51を持っている方の割合は文献により異なるものの約17%※[3]とされており、HLA-Bのなかでは3番目に頻度の多い型です。
日本人の人口を約1億2,000万人強として計算すると、HLA-B51を持っている日本人は約2,000万人となります。
一方、我が国のベーチェット病の患者数は約2万人(2013年3月末時点の特定疾患医療受給者数は19,147人)とされていますから、このうち約50~60%にあたる約1万人~1万2,000人の方がHLA-B51のHLAを持っていることになります。
つまり、HLA-B51を持っている方のうち、ベーチェット病を発病するのは1,000人に1人以下しかいないということになります。
このほかHLA-A26というタイプも、日本人のベーチェット病患者さんに多くみられることがわかっています。※[4]
喫煙については、ベーチェット病のなかの特殊病型(まれなタイプ)である、慢性進行性の中枢神経病変と強い関係があることがわかっています。※[5].[6]
慢性進行性の中枢神経病変とは、ふらつく、ろれつが回らないなど、主に小脳の機能に関する症状のことを指します。
症状の詳細は、記事2『ベーチェット病の4大主症状と治療』をご覧ください。
ベーチェット病の発症には、生まれ持った内因と、環境や生活習慣などで作られる外因が関与しています。外因のなかでは、口腔内の衛生環境との関係が示唆されています。
ベーチェット病の患者さんに対して口腔内ケアを行い、歯周病を改善することで、ベーチェット病による口内炎(口腔内潰瘍)は減ることがわかっています。※[7]
最近になり、腸内細菌の構成(細菌叢:さいきんそう)が、ベーチェット病の患者さんとそうではない方で異なることがわかり、発症との関与が想定されるようになりました。※[8][9]
ただし、現時点では特徴的な細菌叢が因子となりベーチェット病を発症するのか、ベーチェット病を発症したから細菌叢が変化するのか、原因と結果の関係はわかっていません(2018年1月時点)。
ベーチェット病は遺伝する確率が以下のように低く、家族内で発症するケースもまれな病気です。
前の項目で、HLA-B51というHLAのタイプがベーチェット病の発症に関与していると述べました。HLA-B51を持っておられるベーチェット病患者さんのお子さんが、HLA-B51を受け継ぐ確率は約2分の1です。この数値はどのHLAのタイプでも変わりません。また、日本人でHLA-B51を持っていると考えられる約2,000万人のうち、実際にベーチェット病を発症している方は約1万人です。
したがって、HLA-B51がお子さんに2分の1の確率で引き継がれた場合でも、実際に発症する確率は1,000分の1以下となります。
さまざまな内因・外因により起こる多因子疾患のなかには、遺伝子の関与が強い病気と、弱い病気があります。一般の方にもよく知られている2型糖尿病のように、遺伝子の関与が強い病気などと比べた場合、ベーチェット病と遺伝子の関連は弱いといえます。
ベーチェット病はうつる病気(感染症)ではありません。うつる病気とは、基本的に細菌やウイルス、真菌(カビ)などの病原体が、人から人へ運ばれるものを指します。
ベーチェット病はこのような感染症とは異なり、自分自身の免疫が活性化して自己を攻撃してしまう膠原病のひとつです。握手や口移し、性行為といった接触などにより、病気や症状がうつる心配はありません。
ベーチェット病を発症しやすい年齢は、男性も女性も20~40歳代です。発症のしやすさに男女差はありませんが、男性のほうが重症化しやすいことがわかっています。具体的には、目の症状や慢性進行性の中枢神経病変、血管の病変など、重い障害を残しやすい傾向のある症状が、女性に比べ男性の患者さんに多くみられます。
ただし、先述したとおり慢性進行性の中枢神経病変はベーチェット病の症状のなかでもまれな特殊病型です。
次の記事『ベーチェット病の4大主症状と治療』では、ベーチェット病の症状と治療についてお話しします。
[1] Remmers EF, Cosan F, Kirino Y, Ombrello MJ, Abaci N, Satorius C,et al.Genome-wide association study identifies variants in the MHC class I, IL10, and IL23R-IL12RB2 regions associated with Behcet's disease.Nat Genet 2010;42:698-702
[2] Mizuki N, Meguro A, Ota M, Ohno S, Shiota T, Kawagoe T et al. Genome-wide association studies identify IL23R-IL12RB2 and IL10 as Behcet's disease susceptibility loci.Nat Genet. 2010;42:703-6
[3] HLA研究所 2013年12月31日時点のデータを参照(http://hla.or.jp/med/frequency_search/ja/sero/)
[4] 浅子来美(2011)「日本人 Behcet病における HLA-A26」『臨床リウマチ』23: 29~36
[5]Denman AM, Fialkow PJ, Pelton BK, Salo AC, Appleford DJ, Gilchrist C.Lymphocyte abnormalities in Behcet's syndrome.1980 Oct;42(1):175-85.
[6] Akman A1, Kacaroglu H, Donmez L, Bacanli A, Alpsoy E. Relationship between periodontal findings and Behcet's disease: a controlled study.J Clin Periodontol. 2007 Jun;34(6):485-91
[7] Umit Karacayli,Gonca Mumcu,Ismail Simsek,Salih Pay,Osman Kose,Hakan Erdem,Haner Direskeneli, Yilmaz Gunaydin, Ayhan DincThe close association between dental and periodontal treatments and oral ulcer course in Behcet's disease:a prospective clinical study, J Oral Pathol Med 2009;38:410-5
[8] Consolandi C,Turroni S, Emmi G, Severgnini M, Fiori 2, Peano C, et al.Behcet's syndrome patients exhibit specific microbiome signature.Autoimmun Rev. 2015 Apr;14(4):269-76
[9] Lehner T, Lavery E, Smith R, van der Zee R, Mizushima Y, Shinnick T. Association between the 65-kilodalton heat shock protein, Streptococcus sanguis, and the corresponding antibodies in Behcet's syndrome. Infect Immun. 1991 Apr;59(4):1434-41.
帝京大学 医学部内科学講座 教授
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