国立成育医療研究センターは、小児医療・周産期医療のあらゆる領域に対応しているナショナルセンターです。病院と研究所が併設され、高度先端医療を提供すると共に小児医療・周産期医療を発展させるための幅広い分野における研究にも貢献しています。また、2016年4月からは医療型短期入所施設である「もみじの家」を開設し、子どもたちだけでなく保護者を含めた家庭全体への支援にも力を入れています。国立成育医療研究センター理事長の五十嵐隆先生に、同センターの特徴や今後担うべき役割についてお話いただきました。
▲国立成育医療研究センター外観 提供:国立成育医療研究センター
国立成育医療研究センターには、消化器科、呼吸器科といった主要な診療科目をはじめ、アレルギー科や遺伝診療科など小児科領域のすべての科があります。そのため、小児科医だけでも300人ほどが在籍しており、おそらく日本で最も小児科医の多い医療施設です。そして、一般病院では困難なお産の年間件数も非常に多く、周産期医療も充実しています。
最先端医療の提供と研究開発は世界的にも高く評価されており、30 Most Technologically Advanced Children’s Hospitals in the World – Top Master's in Healthcare Administrationでは世界18位にランクインしました。
国立成育医療研究センターは、高度先端医療を担うナショナルセンターです。センター内に併設されている研究所と密接に連携しながら、高度先端医療の提供と研究開発に努めています。
医学研究所では、ES細胞やiPS細胞などを用いた基礎研究や、治療に直結する臨床研究、社会学あるいは公衆衛生学的研究など幅広い研究を行っています。
たとえば、小児の希少疾患の6割は遺伝性疾患といわれています。しかし、そのなかでも病因遺伝子がわかっている疾患は半分程度です。国立成育医療研究センターゲノム医療研究部では、そういった希少疾患の病因遺伝子を特定し、実際の臨床へと役立てる研究を行っています。
アトピー性皮膚炎は患者数が多く一般的な疾患です。それでも重症のものとなるとなかなか診療できる施設は多くはありません。そのために悩みを抱えている患者さんやそのご家族が多くいらっしゃいます。国立成育医療研究センターでは、アトピー性皮膚炎のような一般的な疾患であるけれども重症な患者さんに対しても高度先端医療を提供しています。
医療の進歩に伴い、疾患を抱えたままでも生きていくことが可能になってきました。その中で、疾患の治療を続け、医療支援を受けながらも通学などの日常生活をおくることのできる患者さんも増えてきました。そのような子どもに対するフォローは高度先端医療が進歩したからこそ出現してきた課題です。
また、子どもの疾患は社会と密接にかかわっています。たとえば、貧困家庭の子どもは、予防接種を受けることができなかったり、健康な食生活ができないといったことから、必然的に疾患にかかる確率が高くなります。
高度先端医療の提供により新たに発生する課題、さらには疾患を持ち思春期を迎えた子どもたちが抱える心理的ケア、さらには社会的問題についても我々は考えていく必要があります。
疾患をもった子どもたちが生活していくうえで重要となるフォローの1つが、在宅医療です。国立成育医療研究センターでは、在宅診療部が設けてあり、退院後にも医療的ケアが必要な患者さんを診療していくための支援を行っています。患者さんと家族が安心して生活をおくれるように、学校や訪問看護などとの連携、勉強会の開催なども積極的に実施しています。
今まで、在宅医療は高齢者を対象としたものが多く、小児の在宅医療はあまり目が向けられてきませんでした。しかし、退院後も医療的支援を必要とする子どもたちが増加している今、小児の在宅医療の普及が重要となっています。
小児の在宅医療は非常に重要な支援です。しかし、その中には課題もあります。そのうちのひとつが患者さんである子どもに保護者がつきっきりで世話をしなくてはいけないという点です。常に子どものそばにいなくてはならないため、保護者が社会進出できないことや、休息をとる時間がなく、身体的・精神的な負担が大きくなってしまうことがしばしばあります。
そこで、国立成育医療研究センターでは、2016年4月に医療型短期入所施設である「もみじの家」を開設しました。もみじの家は、疾患を抱え医療的支援の必要な子どもたちが、数日間宿泊できる施設です。こういった子どもたちを昼間だけ預かるという施設は、今までにもいくつか存在しました。しかし、数日間宿泊することのできる施設はありませんでした。子どもをもみじの家に預けることで、保護者は休養をとったり、兄弟など他の子どものために時間を使うことが可能になります。
もみじの家は、医療的なケアだけではなく、食事や入浴などの生活介護、勉強や遊びといったことも大切にしています。医師や看護師だけではなく、介護福祉士や保育士、ボランティアの方々と協力しながら、子どもや保護者からもニーズの高い医療的ケア+αの対応ができる施設になっています。
開設した当初は近隣の世田谷区民の方だけを受け入れていました。しかし、その評判が広まるにつれ、全国から子どもを受け入れて欲しいという要望が増えてきました。現在では東京都だけではなく、埼玉県や千葉県などからも子どもたちを受け入れています。また、もみじの家の存在が知られていくにつれ、個人や企業からの寄付もいただけるようになってきました。今後はこのような施設が全国につくられるように、制度の改革などを求めていきます。
国立成育医療研究センターでは、今後も病院と研究所が協力しながら、よりよい医療の提供に努めていきます。しかし、今までお話してきたように、いわゆる「疾患」に対する対応だけでは子どもたちを守ることが難しくなりつつあります。日本の医療はどんどん高度化し、今までは助からなかった子どもが生きていけるようになりました。。その中で、子どもたちが心に抱える悩みを相談できるといった、サイコロジカルやあるいはソーシャルな問題を新たに考慮していく必要がでてきました。
今後、国立成育医療研究センターでは高度先端医療におけるいわゆるバイオロジカルな対応だけではなく、サイコロジカル、ソーシャルといった多方面から、未来を背負っていく子どもたちの支援に力を尽くしていきます。
また、高校生など思春期の患者さんへの診療体制の確立も必要です。思春期の子どもたちは小児科と成人診療科のはざまであり、どちらの科でも専門的診ることは困難な状態です。思春期の患者さんを専門的に診ることのできる科をつくるということも我々のミッションと考えています。