現在、日本は人口の3割ほどを65歳以上が占める超高齢社会となりました。その中で、肺炎で入院する方の数は増加の一途を辿っています。
高齢者の肺炎の7割を占めるといわれる「誤嚥性肺炎」は、病気としての要素だけではなく、リハビリテーションの視点などこれからの慢性期医療、高齢者医療、介護において大切な要素を多く含んでおり、重要な病気として注目を集めています。
誤嚥性肺炎の薬物治療について、東京大学医学部附属病院の秋下雅弘先生にお話を伺いました。
誤嚥性肺炎とは、唾液や食べ物・飲み物などが食道ではなく気道に入り(=誤嚥)、肺に達することによって炎症が起きた状態を指します。
誤嚥性肺炎は、高齢者に多くみられる病気です。
誤嚥をしたからといって、必ずしも誤嚥性肺炎になるとは限りません。誤嚥したとき肺炎になるか否かを決める要素の1つは、肺の局所における抵抗力です。高齢者の場合、この抵抗力が低下していることが多く、子どもや成人よりも誤嚥性肺炎になりやすいのです。
高齢になると、脳血管障害(脳卒中)注1、神経変性疾患注2などにより嚥下機能が低下するため、子どもや成人よりも誤嚥しやすいといえます。その結果、誤嚥性肺炎のリスクも高まるのです。
注1 脳血管障害とは:脳の血管にトラブルが起こる病気で、「脳卒中」とも呼ばれます。脳血管障害は、脳出血・脳梗塞・くも膜下出血の3種類に大別されます。
注2 神経変性疾患とは:脳や脊髄にある神経細胞のうち、ある特定の神経細胞群が徐々に障害を受け、脱落していく病気です。たとえば、パーキンソン病やアルツハイマー病などは神経変性疾患に数えられます。
誤嚥性肺炎の薬物治療では、基本的に「成人肺炎診療ガイドライン(2017年版)」に沿って、抗菌薬による治療を行います。
誤嚥性肺炎の起因菌は幅広く、さまざまです。そのため、エンピリックセラピー(経験的治療)を行います。エンピリックセラピーとは、想定される菌種を広くカバーできるよう広域なスペクトラム(作用範囲)の抗菌薬から治療を始め、起因菌が判明したらターゲットを絞った抗菌薬治療にシフトする方法です。
抗菌薬投与は基本的に点滴で行いますが、軽症の方や回復の早い方に関しては、内服の抗菌薬に変更します。たとえば、急性期かつ初発の誤嚥性肺炎に対しては、ニューキノロン系抗菌薬に変更することがあります。
一方で、誤嚥性肺炎を起こす方はそもそも嚥下機能が低下していることも多いです。そのため、経口薬に変更することが難しいケースも多くみられます。
誤嚥性肺炎にかかる患者さんのうち、ごく少数の方は、もともと健康で回復も早いです。しかし、その多くは高齢者であり、再発する可能性が高いといえます。そのため、誤嚥性肺炎に対しては、初回の治療から「再発のリスク」や「耐性菌の問題」を考慮して治療を進める必要があります。
日本老年医学会では、2015年に「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」を作成しました。当ガイドラインは、高齢者に対する薬物療法の安全性を高めることを目的として、使用の優先順位が低い薬剤、投与を慎重に検討するべき薬剤、あるいは積極的に投与すべきワクチンのリストなどを掲載しています。
「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」にある薬物の新規処方を考慮している場合、まずは非薬物療法による対応を検討します。その結果、非薬物療法による治療が困難か、あるいは効果が不十分である場合には、代替薬を検討するなど、治療の選択をフローチャートにしています。
ACE阻害薬は、嚥下反射を改善する効果が確認されています。
「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」によれば、高齢者の高血圧治療に関して、誤嚥性肺炎のハイリスク群かつ高血圧の場合、つまり脳卒中(脳血管障害)と肺炎の既往を有する高血圧の場合には、ACE阻害薬の使用を推奨しています。
認知症の患者さんのBPSD注3の治療に「向精神薬」がしばしば用いられますが、向精神薬のうち従来から使われている古いタイプの「定型抗精神病薬」は、誤嚥性肺炎のリスクを高めるため、可能な限り使用を控えるよう推奨されています。なお、代替薬として、抑肝散や非定型抗精神病薬が挙げられています。
注3 BPSD・・・認知症の症状は、物忘れや判断力の低下等、脳機能の低下を直接示す「中核症状」と、「中核症状」に伴って現れる精神・行動面の「周辺症状」にわけられます。「BPSD」は「周辺症状」とほぼ重なる概念とされています。
東京大学医学部附属病院 副院長・老年病科科長、東京大学 大学院医学系研究科 加齢医学 教授
東京大学医学部附属病院 副院長・老年病科科長、東京大学 大学院医学系研究科 加齢医学 教授
日本老年医学会 老年科専門医・老年科指導医日本内科学会 内科指導医・認定内科医日本認知症学会 認知症専門医・指導医
東京大学大学院医学系研究科教授(老年病学・加齢医学)。1960年鳥取県生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部老年病学教室助手、ハーバード大学研究員、杏林大学医学部助教授、東京大学大学院医学系研究科准教授などを経て、現職。高齢者への適切な薬物使用について研究し、学会・講演会・新聞・雑誌などで注意を喚起している。日本老年医学会で「高齢者に対して特に慎重な投与を要する薬物リスト」を含む薬物療法のガイドラインを中心になって作成。ほかに、老年病の性差、性ホルモンに関する研究。
秋下 雅弘 先生の所属医療機関
関連の医療相談が11件あります
誤嚥性肺炎について質問です。
96歳の父が、誤嚥性肺炎で入院しました。 酸素や人工呼吸器を付けながら、なんとか命を取り止めてきました。入院して2週間が経過した昨日、医師から胃ろう等の方法では高齢のためリスクがあり 無理ではないかと言われました。その前にゼリーを食べさせましたが表向きはちゃんと食べられているように見えましたが、誤嚥していたとの事でした。よって口から食べ物を入れる事は無理であると言われました。 今は点滴だけを頼りにしている状態ですが、点滴も一度刺した所はもう刺す事はできないと言われ、今は刺す所があまりない状態です。点滴を刺す所がなくなったら、その後2週間位しか命を保つ事ができないと言われました。何とかして命を繋ぐ方法はないでしょうか。
父が食事の時に咳をするようになりました
同居している義父なのですが、1年くらい前からよく食事の最中に咳こんでいます。喉に詰まったりするわけでもなく、食欲もあり、ばくばく食べます。早食いで丸のみするように食べるので少し心配しています。寝転んでおせんべいやジュースを食べるのが好きなのですが、そのあとはごろごろと痰が絡んでいる感じがします。本人は自覚なく、なんの問題もないといって元気に過ごしています。これってほおっておいて大丈夫なのでしょうか。
白い痰がよく出ます
84歳になる母が10年程前からよく痰を吐き出します。 昔は茶色っぽいものでしたが、現在は白いネバネバした痰です。 要介護5であり自分で寝返りがうてないため、 ティッシュにだすのが面倒くさくて夜中は飲み込んでしまうこともあるそうです。 ・何科で相談すればよいですか? ・痰が詰まって窒息することは考えられますか? 良いくすり、または痰を出す方法はありますでしょうか? ・病気は考えられますか? よろしくお願いいたします。
急性膵炎で胃管留置
以前、お酒の飲み過ぎで急性膵炎だと診断され、入院になったときに胃管を挿入されました。 ですが、胃管は気持ち悪く好きではありませんでした。 調べてみると、急性膵炎で胃管の留置はしない医師もいると書いてありました。 そこで ・急性膵炎の場合、胃管の留置はどのような医学的根拠があるのか? (ガイドラインなどで推奨されているのか?) ・急性膵炎の場合、胃管の留置に伴うデメリットとメリットは何か? ・どのような重症度の場合、急性膵炎での胃管の留置はするべきなのか? の以上三点について、専門家の方に医学的な見解をお伺いしたいです。
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