私たちが生命を維持するうえで欠かせない行為のひとつに食事があります。食事をすることによって、生命を維持するためのエネルギーを得ることができますが、これには食物をエネルギーに変える消化器の働きが欠かせません。
口から入れた食物を胃へ運ぶために食道があります。そして、食道と胃のつなぎ目にあたる下部食道括約筋に異常が生じる病気に「食道アカラシア」があります。食道アカラシアでは、食道自体の動きがなくなり、さらに下部食道括約部が開かなくなるため、食物が食道に停滞して、胃への流れが悪くなります。この食道アカラシアについて、富士市立中央病院院長・東京慈恵会医科大学客員教授の柏木秀幸先生に解説していただきました。
食道と胃の境には下部食道括約部(Lower Esophageal Sphincter:LES と略します)という胃への流れを調整する箇所が存在します。食物を飲み込むと食道から胃に食物が運ばれますが、この際にLESが弛緩して食物を速やかに胃へ流します。一方、胃で食物が消化されるときは、LESが収縮して胃酸や胃の内容物が食道に逆流してこないようにします。胃が消化を始めた際の「収縮して胃酸や胃の内容物が食道に逆流しないようにする働き」の障害が逆流症でしたが、食事の際に「弛緩して速やかに食べ物を胃に押し流す働き」が障害されているのが食道アカラシアです。
食道アカラシアの患者さんのLESは、常に収縮しており、食事などでも弛緩することがありません。さらに病気の範囲は食道にも広がっていますので、食べ物を押し出す力が非常に弱くなっています。その結果、食物が常に食道に溜まった状態になりがちになります。このため患者さんは「物を飲み込みにくい」、「なにかつかえた感じがする」、「吐いてしまう」などといった症状が生じるようになります。
また、慢性的に食道内に食物や唾液が停滞しているため、特に夜間寝ているときに、食物や唾液の口腔内への逆流が起こりやすくなります。一方、夜間に喘息患者さんのような咳の症状を訴える方もいます。また、就寝すると、口や鼻に食事や唾液が逆流して、枕もとが汚れてしまったという経験を持つ方も少なくありません。癌のような悪性疾患で見られる嚥下困難は時間経過とともに悪化しますが、液体の嚥下障害は最後にならないと出現しません。一方、アカラシアの嚥下困難は、気候や精神的状態による影響を受けるために、症状の弱い時と強い時があり、液体の通過障害も早期から見られます。
食道アカラシアの患者さんのうち、約40~50%が強い胸の痛みを訴えます。これは食道自体の収縮や感覚異常が関与していますが、中には心筋梗塞や狭心症と間違えるほど強い痛みを感じる場合もあります。最初、心臓の痛みだと思われていた胸痛の患者さんが、その後に嚥下困難が出現するようになって、アカラシアと診断されることもあります。
食道アカラシアは食道の神経障害が原因と考えられており、その結果、運動障害が生じます。また、神経は食道に生じる変化を感覚として中枢に伝える役目があります。この感覚系の障害が本疾患の背景に存在することも重要な点です。感覚異常は、胸痛のような症状の発現にも関与していますが、感覚は鈍磨の状態にありますので、慢性的に食道に食べ物が残っていても自覚できないことがあります。その結果、食道内の食物停滞が長期にわたり経過するため、食道の拡張や蛇行が進行してきます。
食道アカラシアに罹患する患者さんは、人口10万人あたりに1人といわれています。まれな病気であるため、現在でも、その原因がよくわかっていませんが、食道やLESの神経細胞の変性・減少が生じる原因としては、ウイルス感染に伴う生体反応がその一因ではないかと考えられています。
症状だけでは、食道癌や胃癌の鑑別が重要です。また、食物が口側へこみ上げてくる症状から胃食道逆流症と間違えられることもあります。進行例では、食道の拡張と食道内の食物残渣貯留などの所見により、内視鏡検査でも診断できますが、軽症例では見逃されがちになります。特殊な検査としては、食道内圧検査が行われ、特に高解像度の内圧検査が行われるようになってきましたが、一部の専門施設でしか行うことができません。一方、バリウム検査は、消化器を専門とする施設では、多く行われている検査法で、アカラシアを始め、食道運動障害の診断に有用です。
我が国では、約40年前から、このバリウムに造影検査による食道の形により、アカラシアを分類してきました。この日本食道学会による「食道アカラシア取扱い規約」は、2012年に改訂されました。食道アカラシアに関しては、食道の屈曲度の程度や重症化の評価が行われていますが、屈曲が強くなるとLESの通過障害の改善を行っても、食道内における食物の停滞が残りやすくなります。この改訂では、従来の(1)紡錘型、(2)フラスコ型、(3)S字状型の分類から、(1)直線型と(2)シグモイド型の2型に分類し、さらにシグモイド型の重症例を進行シグモイド型として加えています。また、新しい取扱い規約では、新たに内視鏡検査による分類が加えられています。アカラシアに関する正確な診断とともに、重症度の評価が治療を進めていく上で大切です。
富士市立中央病院 院長、東京慈恵会医科大学 客員教授
富士市立中央病院 院長、東京慈恵会医科大学 客員教授
日本外科学会 外科専門医・指導医日本消化器外科学会 消化器外科専門医・消化器外科指導医・消化器がん外科治療認定医日本消化器病学会 消化器病専門医・消化器病指導医日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医・消化器内視鏡指導医日本内視鏡外科学会 技術認定取得者(消化器・一般外科領域)日本消化管学会 胃腸科専門医・胃腸科指導医日本腹部救急医学会 腹部救急認定医・腹部救急教育医日本食道学会 食道科認定医
1978年東京慈恵会医科大学卒業。1982年東京慈恵会医科大学大学院卒業。1982年より東京慈恵会医科大学第二外科学教室医員を経て1992年東京慈恵会医科大学第二外科学教授講師。附属病院消化管外科診療部長、外科学講座教授を得て、現在富士市立中央病院院長。食道の良性疾患(食道アカラシア、胃食道逆流症、食道裂孔ヘルニアなどの非がん疾患)のスペシャリストとして臨床に携わる。
柏木 秀幸 先生の所属医療機関
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