むし歯(虫歯・う蝕)は多くの人が経験している病気で、20歳以上の約9割以上がむし歯にかかった経験があるといわれています。むし歯の主な症状はむし歯がある部分の痛みですが、初期のむし歯では強い痛みを感じることはありません。そのため、むし歯を放置してしまう人も多く、未治療のままでいる人は約3割にも上るともいわれています。
それでは、むし歯を放置するとどのような経過をたどり、どのような症状を引き起こすのでしょうか。
むし歯の発生には原因があり、その原因が改善・除去されない限りむし歯は進行し続けていきます。
むし歯の主な原因は、歯の表面にたまった歯垢(プラーク)中の細菌です。細菌は食事によってもたらされた糖分をもとに酸を産み出し、歯の成分を溶かしていきます。この現象を“脱灰”と呼びます。歯磨きが不十分で歯の表面にプラークが残った状態が長く続くと脱灰が進み、細菌は歯の内側へと徐々に浸食していきます。この状態をむし歯(う蝕)といいます。
唾液にはむし歯によって失った歯の成分を回復(修復)させる力があり、脱灰が始まったばかりの極初期の状態であれば、唾液の力で修復することができます。この現象を“再石灰化”と呼びます。しかし、脱灰が進み歯に穴が開いてしまうと、再石灰化によって歯が自然に回復することはありません。
この状態を放置するとさらに細菌による歯の浸食が進み、やがて歯髄(歯の神経)にまで達して強い痛みを引き起こします。ここまでになると、細菌に感染した歯髄を除去するか抜歯をするまで痛みを取り除くことはできなくなります。
歯は表面からエナメル質、象牙質、歯髄の3層に分かれており、むし歯がどの部分にあるかによって進行スピードが異なります。
エナメル質は歯の構造の中でももっとも硬い部分であり、むし歯の進行には時間がかかりますが象牙質はエナメル質より軟らかいため、象牙質まで到達するとむし歯の進行が早く、容易に歯髄にまで達してしまいます。また、乳歯や萌出(歯が生えること)まもない永久歯も歯質が弱くエナメル質と象牙質の厚さも薄いため、むし歯になりやすく進行するスピードも速いのが特徴です。
むし歯の進行度は、歯の構造のどの部分にむし歯が達したかなど、進行度によって4つの段階(う蝕症第1度~第4度)に分けられます。
歯のもっとも外側にあるエナメル質にとどまっている状態で、目立った自覚症状はありません。歯の表面に白色または褐色の変色が認められることがありますが、歯科医師でなければ見た目の変化に気が付かないことが一般的です。
象牙質はエナメル質の内側にある部分で、この部分までむし歯が達すると痛みを感じ始めます。象牙質への浸食が比較的浅いうちは、甘いものや冷たいものといった刺激をきっかけに痛みを感じ、刺激を取り除くと痛みは治まります。
歯髄は歯のもっとも内側の部分で、歯に栄養を与える血管や神経が通っています。この部分にまでむし歯が広がると歯髄は炎症を起こし、何もしなくてもズキズキとした激しい痛みを感じるようになります。熱いもので痛みは強くなり、逆に冷たいもので痛みは和らぎます。
歯髄の炎症を放置し続けると、やがて痛みを感じなくなることがあります。これは歯髄が壊死して(歯の神経が死んで)痛みを感じなくなった状態で、むし歯が治ったわけではありません。この状態をさらに放置すると、細菌感染は歯の根の先にまで達し、膿がたまって顎や歯肉が腫れ、強い痛みや発熱・悪寒を感じるようになります。
むし歯がさらに進んで歯の頭の部分(見えている部分)が完全に崩壊し、歯の根っこしか残っていない状態です。歯髄は既に死んでおり歯の根の中まで細菌に侵食されているため、健康な歯質も少なく歯を残すことが困難な状態です。
むし歯の治療はむし歯の進行度によって異なり、進行度に合わせて詰め物やかぶせ物を用いる治療、歯の神経を抜く治療などが選択されます。
むし歯でできた穴は自然にふさがることはありません。そのため、金属やプラスチックなどを用いて、失われた部位を修復する必要があります。
穴が小さいうちはコンポジットレジンと呼ばれるプラスチックを用いて1回の治療で終わらせることができますが、ある程度大きなむし歯は広い範囲を削り、歯の型取りをしたうえでセラミックとレジンの合材や金属などを用いて詰め物やかぶせ物を作り修復します。
歯髄に達したむし歯は強い痛みを感じるようになりますが、歯髄を除去しない限り痛みが治まることはありません。このような治療は一般的に“神経を抜く治療 ”または“根の治療”と呼ばれており、医学的には“根管治療”と呼びます。
根管治療では歯に穴を開けたうえで、細い器具を用いて根の中の歯髄や細菌に感染した歯質を取り除きます。完全に除去したことを確認してから根の中に薬剤を詰め、土台を立てたうえで型取りをし、かぶせ物をします。
むし歯を放置し続けて歯の多くの部位が失われ歯の根だけの状態になってしまうと、抜歯せざるを得なくなります。
歯を失うと歯並びやかみ合わせ、発話、咀嚼などの機能に影響を及ぼすほか、失った部分の顎の骨が細り顔にしわやたるみなどもできてしまいます。そのため、入れ歯を作成したり、ブリッジやインプラントと呼ばれる治療を行ったりして失った歯とその機能を補います。
むし歯は自然治癒することがなく、放置すると徐々に進行していく病気です。放置する期間が長くなると神経を抜く治療や抜歯が必要になり、歯の寿命を縮めることにもつながります。早期に治療を始めるほど歯を守ることにつながるため、少しでも症状がある場合は放置せず、早めに歯科医院を受診するようにしましょう。なお、むし歯の予防と早期発見のためには、症状がなくても定期的に歯科医院を受診することも重要です。
東京歯科大学オーラルメディシン・病院歯科学講座 主任教授、東京歯科大学市川総合病院 歯科・口腔外科
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