「食道アカラシアとは―食道のつかえと胸痛」では、食道アカラシアがどのような病気なのかについてご説明しました。この記事では引き続き、食道アカラシアの治療について、手術を中心に富士市立中央病院院長・東京慈恵会医科大学客員教授の柏木秀幸先生に解説していただきました。
食道アカラシアは、まれな病気ですが、良性の疾患です。そのため、侵襲の少ない(体への負担が少ない)治療がから選択していくべきです。しかし、アカラシア特有の治療薬はありません。そのため、食道平滑筋が緩くなるように、狭心症や心筋梗塞に用いられている薬を用いることがあります。具体的にはカルシウム拮抗薬、亜硝酸製剤などです。しかし残念ながら、薬では十分な症状の改善が得られません。
副作用としては、血圧の低下に注意が必要です。症状の発現に、食事が重要で、特に就寝前の食事摂取を控えるなどの工夫が行われています。また、胸痛の症状に対しては自律神経を穏やかにする薬や漢方薬(芍薬甘草湯など)を用いることもあります。
この病気は17世紀半ばから報告されていますが、当初から拡張治療が行われています。この病気に対しては昔から、食道下端部、すなわちLES部を広げると症状が改善することは分かっていました。当初は、食道ブジーという方法が行われていました。これは先の細くなった棒状のものを挿入することで拡張するものです。最近では、バルーンという細い管に風船のついたものでの拡張も行われます。ただし直径3cm以上に膨らませるので、穿孔や出血の危険性があります。そのため意識下に痛みの反応を見ながら拡張を行いますが、拡張治療後の合併症の有無を観察するため、入院治療となります。
拡張が得られると症状が改善しますが、若いヒトで再発しやすい傾向にあり、最初から手術が勧められます。拡張を繰り返すことにより、症状の改善効果は高くなりますが、食道周囲の癒着により手術時における粘膜損傷の危険性が高くなり、手術自体が難しくなります。
最近では、内視鏡を用いた新しい手術POEM(内視鏡的筋層切開術)が開発されています。一部の施設において先進医療として行われていますが、良好な成績が示されています。筋層を切開するため、拡張治療に比べ再発率が低くなります。POEMは他の外科的手術と同じように、下部食道の筋肉を切開することで食べ物が胃へ通りやすくする手術です。したがって、手術後に胃液や胃内容物の食道への逆流が生じるリスクはあります。ただし、経口内視鏡を使う治療のため低侵襲であり、今後普及していく治療のひとつです。
従来開腹や開胸によって行われていた食道アカラシアの手術は、1990年代の腹腔鏡手術の登場とともに、腹腔鏡下に行われるようになりました。従来の開腹手術よりも低侵襲性であり、拡張治療に比べ、治療効果が確実であることから、急速に普及してきたといえます。
腹腔鏡下手術は、腹部に4~5個程度の小さな孔をあけて行うことが一般的でした。この病気は若年者にも見られるために、東京慈恵会医科大学病院では、単孔式腹腔鏡手術(Single Incisional Laparoscopic Surgery;SILS)を、食道アカラシアの腹腔鏡手術では、積極的に取り入れてきました。SILSは欧米で開発された手術方法で、臍(おへそ)から器具を腹腔に挿入して手術を行う方法です。ただし、完全に臍の1箇所のみから腹腔に手術器具を挿入すると、手術が煩雑になることが避けられません。そこで、臍の他に腹部に1つ小さな孔をあける腹腔鏡手術(SILS+1)を推奨しています。
これらの手術では、腹部に傷が残る箇所が限られています。そのため、美容面におけるメリットがあります。その反面、SILS、SILS+1とも手術操作が複雑となるうえに高度な技術を要するため、従来の方法に比較して手術時間が長くなりやすいというデメリットがあります。また、患者さんの病態によっては、この手術方法が可能でない場合もあります。
食道アカラシアの手術では、食道が収縮して胃へ食べ物が通りにくい状態を改善する手術(ヘラー筋層切開術)と、胃液や胃の内容物が逆流するのを防ぐ(ドール噴門形成術)を同時に行う必要があります。
ヘラー手術は、食道から胃にかけて筋肉を縦に切開します。そして、縦に切開した筋肉を広げることにより、下の粘膜を露出します。すると、食道の前面は非常に柔らかい粘膜だけになるために食道内腔が広がっており、食事がスムーズに胃に送られるようになります。患者さんの多くの方が訴える「つかえ感」などの症状はほとんど消失します。
ただし、筋層切開術だけでは胃と食道をつなぐ部位がゆるくなったままになりますので、胃液や胃の内容物が逆流してしまいます。このため、開腹・開胸手術の時代に逆流防止手術が加えられるようになりました。流れを良くすることに重点をおいて、トーペ手術のような噴門形成術が行われることもありますが、筋層切開部を胃の組織の一部を用いて前側から被うドール手術(Dor)の方が多く行われています。筋層切開時に起こる合併症としては粘膜損傷(穿孔)が重要ですが、ドール手術により損傷部を被覆することにより、合併症を抑えるため、安全性の高い治療と言えます。
腹腔鏡下の食道アカラシア手術の術中合併症としては、出血の危険性はありますが、大量出血の危険性は低いのです。食道裂孔から、縦隔内にある食道を露出する際に、胸腔の壁側胸膜の損傷により、気胸の危険性があります。また、筋層切開時の粘膜損傷(穿孔)は10%近くに見られます。術前に拡張を繰り返していると、損傷の危険性が高くなります。
食道アカラシアに対する拡張治療や筋層切開術の術後の早期合併症としては、まれですが、穿孔や出血が起こることがあります。また、一般的な全身麻酔に伴う合併症も見られますが、特に高齢者では呼吸器の合併症に注意が必要です。一方、退院しての時間がたってからの合併症としては逆流性食道炎と再発が重要です。逆流性食道炎とは、胃酸が食道へ逆流することにより、食道に炎症や潰瘍を起こす病気です。食道アカラシアでは、食道から胃へものを送り出す力(蠕動)も低下していますので、同じ程度の逆流でも重症化しやすくなるのですが、さらに知覚の鈍麻や異常が存在しますので、症状だけで見ていると重症化した食道炎となっていることもあります。
ドール手術の付加は、逆流の予防を目的として行いますが、それでも東京慈恵会医科大学病院での統計によれば、全体の8.4%に逆流が起こっています。逆流性食道炎の治療に関しては、胃酸分泌を抑制するプロトンポンプ阻害薬が有用です。
筋層切開術後の嚥下困難、すなわち再発の原因としては、筋層切開範囲の不良、癒着、食道裂孔ヘルニアの発生などが考えられています。下部食道の拡張が得られていても、蛇行の著明な食道アカラシアでは、食道内に食べ物が残りやすくなります。その結果、食事摂取が困難となったり、長期の食物の停滞により食道癌が発生したために食道の切除を必要となることがあります。そのためにも早期に発見して、食道の蛇行が強くなる前に適切な治療を受ける必要があります。
食道アカラシアによる慢性的な食物の停滞は、食道癌(扁平上皮癌)の危険因子であり、逆流性食道炎は食道癌(バレット腺癌)の危険因子です。そのため、治療により症状が改善したとしても、定期的な内視鏡検査が必要です。
富士市立中央病院 院長、東京慈恵会医科大学 客員教授
富士市立中央病院 院長、東京慈恵会医科大学 客員教授
日本外科学会 外科専門医・指導医日本消化器外科学会 消化器外科専門医・消化器外科指導医・消化器がん外科治療認定医日本消化器病学会 消化器病専門医・消化器病指導医日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医・消化器内視鏡指導医日本内視鏡外科学会 技術認定取得者(消化器・一般外科領域)日本消化管学会 胃腸科専門医・胃腸科指導医日本腹部救急医学会 腹部救急認定医・腹部救急教育医日本食道学会 食道科認定医
1978年東京慈恵会医科大学卒業。1982年東京慈恵会医科大学大学院卒業。1982年より東京慈恵会医科大学第二外科学教室医員を経て1992年東京慈恵会医科大学第二外科学教授講師。附属病院消化管外科診療部長、外科学講座教授を得て、現在富士市立中央病院院長。食道の良性疾患(食道アカラシア、胃食道逆流症、食道裂孔ヘルニアなどの非がん疾患)のスペシャリストとして臨床に携わる。
柏木 秀幸 先生の所属医療機関
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