インタビュー

食道がんのリスクになる?バレット食道とは

食道がんのリスクになる?バレット食道とは
小池 智幸 先生

東北大学病院 消化器内科 准教授/消化器内視鏡センター センター長

小池 智幸 先生

この記事の最終更新は2018年04月23日です。

胃酸を含む胃内容物が食道に逆流すると逆流性食道炎になり、食道の粘膜にびらんや潰瘍が発生します。その治癒・修復の過程で、食道の粘膜が本来の扁平上皮ではなく円柱上皮に置き換わった状態を「バレット食道」と呼びます。バレット食道そのものは生命に大きくかかわる状態ではありませんが、食道がん(腺がん)の発生母地となる可能性があるため、注意深く経過観察を行う必要があります。

本記事ではバレット食道について、東北大学病院消化器内視鏡センター センター長・消化器内科 准教授 小池智幸先生にお話しいただきました。

バレット食道とは、本来は扁平上皮で覆われているはずの食道の粘膜が、胃から連続的に伸びる円柱上皮に置き換わっている状態をいいます。バレット食道の患者さんでは、胸やけや呑酸などの症状がみられることがありますが、無症状の方も少なくありません。

呑酸(どんさん):のどの辺りや口のなかに酸っぱい胃の中身が逆流する感じがする

しかし、バレット食道は食道がんに対してリスクが高い状態です。そのため定期的に内視鏡検査を受け、慎重に経過観察を行う必要があると考えられています。

左:正常な食道 右:バレット食道

日本食道学会ではバレット食道を大きく2種類に分けており、全周性に3センチメートル以上のものをLSBE(long segment Barrett esophagus)、バレット粘膜の一部が3センチメートル未満であるか、または非全周性のものをSSBE(short segment Barrett esophagus)と定めています。

日本ではSSBEの頻度が高く、LSBEはまれです。また、SSBEに比べてLSBEでは、より発がんリスクが高いと考えられています。

通常、食道は扁平上皮という粘膜で覆われていますが、逆流性食道炎の治癒過程で胃と同じ円柱上皮という粘膜に置き換わりバレット食道になると考えられています。

逆流性食道炎とは、胃酸を含む胃内容物が、食道に逆流することで食道の粘膜にびらんや潰瘍が発生した状態です。

びらん…ただれること

潰瘍(かいよう)…粘膜の表面が炎症を起こしてくずれることでできた傷が深くえぐれたようになった状態

近年、日本において逆流性食道炎の増加が指摘されていますが、その原因のひとつにピロリ菌の感染率低下が挙げられます。ピロリ菌に感染していると、日本人の場合ほとんどが「萎縮性胃炎」という低酸状態になり、逆流性食道炎の発生には抑制的にはたらくと報告されています。

しかし、近年は衛生環境の向上、胃潰瘍十二指腸潰瘍の再発抑制や胃がん発生のリスクを低下させるためにピロリ菌の除菌治療を受けられる方が増えたことが関係し、感染者が減少しています。ピロリ菌に感染していない方は胃酸が保たれていることが多く、ピロリ菌感染者に比べると逆流性食道炎が起こりやすいと考えられています。

バレット食道は、内視鏡(体の内部を観察・治療する医療器具)で診断します。本来は扁平上皮の食道が円柱上皮になっていた場合、内視鏡で容易に診断可能です。さらに、組織の一部を採取して顕微鏡で調べる生検を行い、円柱上皮や、がんのリスクに関連している腸上皮化生を確認する場合もあります。

バレット食道と診断された場合、欧米では内視鏡を使って病変部位(病気による変化が起きている箇所)を焼灼する、内視鏡的焼灼術が行われることがありますが、これは日本ではほとんど行われていません。なぜなら日本でよくみられるバレット食道は、前述した通りSSBEがほとんどで、バレット食道から食道がん(腺がん)が発生する確率は欧米よりも低いと考えられているからです。

そのため、積極的にバレット食道の治療を行うのではなく、胃酸の分泌を抑えるプロトンポンプ阻害薬(PPI)などの酸分泌抑制薬を内服し、バレット食道の原因である逆流性食道炎の治療を行いながら経過観察を行うのが一般的です。

バレット食道食道がん(腺がん)の発生母地になる可能性があります。

アメリカで行われた調査によると、3センチメートル以上のバレット食道(LSBE)からがんが発生する確率は、1年間で約0.4パーセントと報告されています。しかし、日本ではバレット食道がんの症例数が少ないということもあり、バレット食道からがんが発生する確率の報告はほとんどありませんでした。

しかし、最近日本消化器内視鏡学会の調査結果から3センチメートル以上のバレット食道から1年間でがんが発生する確率が1.2パーセントであるという報告がなされ、日本においても特に長いバレット食道には注意が必要であることが明らかになりつつあります。なお、アメリカで行われた調査よりもがん発生の確率が高いようにみえるのは、本邦と欧米のがんの診断基準の違いなどの影響があるものと考えられています。

食道がん(腺がん)の危険因子としては、男性、肥満、白人であることが報告されており、これらの危険因子とさらに逆流性食道炎の症状がみられる場合は特に注意深く経過観察を行います。

バレット食道から食道がん(腺がん)が発生した場合、胃や食道がん(扁平上皮がん)に準じて治療を行います。一般的に粘膜のなかにとどまっている早期のがんは転移しないと考えられており、早期の食道がん(腺がん)に対しては食道の内側から内視鏡治療を行います。

内視鏡治療には大きく分けて、内視鏡的粘膜切除術(EMR)と内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の2種類があります。

内視鏡的粘膜切除術(EMR)とは、あらかじめがん病変の下の粘膜下層に生理用食塩水を注入し、病変を盛り上げてから、スネアというワイヤーを使って高周波電流を流すことでがんを切除する治療法です。

内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)とは、ヒアルロン酸などを病変の下の粘膜下層に注入し、病変を盛り上げてから、電気メスを使って粘膜下層を直接剥離する治療法です。内視鏡的粘膜切除術(EMR)と比較すると、より大きな病変でも確実に一括切除することが可能であるといえます。

小池先生

欧米に比較し、日本ではより発がんリスクが高い、長いバレット食道はあまりみられませんが、逆流性食道炎の増加にともない、今後増加する可能性は十分考えられます。

バレット食道から発症する食道がん(腺がん)が進行してしまった場合、その予後は良好ではないという報告もありますが、もしバレット食道から食道がん(腺がん)が発生しても、早期(がんが粘膜内にとどまる状態)で見つけることができれば内視鏡で治療が可能です。そのためバレット食道と診断された場合でも過度に心配するのではなく、定期的に内視鏡検査で経過観察を行うことが大切です。

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