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体外受精でも妊娠できない――​​着床障害の原因を探る検査法とは

体外受精でも妊娠できない――​​着床障害の原因を探る検査法とは
林 博 先生

恵愛生殖医療医院 院長

林 博 先生

目次
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この記事の最終更新は2019年05月27日です。

体外受精は、不妊症のカップルが子どもを授かるための手段として一般的な治療になりつつあります。しかし、体外受精を行っても妊娠が難しいご夫婦がいらっしゃるのも事実です。そのうち体外受精によってできた胚を子宮内に繰り返し移植しても着床に至らない場合、「着床障害」である可能性があります。着床障害の原因や治療法はまだ十分解明されておらず、有効な検査法の確立および治療法の解明が求められる分野で、近年では多くの施設が着床障害の治療に取り組んでいます。着床障害が疑われる場合は、どのような検査を行うのでしょうか。恵愛生殖医療医院院長の林博先生にご解説いただきました。

着床障害の定義*は、「40歳未満の女性において、最低3回のサイクルで良好な胚を4個以上移植しても妊娠しない」状態です。

当院の場合、患者さんの年齢にもよりますが、良好な胚(Gardner分類における3BB以上)*を用いて2回胚移植を行っても妊娠が成立しなければ、その時点で検査や治療を開始することが多いです。

*公益社団法人日本産婦人科医会の定義による

*内細胞塊と栄養外胚葉の状態によって胚盤胞をA~Cに細分類した際、どちらも「密で細胞数が多い」と評価された胚盤胞

着床障害の原因は、大きく以下の3つに分類されます。

  1. 受精卵の問題
  2. 子宮内の環境の問題
  3. 受精卵を受け入れるための免疫寛容性の問題

胚の質が良好ではない場合、うまく着床できなかったり、流産したりする可能性が高いと考えられています。

胚

例:3AA、4AB、5BB
先頭の数字が大きさを示し、それに続くアルファベットが順番に内細胞塊(ICM)・栄養外胚葉(TE)の細胞の密度・細胞数を示しています。数字よりもアルファベットが重要で、AAがもっとも良いグレードということになります。

胚の質を正確に調べることは困難ですが、胚のグレードと妊娠率は相関することが知られており、グレードがよければ胚の質がよい可能性が高くなります。逆に、胚のグレードが良好ではない場合は染色体異常などのため胚の質がよくないことが多く、移植を行っても着床する前に胚が死んでしまうため、着床できていない可能性があります。

このケースでは、子宮筋腫、子宮内膜ポリープ、卵管水腫、子宮内膜炎などの病気が原因で、子宮側の環境に何らかの異常を起こし、着床障害をきたしています。後述する子宮内膜の状態を調べる検査で子宮内に何らかの病気が認められた場合は、病気に応じた手術や薬物治療を行うことで改善することがあります。

着床するためには、免疫の寛容が非常に深く関係します。元来、体外受精は自分の遺伝子(卵子)と自分以外の人の遺伝子(精子)をひとつにする行為です。自分以外の人の臓器を自分の体に組み入れる臓器移植では、免疫による拒絶反応が起こりますが、妊娠の過程では拒絶反応が起こりません。妊娠の際には、免疫寛容を誘導する制御性T細胞(白血球)のはたらきによって他者の遺伝子である精子を異物と認識しなくなるため、拒絶反応が起こらなくなっていると考えられています。この状態を免疫寛容といいます。

着床障害の患者さんの一部では、免疫寛容に異常があるために拒絶反応が起こり、着床できないケースがあるのではないかと考えられています。

着床障害の検査で、まず胚の質を調べる方法としては上記のグレード判定法以外にも、胚の細胞の一部をとり染色体などを調べる着床前遺伝学的検査(PGT)という方法がありますが、重篤な遺伝性疾患児を出産する可能性のある遺伝子変異もしくは染色体異常を保因する場合や、染色体異常による習慣流産(反復流産を含む)を除き、わが国では認められていません。この技術を用いても胚の質を確実に検査することはできず、現代の医学では胚の質を正確に調べることは困難と思われます。

子宮筋腫や子宮内膜ポリープ、卵管水腫は、外来で行う超音波検査でもある程度は分かります。MRIなどの画像診断では、さらに詳細な情報を得ることもできます。

そのほかにも、近年ではいくつかの有効な検査方法が報告されています。具体的には、免疫検査、子宮鏡による子宮内膜炎検査、近年日本で導入が進められている子宮内膜を遺伝学的に調べるERA検査/EMMA検査/ALICE検査など、さまざまな方法があります。ここからは、それぞれの検査の特徴と適応、各検査で原因が発覚した場合の治療方法について説明します。

免疫寛容には、ヘルパーT細胞(白血球)の一種であるTh1・Th2という免疫細胞の比率が大きく関与します。Th1/Th2の比率が高い場合、免疫による拒絶反応が起こってうまく着床できなくなっていると推察できます。また、Th1/Th2比にかかわらず、Th1が高値の場合、妊娠継続率が低下することが明らかにされています。

Th1/Th2比に異常がある場合はタクロリムスという免疫抑制剤による治療を行います。

着床障害の場合、タクロリムスによる治療は保険適用外(自費)です。費用は1日1錠あたり540円で、当院では16日間投与するため、患者さんの自己負担額は8,640円となります。

 

免疫検査ではTh1/Th2比のほか、ビタミンDや抗リン脂質抗体などを同時に調べることがあります。ビタミンDはTh1/Th2のバランスを調整しているとされています。また、自己免疫抗体である抗リン脂質抗体は、着床時に子宮内膜へ入り込む絨毛(じゅうもう)細胞への障害を起こすだけでなく、血栓ができやすくなるため、子宮内膜などの細い血管を詰まらせて着床障害を引き起こす可能性が指摘されています。このため、抗リン脂質抗体が陽性であれば、自己免疫反応を抑える漢方薬(柴苓湯(サイレイトウ))や、血液を固まりにくくする低用量アスピリンなどを処方します。

Th1/Th2比やビタミンD、抗リン脂質抗体の値は採血で調べられるうえ、結果も1~2週間程度で出すことができます。このため当院では、まずは免疫検査から開始することが多いです。検査の結果何らかの異常がみられた場合、子宮鏡検査や子宮内膜組織検査と並行しながら治療を行います。

それでも妊娠が成立しない場合には、後述するERA検査やEMMA検査、ALICE検査の実施を検討します。

着床障害における免疫検査は保険適用外となります。Th1/Th2比・ビタミンDのみの場合、当院では12,960円で検査を実施しています。全ての種類の抗リン脂質抗体を検査する場合の費用は38,880円となります。

子宮鏡検査のイメージ

子宮鏡検査は、内視鏡を用いて子宮の内部を観察する検査です。当院では、2回胚移植を行っても着床に至らなかった方に対して、子宮鏡検査を実施しています。この検査では子宮内膜の詳しい状態は確認できないので、検査時に組織を採取しておき、後日、子宮内膜組織検査(形質細胞*の確認)を行うことが多いです。

子宮鏡検査のメリットは、子宮を洗浄して内膜をリセットできることです。子宮鏡検査を行う際、あらかじめ水を子宮内に循環させて膨らませるので、子宮の中にあった内膜炎や細菌を洗い流してくれる効果があります。また、当院では麻酔下で子宮鏡検査を行うので、検査時に痛みを感じることはありません。

子宮内膜組織検査(形質細胞の確認)では、病理学的に形質細胞を確認します。慢性子宮内膜炎は、子宮内膜間質に形質細胞の浸潤がみられることで確認できるため、形質細胞を調べれば慢性子宮内膜炎が起こっていないか診断できます。子宮内膜組織検査の結果が出るまでには2週間程度かかります。黄体期に受けることが望ましいとされていますが、黄体期以外であっても検査を受けることは可能です。

慢性子宮内膜炎を発症していることが明らかになった場合は、ドキシサイクリンという抗菌薬を投与します。改善しない場合は、シプロフロキサシンとメトロニダゾールを併用して治療を続けます(上記の抗生剤は1例です。患者さんにより変更となる可能性があります)。

原則的に保険適用で、3~4万円程度で受けることができます。

*形質細胞…Bリンパ球(B細胞)が成熟してできる細胞。細菌やウイルスを攻撃する抗体を産生し、感染を防ぐはたらきを持つ。

ERA検査は、子宮内の「着床の窓」、すなわち子宮内膜が胚の着床を受容できる期間を知るために、胚移植時期の黄体期子宮内膜を直接採取して、着床に関するさまざまな遺伝子を調べる検査です。当院では2018年末より、ERA検査およびEMMA検査、ALICE検査の導入を開始しました。

成人女性の着床の窓は、一般的に月経が始まってから19~21日目の間に開くといわれています(諸説あり、いまだ確定されてはいません)。しかし、不妊の患者さんのなかには、着床の窓が開いている時間が通常(黄体ホルモン投与開始から120時間後)とは異なっている方がいらっしゃいます(着床の窓がずれている)。

着床の窓がずれている場合、着床に適した期間が異なるので、ERA検査で着床の窓を調べて胚移植に最適な日を明らかにすることで、着床する可能性を高めることができると考えられています。

当院では、子宮鏡検査や免疫検査の結果に対する治療を行っても妊娠ができなかった場合にERA検査の適応を検討します。ERA検査は、検査料金が高額である、結果が出るまでに時間がかかる、感染のリスクがある、検査時に痛みを伴うなど、患者さんの負担が大きいためです。また、ERA検査は2014年にスペインで開始された検査で、日本では本検査の効果に関するデータも少ないのが現状です(2019年4月時点)。

EMMA検査は、子宮内膜に存在する細菌の種類と量を調べる検査です。子宮内におけるラクトバチルス属の菌(乳酸菌など)の割合は、着床にかかわることが知られています。乳酸菌が少ないと着床が難しくなるだけでなく、妊娠後の自然流産早産の原因となる恐れがあると考えられます。

EMMA検査で子宮内の乳酸菌の割合が少ない場合は、乳酸菌の割合を上げる治療を行うことで、着床の可能性が上がると考えられます。

ALICE検査は、慢性子宮内膜炎の病原菌を検出する検査です。子宮内のラクトバチルス属の菌が減少して雑菌が増殖すると、子宮内膜が慢性的な炎症状態に陥ります。すると、免疫活動が活発化して、着床障害につながる可能性があると考えられています。

ALICE検査を行うことで、慢性子宮内膜炎の病原菌を保有しているか、持っている場合は原因菌の種類や割合などを特定することができます。原因菌を持っていることが判明した場合は、原因菌に応じた抗生物質を投与し治療を行います。

3つの検査をセットで受けた場合の費用は162,000円(自費)です。ERA検査を単独で受けることもできますが、基本的にはセットで受けていただくことを推奨します。ERA検査単独の場合、費用は129,600円となります。

各検査の費用は2019年4月時点のものです。

着床現象は神秘的なものですが、ヒトの胚が子宮内膜に着床する瞬間をみた人は、世界中でまだ誰もいません。いわばブラックボックスであり、まだよく分かっていないことも多いのです。近年、着床障害の検査や治療は、ERA/EMMA/ALICE検査の登場などによって急速に発展を遂げている分野です。しかし、現時点ではデータがそろっていない部分も多く、これらの検査や治療が本当に効果を示すかどうか、残念ながらはっきりとしたことは述べられません。今後研究を重ねて、データが蓄積されていけば、本当にこの検査が必要な方や、検査による効果が判明してくるでしょう。

今回説明した着床障害に対する検査や治療は、将来的には「効果がない」と判断される可能性がないとは言い切れません。しかし、女性が妊娠できる時期は限られており、不妊治療を行える期間にもタイムリミットがあります。タイムリミットがあるからこそ、妊娠を望むご夫婦に対して、当院はできる限りのことをしていきたいと考えています。

着床障害の治療を確立するにはさらなる研究やデータの蓄積が必要ですが、治療法の解明が進めば、着床障害の患者さんが妊娠できる確率を高めることができるでしょう。

当院での診療が、着床障害をはじめとした不妊に悩む方々にとっての支えになれば嬉しいです。

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