通常、私たちが口の中へと運んだ食べ物は、咽頭を経て食道を通り、胃へと送られます。ところが、飲み込み(嚥下)の機能が衰えると、食べ物が誤って喉頭や気管に入ってしまうことがあります。これを誤嚥(ごえん)といい、特に高齢者の場合は危険な誤嚥性肺炎に繋がることがあります。誤嚥性肺炎の死亡率は決して低いとはいえません。そのため、周囲の方の基礎知識や医療者による慎重な治療は不可欠です。
誤嚥性肺炎を惹き起こしやすい病気や予後、特徴的な症状について、東邦大学医療センター大森病院リハビリテーション科教授の海老原覚先生にご解説いただきました。
肺炎は、現在日本人の死亡原因第3位という高い割合を占めています。入院を要した高齢患者の肺炎の種類を調べたデータによると、80歳代の約8割が誤嚥性肺炎、90歳以上では9.5割以上が誤嚥性肺炎と報告されています。つまり、後期高齢者の肺炎のほとんどは誤嚥性肺炎だと捉えられます。
かつて、日本人の死因第3位は脳卒中などの脳血管疾患でした。しかし、人口の高齢化が進んだことで誤嚥性肺炎に感染するお年寄りが増え、一方で脳卒中の予防や治療は向上しました。
このような背景があり、現在では致死的な脳血管疾患を免れた方が歳をとり、誤嚥性肺炎で亡くなるというパターンが増えたのです。
日本のガイドラインでは、肺炎は感染した場所によって、以下の三種類に分類されます。
このような分類方法が使用されている理由は、感染した場所によって肺炎の起炎菌をある程度推測することができ、有効な抗生物質などの治療方針が変わってくるためです。
本記事で取り扱う誤嚥性肺炎は、日常生活中、入院中、介護施設など、どこでも起こる可能性があります。そのため、後述する誤嚥のリスク因子を持っており、CTや胸部X線検査で肺炎の所見がみられる場合は、誤嚥性肺炎を強く疑います。
誤嚥性肺炎に直結する嚥下障害が起こる仕組みを理解するには、通常の嚥下のプロセスを知る必要があります。私たちが食べ物を認識してから胃に送り届けるまでには、以下のように何段階かのステージを経ます。
このステージのいずれかが障害されることで、飲み込みの不具合である嚥下障害が起こり、食べ物が気管へと入りやすくなります。
では、どのような理由により、嚥下のプロセスが障害され、誤嚥性肺炎が起こるのでしょうか。次項では、誤嚥性肺炎のリスク因子についてご説明します。
誤嚥性肺炎のリスク因子としては、呼吸状態の悪化(呼吸促迫)や喀痰吸引、経鼻カテーテルや寝たきりであることなどが挙げられます。
たとえば、心不全やCOPDなどの呼吸器疾患などが原因で呼吸状態が悪化している人は、呼吸と嚥下のコーディネーションがうまくできません。
通常、嚥下をしているときには一時的に呼吸が止まり、呼吸をしているときには嚥下をすることはありません。“ごっくん”と飲み込みの動作をしていただければ、体感としておわかりいただけるでしょう。
ところが、呼吸器疾患などが原因で呼吸が速くなっていると、呼吸と嚥下の関係性が崩れてしまうため、誤嚥が起こりやすくなるのです。
寝たきりの高齢者に起こりやすい廃用症候群(はいようしょうこうぐん)も、誤嚥性肺炎の大きなリスク因子です。
廃用症候群とは、長期ベッド安静など、体を動かさない状態が続いたときに筋萎縮や褥瘡など、様々な症状が現れる状態を指します。
寝たきりになるということは、全身状態や意識レベルが低下しているということであり、嚥下に関わる筋肉量の減少(サルコペニア)にも繋がります。その意味では、寝たきりも誤嚥性肺炎のリスク因子ということができます。
アルツハイマー型認知症の場合、初期段階では先行期が障害されやすく、病気が進行すると咽頭期が障害されることが多くなります。
一方、血管性認知症の場合は、咽頭期に大きな問題が起こりやすいという特徴があります。
脳梗塞などの脳血管障害も、誤嚥性肺炎を惹き起こしやすい病気の代表として知られています。
嚥下反射には大脳の島皮質(とうひしつ)と呼ばれる部分が深く関連しています。そのため、脳梗塞を起こした場合は、嚥下反射が鈍くなり、誤嚥を起こしやすくなるのです。
また、嚥下反射の問題だけでなく、多発性脳梗塞の後遺症である仮性球麻痺(かせいきゅうまひ・大脳皮質が障害される)により嚥下機能が落ちることも、誤嚥を起こしやすくなる理由のひとつです。
認知症や脳梗塞(脳血管障害)のほか、以下の病気も誤嚥性肺炎のリスク因子となます。
また、全身の筋肉量が減少するサルコペニアやフレイルも、嚥下障害や誤嚥性肺炎の原因となることがあります。
誤嚥性肺炎の代表的な症状には発熱があります。しかし、免疫機能が低下している高齢者の場合は、高熱が出にくく、微熱にとどまることもあります。
また、熱型(発熱のパターン)も、その人の状態により変わります。
たとえば、1週間に一度程度軽い微熱が出ては治まるといった症状が続き、突然38度ほどの熱が治まらなくなることがあります。このとき、体の中ではわずかな誤嚥が繰り返し起こっているということがあります。
このように、患者さんにある程度の抵抗力や体力があるために、大きな症状が現れにくい誤嚥を不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)といいます。不顕性誤嚥による誤嚥性肺炎にも死亡リスクがあるため、見落とさないよう注意が必要です。
一般の方の多くは、誤嚥するとむせてしまい咳が出ると考えていますが、危険な誤嚥とは、咳やむせが起こらないものを指します。
嚥下反射や咳反射が起こらない状態にまで嚥下障害が進行していると、食べ物を飲み込んでも咳は出ません。そのため、誤嚥していることに周囲も本人も気づかないまま食事を摂り込み続けてしまい、致死的な誤嚥性肺炎に発展する危険があります。
痰は、気管支内の繊毛運動(せんもううんどう)により体外へと排出されます。そのため、繊毛運動が衰えている場合、喀痰症状がみられないことがあります。
また、痰が喉に絡み、呼吸がゼロゼロしているケースもあります。
高齢者の場合、肺炎に感染していても患者さんご自身はケロリとしていることもあります。微熱がありなんとなく元気がない場合や、せん妄状態になっており意味のとれないことを話している場合は、不顕性誤嚥による誤嚥性肺炎の可能性も疑い、診察を受けたほうがよいでしょう。
誤嚥性肺炎だけでなく、肺炎そのものが高齢者にとっては危険性が高い疾患です。適切な治療に対する反応が薄い場合や、炎症が広範囲に広がっている重症例では、自ずと死亡率も高くなってしまいます。
しかし、あらかじめ誤嚥に対して注意を払っていれば、多くは抗生物質の投与で治るため、一概に予後が悪い疾患とは言い切れません。
予後の改善のためには、目に見えない不顕性誤嚥も見落とさないよう気を配ることが大切です。私の研究グループでは、微熱が数日のみしか出ない患者さんの病理標本を取り、どのような炎症が起こっていたのかを調べたことがあります。一般的に、誤嚥性肺炎とは急性炎症によるものと思われがちですが、この研究により患者さんの肺では慢性炎症が起こっていたことが明らかになりました。したがって、誤嚥性肺炎を克服するためには、慢性的な病態も防ぐことが重要といえます。
高齢者に多いサルコペニアやフレイルなどに対して早期に介入し、早い段階で適切な治療やリハビリテーションを行うことが、誤嚥性肺炎の予後の改善に繋がります。
東北大学病院 リハビリテーション科 科長
東北大学病院 リハビリテーション科 科長
日本リハビリテーション医学会 リハビリテーション科専門医・リハビリテーション科指導医日本老年医学会 老年科専門医・老年科指導医日本呼吸器学会 呼吸器専門医・呼吸器指導医日本内科学会 認定内科医
嚥下障害や誤嚥性肺炎を防ぐ摂食嚥下リハビリテーションのエキスパート。東北大学病院内部障害リハビリテーション科にて多数の学術活動と臨床診療活動に尽力し、2014年より東邦大学医学部リハビリテーション科教授を務めた。口腔外科医や言語聴覚士、管理栄養士と連携し、入院患者さんの誤嚥を防ぐチーム医療を行っている。また、真に患者さんの役に立つ研究を目指し、食形態や温度など、様々な角度から嚥下しやすい食事の研究を行っている。
海老原 覚 先生の所属医療機関
関連の医療相談が11件あります
誤嚥性肺炎について質問です。
96歳の父が、誤嚥性肺炎で入院しました。 酸素や人工呼吸器を付けながら、なんとか命を取り止めてきました。入院して2週間が経過した昨日、医師から胃ろう等の方法では高齢のためリスクがあり 無理ではないかと言われました。その前にゼリーを食べさせましたが表向きはちゃんと食べられているように見えましたが、誤嚥していたとの事でした。よって口から食べ物を入れる事は無理であると言われました。 今は点滴だけを頼りにしている状態ですが、点滴も一度刺した所はもう刺す事はできないと言われ、今は刺す所があまりない状態です。点滴を刺す所がなくなったら、その後2週間位しか命を保つ事ができないと言われました。何とかして命を繋ぐ方法はないでしょうか。
父が食事の時に咳をするようになりました
同居している義父なのですが、1年くらい前からよく食事の最中に咳こんでいます。喉に詰まったりするわけでもなく、食欲もあり、ばくばく食べます。早食いで丸のみするように食べるので少し心配しています。寝転んでおせんべいやジュースを食べるのが好きなのですが、そのあとはごろごろと痰が絡んでいる感じがします。本人は自覚なく、なんの問題もないといって元気に過ごしています。これってほおっておいて大丈夫なのでしょうか。
白い痰がよく出ます
84歳になる母が10年程前からよく痰を吐き出します。 昔は茶色っぽいものでしたが、現在は白いネバネバした痰です。 要介護5であり自分で寝返りがうてないため、 ティッシュにだすのが面倒くさくて夜中は飲み込んでしまうこともあるそうです。 ・何科で相談すればよいですか? ・痰が詰まって窒息することは考えられますか? 良いくすり、または痰を出す方法はありますでしょうか? ・病気は考えられますか? よろしくお願いいたします。
急性膵炎で胃管留置
以前、お酒の飲み過ぎで急性膵炎だと診断され、入院になったときに胃管を挿入されました。 ですが、胃管は気持ち悪く好きではありませんでした。 調べてみると、急性膵炎で胃管の留置はしない医師もいると書いてありました。 そこで ・急性膵炎の場合、胃管の留置はどのような医学的根拠があるのか? (ガイドラインなどで推奨されているのか?) ・急性膵炎の場合、胃管の留置に伴うデメリットとメリットは何か? ・どのような重症度の場合、急性膵炎での胃管の留置はするべきなのか? の以上三点について、専門家の方に医学的な見解をお伺いしたいです。
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