インタビュー

誤嚥性肺炎を予防するために:座り方・食べ方と訓練方法

誤嚥性肺炎を予防するために:座り方・食べ方と訓練方法
海老原 覚 先生

東北大学病院 リハビリテーション科 科長

海老原 覚 先生

この記事の最終更新は2017年03月27日です。

誤嚥性肺炎を繰り返してしまい絶食状態が長引くと、食事の再開を諦め、胃瘻(いろう)を造設しなければならなくなることもあります。そのため、誤嚥性肺炎の予防や、早期回復を目的とした摂食嚥下リハビリテーションは極めて重要です。

東邦大学医療センター大森病院リハビリテーション科教授の海老原覚先生は、「高齢者の方の食事に多い宅配弁当や作り置きの食べ物には、少し注意をしたほうがよい」とおっしゃいます。誤嚥性肺炎を防ぐために役立つ食べ物や、飲み込みの機能を回復させる訓練について、海老原先生にご解説いただきました。

誤嚥性肺炎を防ぐためには、適切な食事指導やポジショニング(姿勢の保持)、口腔ケアや嚥下の確認、環境調整、舌の運動など、多角的なアプローチが必要です。

東邦大学医療センター大森病院には、医師、口腔外科医、言語聴覚士、摂食嚥下認定ナースの多職種から成る嚥下障害対策チーム(以下、「嚥下チーム」)が存在し、誤嚥のリスクが高い患者さんを見落とさないよう連携して診療を行っています。

誤嚥のリスクが高い患者さんが入院された場合、まず病棟嚥下係の役割を担うリンクナースがスクリーニング検査を行い、管理栄養士とともに患者さんに合わせた嚥下食を決定します。

嚥下食でも飲み込みがうまくいかない場合は、リンクナースが主治医を通して私たち嚥下チームに嚥下診察依頼をかけ、専門的な視点から患者さんの状態を診察します。この後、必要に応じて耳鼻科や神経内科の医師が介入することや、VF(嚥下造影検査)、VE(嚥下内視鏡検査)を実施することもあります。

このように、入院患者さんの嚥下リスクを漏らさず把握する地盤があるという点が、当院の特徴です。

高齢者の食事は得てして作り置きや宅配弁当になってしまい、食べる頃には室温に近い状態になっていることがあります。しかし、室温の食事は誤嚥を惹き起しやすいという落とし穴があります。

最も嚥下反射が惹き起こされにくい飲食物の温度は体温付近であり、飲食物が冷たいほど、または熱いほど、嚥下反射が惹起されるまでの時間は短くなります。

温かい食べ物は温めた状態で、冷たい食べ物は冷たい状態でというように、その食べ物が最もおいしいと感じられる温度のときに食べていただくことが、誤嚥を防ぐことにも繋がるのです。

温度刺激に代わるものとして、TRPV1やTRPM8などの温度受容体を活性化するという方法があります。温かさを感じる受容体であるTRPV1は、唐辛子の辛味成分・カプサイシンによって活性化されます。

これとは逆に、冷たい温度の受容体であるTRPM8は、ミントの成分であるメントールで活性化されます。

このほか、黒胡椒のにおいを嗅ぐことで、嚥下にとって重要な大脳島皮質の血流が上昇し、嚥下反射が素早く起こることも明らかになりました。

嚥下食と聞くとマイルドな食事を連想される方もいるかもしれませんが、高齢の方は様々な刺激に対し鈍感になっていると考えることが大切です。

作り置きなど、温度で刺激を与えられない場合には、カプサイシンやメントールなどの成分を盛り込むことや、黒胡椒などの調味料を使用することをおすすめします。

食事の際には、上体を少し後傾させて顎を引くことが重要です。

顎を引く理由は、喉頭を挙上することでシーソーのように喉頭蓋が下がりやすくなり、食べ物が喉頭や気管に落ちることを防げるためです。このポジショニングは「うなずき嚥下」とも呼ばれており、誤嚥のリスクがある全ての方に対して推奨されています。

上体を後ろに倒す理由は、咽頭部に角度がつくため、食塊がストンと気管へ落ちることを防げるためです。ただし、上体を倒すと食事自体しづらくなるため、座って食事をしても食道へとうまく食塊を押し込める患者さんには実践していただく必要はありません。

上体の後傾は、嚥下圧が弱い方など、飲み込んだものが気管に入りやすい方を中心に行っていただいています。

入院中、ベッドで食事をしている高齢者

誤嚥を起こしやすい方の中でも、その原因が食べたものの逆流と考えられる場合は、食後1時間半ほど座り姿勢を維持することをおすすめしています。

入院中の方でも、食後すぐにベッドに横にならないよう意識的に坐位姿勢で過ごすことが大切です。

誤嚥性肺炎を発症すると、治療のために絶食期間を設けることになります。絶食状態が長くなると嚥下しない期間も長くなり、嚥下に関わる筋肉量が減少するため、再び経口摂取に戻すための筋力トレーニングが必要になります。これが、摂食嚥下リハビリテーションです。

嚥下のための能力を回復させるために、まずは食べ物を使わない間接訓練を行います。間接訓練の目的は、嚥下に関わる筋力を回復させるためだけではありません。シミュレーションを行うことで、脳の中の嚥下に関する回路を回復させる意味合いも持っています。脳には可塑性があるため、たとえ脳梗塞を起こして嚥下に関わる回路が障害されてしまったとしても、訓練により脳の中の機能地図が入れ替わり、再び嚥下を行えるようになるのです。

何かを噛んでいる高齢者

間接訓練を行い、反復唾液嚥下テストや簡単な水飲みのテストをクリアした場合は、食べ物を使った直接訓練に移行します。

このとき、その人の食べ方についても丁寧に確認します。たとえば、咀嚼回数が少なく食塊が大きな状態で飲み込んでしまう場合(丸呑み)や、口の中に食べ物がある状態で箸を進めてしまう場合は、よく噛み、一回一回飲み込んでから食べ物を口に入れるよう矯正します。

また、咽頭にわずかに食べ物が残っているときには、もう一度飲み込む動作をするよう指導します。(追加嚥下)

直接訓練の内容は、その人の誤嚥パターンにより変わります。たとえば、反回神経麻痺の患者さんで、右側の声帯が麻痺している場合は、左向きに食べ物が流れていくよう、顔を右に向けて食べるリハビリテーションを行います。

摂食嚥下トレーニングの間に誤嚥性肺炎を繰り返してしまうと、経口摂取を諦めて胃瘻を造設することにもなりかねないため、その人の誤嚥パターンを見極めた指導は特に丁寧に行っています。

嚥下障害の患者さんの中には、舌がうまく動かせなくなっている方もいらっしゃいます。このような患者さんには、食べ物を飲み込む前に舌の運動も行なっていただきます。

舌で食塊を形成し、咽頭に送り込むことは、嚥下の重要なプロセスのひとつです。また、舌を動かして覚醒させることは、食事の前のウォーミングアップとしても有益です。

アイスマッサージとは、冷凍庫で凍らせた綿棒を用いて、温度刺激と圧刺激を口蓋弓(こうがいきゅう)と呼ばれる部分などに与える方法です。

温度刺激と物理的な刺激を一度に与えられるアイスマッサージは、嚥下反射を誘発させる極めて有効な方法として、全国あらゆる施設で行われています。アイスマッサージもまた、繰り返し行うことで脳の機能地図の回復を促し、嚥下能力を高める効果を得られます。

アイスマッサージはご自宅でも行える摂食嚥下リハビリテーションのひとつですが、面倒だと感じる人も多々いらっしゃいます。そこで私は過去に、アイスマッサージの代わりになればという発想から、製薬会社とともにメンソールゼリーを作ったことがあります。先にも述べたように、ミントの成分であるメンソールは、冷たい温度の受容体を活性化させるからです。こういった食べ物の成分による刺激も、アイスマッサージと同じ効果が得られるものと考えています。

※現在メンソールゼリーは製造していません。(2017年3月時点)

素材提供:PIXTA

口腔ケアを行う目的のひとつは、口の中の雑菌を減らすことです。肺炎を引き起こす起炎菌には肺炎球菌やマイコプラズマなど様々な種類がありますが、多くの誤嚥性肺炎の起炎菌は、このようによく知られた細菌やウイルスではありません。

誤嚥性肺炎の起炎菌を特定する検査室から返ってくる結果の大半は、”ノーマルフローラ(常在菌)“です。常在菌とはもともと人の体に棲みついている菌のことであり、肺炎の検査の場合、肺から口腔レンサ球菌が検出されたときにはノーマルフローラと報告されるようです。この背景には、口腔レンサ球菌は肺炎を惹き起こさない無害な菌であると考えられていたということがあります。しかし、肺とは無菌の臓器であり、常在菌であっても菌が検出されること自体が問題です。そのため、最近では口腔レンサ球菌が誤嚥性肺炎を惹き起しているのではないかという考え方が広がり始めています。

口腔レンサ球菌のなかには、虫歯菌として知られるミュータンスレンサ菌なども含まれます。歯に対して害をなす菌であることを鑑みると、肺に対しても何らかの害をなしている可能性があるといえるでしょう。

そのため、口の中から口腔レンサ球菌を減らすことが誤嚥性肺炎の予防に繋がると考え、丁寧な口腔ケアを行っているのです。

ただし、全ての誤嚥性肺炎の原因が、口腔レンサ球菌などの菌というわけではありません。誤嚥性肺炎を起こした患者さんの肺を検査しても、菌がみつからないケースもあります。このように菌が原因ではない誤嚥性肺炎を防ぐことも、口腔ケアの目的のひとつです。

口腔ケアにより口の中を刺激することで、嚥下に関わる大脳の島皮質が強く刺激され、嚥下反射が改善するということが明らかになっています。

私たちが行った大規模な研究では、口腔ケアにより高齢者の肺炎が半減したというデータが出ており、この報告は世界的権威のある医学雑誌JAMAにも掲載されています。

高齢者のなかには、ご自身の歯が抜けずに残っている方も、歯が全て抜けてしまい総入れ歯を使用している方もいます。誤嚥性肺炎の起炎菌と考えられている口腔レンサ球菌は、歯の周りに棲息する雑菌であり、歯のない方の口内にはほとんど棲息しません。

ところが、私たちの研究では、歯がある群とない群、どちらのグループでも同様に肺炎が半減していることが明示されました。

このことからも、口腔ケアによる口腔刺激が嚥下反射を惹起し、それにより無菌性の誤嚥性肺炎を防ぐことができるといえます。

海老原覚先生

食事介助の項目(前述)で、温かい食べ物や冷たい食べ物、カプサイシンやメントールを含む食べ物が嚥下反射を惹起すると述べました。

これとは逆に、注意すべき飲食物もあります。

たとえば、サラサラとした体温に近い水は、喉頭蓋が下がる前に気管に落ちてしまいやすいという特徴があります。そのため、汁物や飲み物にはとろみをつけることが推奨されています。しかし、とろみとは時間や温度で変わるため、飲食物に「適切なとろみ」をつけることは非常に難しく、現在も研究をすすめている段階です。

また、嚥下障害のパターンによっては、とろみをつけた食べ物のほうが誤嚥しやすい方もいるため、VF(嚥下造影検査)やVE(嚥下内視鏡検査)により、患者さんの嚥下パターンと適切な嚥下食を見極めることも大切です。

このほか、パサつきのあるお菓子(クッキーやお煎餅など)や粒が残りやすいナッツなども、喉にへばりつきやすいため、避けるべき食べ物といえます。

嚥下機能が低下すると窒息を起こしやすくなるため、餅やこんにゃくゼリーなど、喉に詰まりやすい食べ物にも注意が必要です。

既に病院にかかっている患者さんのご家族の方には、医師や管理栄養士の説明をよく聞き、その人に合った食事を提供していただきたいとお伝えしたいです。

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