佐賀県鹿島市にある社会医療法人 祐愛会 織田病院(以下、織田病院)は、100年以上にわたって、地域医療を支える歴史ある病院です。
同院は開放型病院として、2004年より病床や病院機能を地域の診療所などの外部の医師にも開放し、また、2008年には全国に先駆けて退院支援を積極的に行う“リエゾンナース”を病棟に配置するなど、以前から地域医療のための取り組みが全国の医療関係者から注目を集めてきました。
超高齢社会に突入し、同医療圏でも後期高齢者の人口が急増しています。時代の変化に応じた地域医療のあり方について、同院で副院長を務める織田 良生先生にお話を伺いました。
当院は、100年以上にわたって、この地で地域医療を支えてきました。開院より常に地域の医療ニーズに応えられるよう努め、昨今の新型コロナウイルス感染症の流行時においても、重点医療機関として入院対応だけでなく、ワクチン接種、発熱外来の設置、ホテル療養者のオンライン診療、訪問による在宅医療などさまざまな対応を行いました。
また二次救急指定病院として、三次救急を担う佐賀大学医学部附属病院、佐賀県医療センター好生館、独立行政法人 国立病院機構 嬉野医療センターなどと連携し、地域の救急医療における中心的な役割も担っています。救急車の受け入れ台数は年間1,000台ほどで、2023年から救急科を開設して医療体制をさらに強化しました。
近年は、この地域でも85歳以上の後期高齢者が急増しており、医療だけではなく介護も要する患者の割合は高くなっています。その状況においても、限られた111床の病床を最大限に活用するため、スムーズな入退院支援や在宅医療に力を入れています。
また、当院は2025年度より佐賀県から基幹型臨床研修病院の認定を受け、若手医師の人材育成にも力を入れています。このプログラムは、「地域医療最前線で、最先端の初期研修」をテーマに特にプライマリ・ケア領域の研修を重点的に学べるもので、診療科を問わず緊急対応や総合的な診断ができる医師の育成を行います。
当院の医療圏である佐賀県南部は3市4町からなり、人口は約15万人、高齢化率は約33%です(2020年時点)。特に、近年は後期高齢者の中でも85歳以上の人口が急激に増えています。
当院の一般病棟は111床ですが、月間の新規入院患者数は270~300人で年々入院患者数は増加し、病床がフル稼働している状況が続いています。特に85歳以上の患者が急増し、高齢者医療のニーズが高まり、それに応じた医療体制の見直し、介護との連携が必要となっています。
85歳以上になると認知症や運動機能障害を併せ持つ患者が多くなり、認知症を有する患者の割合が急激に上がります。そのため、治療が終わったからといって高齢の患者が自宅に退院することが介護の問題もあり、難しい場合があります。
2017年1月の中央社会保険医療協議会総会の資料によると、全国で在宅医療を受けている人口は2008年の約13万人から2015年には約42万人まで急増しており、今後も増え続けることが予想されます。高齢化が加速する時代において、このような問題はこの地域だけではなく全国的な問題として捉えなくてはなりません。
病気の治療をしても、患者が希望どおりに在宅復帰できなければ地域の医療機関としての役割を十分に果たしているとは言えません。そこで当院では、入院から在宅医療までの支援を大きく分けて3段階で行ってきました。
患者が入院して退院するまでには医師、病棟の看護師、薬剤師、リハビリスタッフなど、さまざまな専門職が関わります。また、退院後もケアマネージャーや訪問看護師など、地域とつながる専門職のサポートも非常に重要です。
しかし従来の医療体制では、各専門職がそれぞれ個別に患者と関わるものの全ての情報を共有することは難しく、入院から退院後までの一貫したシームレスな支援を提供することが難しい状況でした。そこで当院では、2008年に病棟に退院準備から在宅ケアを結ぶ看護師(リエゾンナース)を配置しました。これにより、入院早期から在宅復帰支援が必要な患者を見極め、リエゾンナースと院内の各専門職との連携により、スムーズな入退院支援を行えるようになりました。
また、リエゾンナースが中心となって地域の診療所、介護施設、在宅支援部門と連携し、退院後に必要なケアについても充実した支援が提供できるようになりました。
リエゾンナースの活躍により入退院支援は一気に進みましたが、先述のように85歳以上の高齢患者の増加に伴い、リエゾンナースだけでは多様化するニーズへの対応が難しくなりました。そこで当院では、2013年多職種協働のフラット型医療支援体制を構築することにより、さらに入退院支援を強化しました。
多職種協働フラット型医療支援体制とは、薬剤師、管理栄養士、セラピスト、メディカルソーシャルワーカーなど専門職を各病棟に専従で配置し、医師や看護師だけではなく多職種が常にステーションに集まっている体制のことです。医師からの指示を待つのではなく、それぞれの職員が専門性を活かし、積極的に患者さんに関わって情報を共有します。
たとえば、多職種協働で朝の申し送りを行い、前日に入院した患者さんについて把握します。その結果、関係者全員が常に患者さんの情報を共有することができ、退院前のカンファレンスでも退院支援がスムーズに進みます。
一方で、ケアマネージャーが在宅のサポートや介護支援を進める際、医師との話し合いのタイミングが難しく、連携を取りにくいということも課題の1つでした。しかし、この支援体制の構築によって多職種間で患者さんの情報が共有できるようになり、薬のことは薬剤師、リハビリのことは理学療法士というように、医師を介さず迅速な支援が可能となりました。
2014年ごろまで当院では、点滴を抜いたり転倒したりする恐れのある認知症の患者さんをスタッフステーションで見守っていました。これは緊急事態に備えるためのやむをえない方法でしたが、スタッフステーションにはモニターも複数あり、またスタッフの出入りも多く、患者さんにとっては落ち着かない環境だったと思います。
そこで当院は、認知症の患者さんの環境を整えるため、2014年よりDCU(ディメンティアケアユニット)を開設しました。それに伴い、病床8床を完全ユニット化するとともに、ユマニチュード(ケアの技法)を導入することで、スタッフの認知症への理解を深めるように努めています。
認知症の認定看護師(日本看護協会認定)を中心としたDCUの活用により、患者さんは精神的に落ち着いて、睡眠・覚醒リズムが整いやすくなり、目が離せない認知症の患者さんも見守りやすくなりました。
地域の先生方が在宅医療を行う際、緊急時の対応が一番大変です。特に高齢者は退院直後に症状が悪化することが多く、これをクリアしないと在宅医療に踏み込めません。そこで、退院直後から在宅医療を支援するMBC(メディカルベースキャンプ)を立ち上げました。
このチームは、医師、訪問看護師、訪問リハ、ケアマネージャー、ヘルパーなど多職種で構成しており、情報共有をスムーズにするため、間仕切りを取り払って全員が顔の見える位置で仕事をしています。
退院直後の2週間はMBCのメンバーで在宅医療を行い、症状が安定した段階で地域の先生にバトンタッチしています。
認知症になっても安心して在宅復帰できるように、鹿島市を7つのゾーンに分け、全てに認知症デイサービスを作りました。このデイサービスは全て幹線道路沿いにあり、ご自宅で何かあった際はすぐ相談できるようにしています。
また、当グループは地域で暮らし続ける仕組みとして、1997年より鹿島市内の約8,000坪の敷地で“ゆうあいビレッジ”の整備を進めてきました。このビレッジには小規模多機能ホーム、介護老人保健施設、グループホーム、デイサービス、訪問看護、訪問介護、通所リハビリセンターなどを整備し、さまざまなステージに対応したサービスを提供しています。
当院は“住み慣れた地域で、自分らしく最後まで”の実現に向けて、これからも地域医療を拡充していく方針です。
在宅医療のニーズは年々増え続けており、スタッフの人海戦術では追いつきません。そこでIoT、AIを活用できるのではないかと考えています。
たとえば、タブレットを使っての声かけ機能、スマートウォッチを使ってのナースコール機能、バイタルデータ収集、さらにはAIカメラによるご自宅での転倒転落検知などの実証試験に今まで取り組んできました。プライバシーに配慮し、事前にご家族の承諾を得ている場合のみ、カメラが作動して状況を確認できる仕組みになっています。
このIoTやAIを活用した在宅支援の取り組みは、新時代の在宅医療ということでさまざまなメディアでご紹介いただきました。
当院は入退院支援に力を入れているため、どうしても看護師が入退院に関する書類作成に追われてしまうという課題がありました。
そこで、2024年にLLM(大規模言語モデル)の生成AI“OPTiM AI”を導入し、電子カルテシステムと連携するかたちで活用しています。LLMがオンプレミス(インターネット接続なし)で臨床現場に導入されたのは国内初です。
これにより、病棟の看護師から外来の看護師などへ患者さんを引き継ぐ際の“入退院時看護サマリー”を従来よりも短時間で作成できるようになり、業務効率を高めることができました。
そのほかにも当院は、ICTを活用したスマートベッドシステムや、AIによる問診業務の効率化などに取り組み、働き方改革を考慮しながら“スマートホスピタル”を目指しています。
当院は“エイジング・イン・プレイス”を目指し、高齢者の皆さんが住み慣れた街で自分らしく暮らせるよう支援しています。そのためにも、さらに教育体制を充実させて医療人を育成し、DX化による業務効率の改善を推し進める必要があります。
2023年には、当院内に国立大学法人 佐賀大学による地域総合診療センターが開設されました。同センターには佐賀大学医学部附属病院から総合診療医が派遣され、臨床現場を通じた総合診療医の育成が行われています。全人的な医療を担う総合診療医のように、当院もまた多様な医療ニーズに対応できる病院へと進化し続けます。
これからも当院は職員一丸となって急性期医療に取り組み、地域の皆さんの暮らしを全力で支えていきます。
*写真提供:織田病院
*病床数などの数字および、提供している医療の内容等についての情報は全て2024年11月時点のものです。