「胃食道逆流症とは―胸焼けと呑酸」では、胃食道逆流症という病気について詳しくご説明しました。この記事では、引き続き富士市立中央病院院長・東京慈恵会医科大学客員教授の柏木秀幸先生に、胃食道逆流症の手術や合併症、薬物療法や内視鏡手術との比較について解説していただきます。
胃食道逆流症(GERD) は良性の病気です。そのため、病気がわかった時点ですぐに手術を選択することはありません。治療の第一選択としては、逆流する胃酸を抑えるプロトンポンプ阻害薬(PPI)という薬を用います。非常に強力な酸分泌抑制薬で、多くの患者さんの治療が容易となりましたが、この病気の特徴としては服薬を中止すると高頻度で再発するというものがあります。
このような慢性疾患に対する治療として、最初の初期治療と、その治癒した状態を維持する寛解維持療法があります。内服治療を中止しても、たまにしか症状の出ない場合は、オンデマンド治療(症状のあるときに服用)でも大丈夫です、休薬するとすぐに症状が出てくる場合には内服を継続(維持療法)しなければなりません。
手術の選択を考慮するケースは、以下の通りです。
胃食道逆流症の手術は「生活の質を上げる」「症状を抑える」ということを目的にしていますが、手術に際しても、術後の合併症が起きないように細心の注意が必要です。一方、手術としては、従来の開腹手術から、体への負担が少ない腹腔鏡下手術が主流になってきました。アメリカの消化器内視鏡外科医が参照するSAGES(Society of American Gastrointestinal Endoscopic Surgeons)のガイドラインによれば、以下の場合に胃食道逆流症、食道裂孔ヘルニア症例に対する手術が推奨されています。
ここで重要なことは、内科的治療で症状が改善されない場合には、手術という治療法の選択肢があるということです。一方、逆流防止手術は、あくまでも胃食道逆流の治療ですので、病気が逆流によるものでなければ、効果がありません。特に、PPIによる反応が全くない場合には、逆流が存在するのかどうかを疑って検査し、手術適応を判断する必要があります。
胃食道逆流症(GERD)に対するもっとも効果的な外科治療法として広く採用されているのは、噴門形成術(ふんもんけいせいじゅつ)です。この手術は胃の上部を食道に巻きつけることによって、胃から食道への逆流を防止する治療です。以前は開腹手術や開胸手術によって行われていましたが、近年腹腔鏡手術の技術が向上したため、腹腔鏡下噴門形成術が広く普及してきました。
腹腔鏡手術は1990年代に登場してから、多くの腹部手術に用いられるようになってきました。開腹手術のように大きな傷が体に残りませんが、特に手術後の痛みが少なく、早い段階から体を動かすことができますので、低侵襲性治療として普及してきました。腹腔鏡手術は、従来の開腹手術に比べ、低侵襲ではありますが、一方において高度な技術が求められるようになりました。
逆流防止手術として噴門形成術が行われていますが、ニッセン手術(Nissen法)とトゥーペ手術(Toupet法)という2種類の手術法が多く行われています。どちらも胃の上部を食道に巻きつけるという点では同様です。現在、東京慈恵会医科大学附属病院消化管外科では主にトゥーペ手術が用いられています。以下にこの2つの手術方法の違いをご説明します。
術後の嚥下困難を避けるために、トゥーペ手術が採用されるケースが多くなってきていますが、世界的に見れば、まだまだニッセン手術が多く行われています。
一般的に手術に見られる合併症は起こる可能性があります。食道胃の手術の中でも、切除を伴う手術では吻合に伴う合併症、特に縫合不全の危険性がありますが、本手術ではその危険性はありません。全身麻酔ですので、高齢者では肺炎などの合併症の危険性があり、深部静脈血栓症の予防のために早期離床が勧められています。深部静脈血栓症は、稀ではありますが危険性の高い肺塞栓症を引き起こす可能性がありますので注意が必要です。
胃食道逆流症における噴門形成術に特有の代表的な合併症は、嚥下困難(食物を飲み込む際につかえる症状)です。これは、胃の上部を食道に巻きつける手術(噴門形成術)のために起こりますが、一般的につかえる感覚は1ヵ月程度でかなり改善し、おおよそ3ヶ月程度で消失します。それでも改善しない場合は、食道に内視鏡を挿入し、狭くなった食道と胃の結合部をバルーンで拡張することにより、食物の通りを良くする治療を行うこともあります。この飲み込むときの「つかえ」が起こると、有効な薬剤がないため、摂取する食事内容の制限を行わなければなりません。そのため、つかえが出やすく、症状の続く治りづらいニッセン手術より、トゥーペ手術が採用されることが多くなりました。
噴門形成術で逆流が消失した際に、ゲップが出なくなります。これは手術後に起こる大きな変化の一つです。ゲップは胃に溜まった空気を押し出すために行われる行為ですが、噴門形成術が有効に働いていると、胃に溜まった空気が出せず、おならが増えます。トゥーペ手術では、時間が経過すると、ゲップが出るようになることがあります。また、ゲップの多くは飲み込んだ空気ですが、胃食道逆流症の患者さんでは飲み込む空気の量が増えることがあり、これを吞気症と呼びます。食道への酸逆流に対し、唾液の嚥下で緩和を図る行為だとも考えられています。
前の項でも説明したように、胃食道逆流症自体は良性の疾患です。がんのように、病気が見つかった時点で手術を急がなければならない病気ではありません。まずは、PPIのような酸分泌抑制薬による治療を開始し、同時に、なぜ胃食道逆流症が生じたのかを見直す必要があります。ストレスや体重増加が原因となっていることもありますが、胃癌などの悪性疾患が関与していることもあるからです。
PPIは非常に強力に胃酸を抑制することができるので、逆流性食道炎の治療は容易になってきました。さらに強い薬も登場してきているので、今日では治療の第一選択はPPIです。特に逆流性食道炎では、90%以上の初期治療の有効性が証明されています。
ただし、この病気は、薬の服用を中止すると再発しやすい慢性の病気であることを忘れてはなりません。原因となるものが除かれなければ、再発しやすいことになります。同じ酸分泌抑制薬でもヒスタミンH2ブロッカーは、長期服用により酸分泌抑制効果の低下が起こりますが、PPIの場合には、長期服用による酸分泌抑制効果の低下が起こりにくいと言われています。
一方、酸分泌抑制薬は、逆流そのものを止めているわけではありません。特に、十二指腸液の逆流が加わるような混合逆流では、酸分泌抑制だけでは、治療効果の限界があります。例えば、逆流が原因となる呼吸器症状に関しては、手術療法の方が有用となることがあります。
より低侵襲的な治療法としては、内視鏡治療があげられます。管腔内視鏡は診断ならびに治療の領域において急速に進歩してきました。胃食道逆流症では、経口的に内視鏡や器具を挿入して、逆流防止治療が行われます。21世紀に入り、米国を中心に登場してきました。日本でも、以前エンドシンチという内視鏡治療が保険診療で行われていましたが、現在のところ、内視鏡治療の中で保険診療として行われているものはありません。これまでに色々な内視鏡治療が登場しましたが、最近では、EsophyX™なども登場しています。逆流防止を目的とした治療であり、手術療法よりも低侵襲であると考えられますが、腹腔鏡下逆流防止手術に比べ、治療効果や長期成績が劣るため、普及していないのが実情です。また、大きな食道裂孔ヘルニアを伴う場合には適応がありません。
富士市立中央病院 院長、東京慈恵会医科大学 客員教授
富士市立中央病院 院長、東京慈恵会医科大学 客員教授
日本外科学会 外科専門医・指導医日本消化器外科学会 消化器外科専門医・消化器外科指導医・消化器がん外科治療認定医日本消化器病学会 消化器病専門医・消化器病指導医日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医・消化器内視鏡指導医日本内視鏡外科学会 技術認定取得者(消化器・一般外科領域)日本消化管学会 胃腸科専門医・胃腸科指導医日本腹部救急医学会 腹部救急認定医・腹部救急教育医日本食道学会 食道科認定医
1978年東京慈恵会医科大学卒業。1982年東京慈恵会医科大学大学院卒業。1982年より東京慈恵会医科大学第二外科学教室医員を経て1992年東京慈恵会医科大学第二外科学教授講師。附属病院消化管外科診療部長、外科学講座教授を得て、現在富士市立中央病院院長。食道の良性疾患(食道アカラシア、胃食道逆流症、食道裂孔ヘルニアなどの非がん疾患)のスペシャリストとして臨床に携わる。
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