
筋ジストロフィーは遺伝子変異によって起こる病気で、徐々に筋力が低下し、運動機能や内臓機能に障害をきたします。デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は筋ジストロフィーの代表的な病型で、従来のステロイド療法やリハビリテーション、合併症の治療に加え、近年は遺伝子にアプローチする新たな治療法も登場しています。今回は、国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター長の小牧 宏文先生に、DMD治療の現状と課題、今後の展望についてお話を伺いました。
DMDは筋細胞膜が壊れやすくなり、筋肉が本来の再生能力を十分発揮できなくなって徐々に筋細胞の数が減ることで、筋力が進行性に低下していく病気です。筋細胞膜を保護するタンパク質であるジストロフィンの設計図、ジストロフィン遺伝子の変異が原因です。
DMDは幼少期に発症する病気で、治療法がなかった時代には20歳を迎えるのは難しいとされていました。しかし今では、薬物療法やリハビリテーションを幼い頃から継続することで予後は改善し、40歳代の患者さんもみられるようになっています。今のお子さんたちはさらに進んだ治療を受けているため、予後がさらに改善することが見込まれ、将来を見据えた生活設計が求められるようになってきています。大学に進学したり就労したりする患者さんも増えており、そのような方のサポートも充実させていく必要があると考えています。
一方で、DMDの専門知識を持つ医師がいる医療機関でないと適切な診療やリハビリテーションを受けるのが難しいため、どこにいてもその方にふさわしい医療を受けられる環境の整備は、この病気の治療における課題となっています。患者さんが成長の過程でいかにスムーズに小児医療から成人医療に移行し、治療を継続していくかを考えることは重要です。地域の医療環境や近隣の医療施設の特徴などを考慮して受診先を検討されると思いますが、現時点ではこの病気の包括的な診療を提供できる医療施設は貴重ですので、専門的な診療を受けられる医療施設の受診や、専門知識を備えた医師へのご相談を考えていただけたらと思います。
ステロイド療法はDMDの標準治療となっており、筋力低下の進行を遅らせ、歩行可能な期間を延長する効果が期待できます。これに加え、近年の研究によって心機能や呼吸機能の低下を遅らせたり、側弯症(背骨が曲がる)を予防したりする効果も期待できることが分かってきました。また、歩行機能の維持だけでなく腕の筋力維持にもつながることから、歩行が困難になった後もステロイド療法を継続したほうがよいとの報告もあります。こうした幅広い有効性を考慮すると、今後新たな薬が使われるようになってもしばらくはステロイドとの併用が基本となると考えています。
一方で、ステロイド療法では体重増加や骨粗しょう症、成長障害などの副作用が起こる可能性があります。そのため、適切な時期に開始して適切な量を投与する治療計画や治療管理が重視されます。
このほか、エクソンスキッピング治療薬、遺伝子治療薬が新たに登場しています(後述)。
DMDでは、筋肉が破壊と再生を繰り返すなかで線維化して硬くなり、将来的に関節の拘縮(硬くなって可動域が狭くなる)につながっていきます。リハビリテーションでは、関節が拘縮して動かしにくくなるのを予防するために、早期からストレッチやマッサージなどを導入します。また側弯症の予防として、姿勢管理の指導によってよい姿勢の維持を目指します。
こうしたリハビリテーションは毎日続けることが重要なので、医療スタッフがご自宅でできるリハビリテーションプログラムを作成します。そして患者さんやご家族にその目的や方法をご説明し、ご理解いただいたうえで取り組んでいただきます。当院に幼少期から通われている患者さんを診ていると、継続的なリハビリが関節拘縮の予防に役立っていると感じます。
ストレッチやマッサージなどに加えて、適切な時期に車いすを選定、導入し、生活しやすくするのもリハビリテーションの一環です。時期をみて腕の機能維持に関わる作業療法も進めていきます。DMDのリハビリテーションでは、こうした多面的な取り組みやサポートがとても大切です。
DMDにはさまざまな合併症がありますが、患者さんの死因で最も多いのは心不全です。心臓を守るためには定期的な心臓機能のチェックや適切な心保護薬の導入が必要です。また、慢性呼吸不全も大きな問題になるため、時期をみて定期的なモニタリングを開始します。そして、状態に応じて呼吸リハビリテーションを取り入れ、マスクを介して呼吸を補助する非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)を導入するタイミングを見極めます。骨粗しょう症に対する栄養管理や薬物療法も、積極的に検討されるようになってきています。病気の経過には個人差がありますが、成人期以降は内臓機能の中でも特に心臓や呼吸器のケアと栄養管理の重要性が高まるといえるでしょう。
遺伝子の中で、タンパク質を作るための情報を読み取る役割を担う部分の1区画を“エクソン”といいます。ジストロフィン遺伝子に変異があるとエクソンがうまくつながらず、遺伝情報を読み取れないためジストロフィンタンパク質を作れなくなります。
エクソンスキッピング治療薬には、アンチセンス核酸を使ってジストロフィン遺伝子の特定のエクソンを読み飛ばす(スキップする)作用があります。変異が生じているエクソンに隣接したエクソンをスキップして変異のないエクソン同士がつながり、正常よりは短いながらも一定の機能を有するジストロフィンタンパク質を作り出すことが期待できます。この薬は、週1回の点滴投与を患者さんの状態に合わせて継続すれば、継続投与によるDMDの進行抑制が期待されます。
ただし、DMDの全ての患者さんが対象となるわけではありません。エクソン53スキッピング薬であれば、エクソン53をスキップすることで治療できるジストロフィン遺伝子の欠失(エクソン53周辺のエクソンの欠失)がある患者さんへの使用に限られます。
遺伝子治療は、変異のある遺伝子そのものをベクター*を使って補う治療法で、生涯に1回点滴で投与すると効果が期待できます。主に使われているベクターはウイルスベクターと呼ばれるもので、中でもAAV(アデノ随伴ウイルス)由来のウイルスベクターが広く使われています。これにマイクロジストロフィンという最小限の機能を持たせたジストロフィン遺伝子を導入し、ウイルスの感染力(細胞に入り込んでいく力)を利用して筋肉に送り込みます。こうして届けられた遺伝子によって、ジストロフィンと同様のはたらきをするタンパク質が作られます。
この薬を使用できるのは、抗AAVrh74抗体が陰性、歩行可能、3歳以上8歳未満、ジストロフィン遺伝子の8番目または9番目のエクソンの欠失がないといった基準を満たす患者さんに限られます。
*ベクター:治療用の遺伝子を目的の細胞まで運ぶ役割を果たすもの。
エクソンスキッピング治療薬と遺伝子治療薬のどちらも適応となる患者さんは、投与の負担や副作用などを踏まえて個別に治療を検討します。たとえば順番として、エクソンスキッピング治療薬を使っていた方がこの治療を止めて、遺伝子治療薬を使うことは可能です。一方、遺伝子治療薬は1回の投与で効果の発現が期待されるため、遺伝子治療薬を使った後にエクソンスキッピング治療薬を使えるかについては慎重な判断が求められます。また、どのような薬にも副作用がありますので、どちらの治療を選択したとしても定期的な検査で体の状態をチェックしていくことは大切です。
DMDは指定難病、小児慢性特定疾病の医療費助成制度の対象になっており、ご家庭の経済的負担は一定の範囲内に抑えられます。病気の状態や家庭の状況によって助成の内容は異なり、そのほかの支援を受けられる場合もありますので、病院や行政の窓口に相談されるとよいでしょう。
DMDは非常にゆっくり進行するため、一つひとつの治療の効果を客観的に判断するのは難しい側面があります。それでも昨今の治療の進歩によって、劇的な効果とはいえないまでも、少し長く歩けるようになる、疲れにくくなる、ADL(日常生活動作)の維持・改善につながるなど、以前よりも体を動かせるようになるといった筋機能の改善は期待できます。
DMDは遺伝子変異を原因としていますので、エクソンスキッピング治療薬や遺伝子治療薬のように遺伝子そのものにアプローチする治療は画期的といえます。従来の治療法と新たな治療法をうまく組み合わせることで、より長期的な効果が期待できる可能性があると捉えています。
近年、DMDの治療薬の開発は大きな進歩を遂げており、現在も世界中で新たな薬の研究開発が行われています。今後は複数の治療法を組み合わせる治療が検討される可能性があり、さらに治療選択の幅が広がっていくことを期待しています。
DMDは進行性の病気で、患者さんやご家族は不安を抱えながら過ごされていると思いますが、現時点でできる治療やリハビリテーションをしっかり続けて、新しい時代に備えていただきたいと思います。私たちも、皆さんがより自分らしく充実した日々を送れるよう、引き続き全力でサポートしていきます。また、ご自身の希望や意見を主治医や医療スタッフに共有いただくことも、DMD治療の新しい時代を切り開いていくうえで重要だと考えています。
国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター長、病院臨床研究・教育研修部門長、筋疾患センター長
国立精神・神経医療研究センター トランスレーショナル・メディカルセンター長、病院臨床研究・教育研修部門長、筋疾患センター長
日本小児神経学会 小児神経専門医日本小児科学会 小児科専門医日本人類遺伝学会 臨床遺伝専門医日本臨床薬理学会 臨床薬理指導医
熊本大学医学部卒。標準的診療(現在提供可能な治療法、ケア)を基盤として臨床研究・治験を展開していくことで、医療全体の向上を大きな目標としている医師のひとり。現在は国立精神・神経医療研究センターに勤務し、特に筋ジストロフィーをはじめとした希少疾病の新しい医療ならびに開発モデルの提案や、効率的・効果的な臨床研究支援体制(Academic Research Organization: ARO)の構築を行っていきたいと考えている。
小牧 宏文 先生の所属医療機関
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